裁判所鑑定心因性視力障害で素因減額が否定された例2
第4 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(1)Xの主張
以下の事情からすれば,Xの右眼には視力障害及び視野狭窄という障害が存することは明らかである。
ア 本件事故の具体的態様からすれば,Xの右眼に障害が生ずるのは当然である。
すなわち,X車両はジープで運転席右側にスチール製のバーがついていたが,本件事故においてY1車両右前部角がX車両右側面に衝突した瞬間,Xの身体は大きく左側に振られ,次いでその反動で右側に身体が振られて,運転席右側のバーに右眼腐付近が衝突した。さらに,Xの身体は車外に2メートルほど放り出され,最初に顔面の右眼付近を道路に強打し,次に右半身が道路に叩きつけられた。道路に顔面部が衝突したときは,Xの窪んだ右眼腐周囲の出っ張った骨部分全体が面として直撃されたものである。 被告らは,Xの受傷機序は外傷性視神経症を起こすような受傷機序ではないと主張するが,眉毛部外側の打撲でないとは断言できるものではないし,Xの診察に当たったA医師(以下「A医師」という。)も,尋問に代わる回答書(以下「A回答書」という。)において,外傷性視神経損傷の「発症機転は眉毛部外側の鈍的強打によるものが圧倒的に多」いとするが,「前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はある」としている。さらに,医学文献(甲第27号証)においても,外傷性視神経症は「広義の意味では,頭部のいかなる外傷に視神経が直接的または間接的に障害されるものである」,「前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はある」としている。
イ Xの右眼を直接診察し,Xの右眼の状態を最も良く知るA医師は,種々の療法を試みても回復せず,その回復可能性のない状況から外傷性視神経症と診断している。
すなわち,A医師は,平成16年10月26日から平成17年4月1日までの158日に及ぶ期間(実日数は11日),Xの診察・治療にあたり,Xの右眼を「外傷性視神経損傷」と診断しており(甲第21及び乙4号証(甲第21号証と乙第4号証はいずれも同じ各医療機関からの文書送付嘱託にかかる送付文書である。以下に同じ)43頁),A回答書においても臨床経過,視力障害! 視野障害との根拠を挙げて,Xの右眼に視力低下及び視野狭窄が認められ,これが外傷性のものであることを認めている。
被告らは,自覚的検査結果と他覚的検査結果との解離をいうが,A回答書のとおり,平成16年10月2日の外傷後24日を経た10月26日のオクトパス視野検査及び同月27日のゴールドマン視野検査で中心・視野の感度低下が主たる視野障害となっており,これは視神経繊維の外傷性障害が黄斑中心部からのものに限られ,視力に関わる神経線雑に限定的な障害が残ったものと考えられる。このような状態においては,RAPDが陰性であることもありうると考えられるのであるから,外傷性視神経症と認められることに問題はない。
ウ また,本件事故後Xの視力障害発見に至る経緯からしても,Xに視力障害及び視野狭窄が生じたと見るのが自然である。
Xは,本件事故による傷害で,右眼の眉毛のすぐ下の部分と右眼すぐ下の部分に裂傷を負い,脂肪が露出する状況となった。その結果Xの右眼は大きく腫れ上がり,目を開けられない状況が10日間ほど継続し,平成16年10月12日こうになってようやく右眼を開けられるようになったが,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼ほかすんで見えない状況であった。この時Xは,素人考えで充血部分が引けば視力が回復すると考え,すぐには受診しなかったが,1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した。
なお,Xが,当初から視力低下等の症状を訴えていたことは,□△整形外科の診療録(甲21及び乙4・19頁,37頁)から明らかである。被告らは,本件事故直後には視力に異常がなく,本件事故後24日経過した平成16年10月26日になって異常を訴えたもので不自然であると主張するが,かかる事実経過をねじ曲げるものである。
エ Xは,視力回復のための真塾な努力をしている。
Xは,平成16年10月26日に×○病院を受診した際,大工の商売道具というべき眼が「回復の可能性が少ない」ことを告げられショックを受けるも,その回復を祈念して,平成17年4月1日までの約5か月半の間,12日間通院し,治療の為に与えられた薬を使用したほか,視力の回復を祈念して種々の努力をしてきたが,平成17年6月22日の×○病院での診察において,今後視力が改善する見込みはないとの最終診断を受けたものである。さらにXは本件事故後の平成19年10月4日及び同年11月19日にも□○病院眼科を受診しているが,そのいずれにおいても 同病院B医師(以下「B医師」という。)により,右眼の視力障害,視野狭窄が診断されており,症状は全く回復せず固定している。
オ 大黒浩医師作成の鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)においてもXの視力障害及び視野狭窄の存在については,端的に「X本人の右眼について,裸眼視力0.05−0.06(矯正不能),心因性視野狭窄が認められる」と認められている。
力 鑑定書添付の「視野(眼科プラクティス15)」280頁,被告ら提出の眼科検査法ハンドブック(第4版)」(丙第1号証)340頁以下,「図説臨床眼科講座常用版5神経眼科」(甲第46号証)等の医学文献によれば,視力障害と詐病との判断にはVEP(視覚誘発電位)検査があるが,B医師作成の診断書(甲第34号証)記載のフラッシュVEP検査結果によれば,Xの右眼は129.25msecであり,左右差も大きいから,明らかに異常である。