○交通事故で眼球を強打し、大きく腫れ上がって四谷怪談のお岩さんのような状況になり、10日程瞼が開けられない状況が続き、瞼を開けられるようになると,従前普通に見えていたものが、視力0.05まで低下し、数ヶ月点眼療法等続けるも、視力は回復せず、外傷性視神経症と診断されるも、自賠責は眼球自体に器質的異常がないとのことで、視力障害を認めず後遺障害非該当とされ、激しく争っている事案があります。
○このような場合
「交通事故による傷害での視力低下検査法−ERG検査」で紹介した電気生理学的検査ERG(electroretinogram)を行いますが、その結果数値の判定も素人にはなかなか困難で、電気生理学的検査ERG各種文献に当たって勉強中です。以下、私なりのまとめ備忘録です。
3 網膜電位(ERG)検査結果判定の基礎知識
(1)人間の眼で物が見える機序概観
人間の眼を通じて物が見える仕組みの概観は以下の通りである。
@角膜通過
瞳から入った光情報が、一番最初に角膜(カメラのレンズの前のフィルター)を通過する。
A虹彩通過
次に角膜の奥の虹彩(カメラの絞り)を通過するが、虹彩では、眼の奥に入る光の量を、中央部の瞳孔が明るい所では小さくなり、暗い所では大きくなって調節する。
B水晶体で屈折
瞳孔を通過した光情報は、水晶体(カメラのレンズ、厚さ約5o、直径約9oの透明の組織)で屈折し、毛様体の筋肉の伸び縮みによって、水晶体の厚みが調節され、遠い物を見るときは水晶体が薄くなり、近い物を見るときは厚くなって、網膜の位置でピントを合わせる。
C硝子体通過
水晶体で屈折した光が網膜で像を結ぶためには、一定の距離が必要で、それは硝子体(カメラではレンズとフィルムの間の空間、眼球の内部の大部分を満たしている無色透明のゼリー状のもので99%が水)によって作り出される。
D網膜に焼付け
網膜(カメラのフィルム)には光の明るさや色合いを感じとる視細胞が密集し、ここに到達した光情報は、視神経を通り、脳の中の視覚野(カメラフィルムの現像プリント工場)に送られて映像として知覚する。
以上の通り、光情報は眼球内においては最終的に網膜に像を結ぶ。従って角膜、虹彩、水晶体、硝子体がいくら立派で何ら器質的損傷がなくても、像を結ぶ肝心のフィルムに相当する網膜の感度が低下する等の何らか異常があった場合、正常な像が脳の視覚野に送られず、正常な映像を知覚できないことになる。
(2)網膜組織等概観
このカメラのフィルムに相当する網膜は、視細胞が面状に並び、光情報を神経信号(電気信号)に変換する働きを持ち、視神経を通して脳中枢へと信号を伝達する重要な役割を果たし、大別すると、
@視細胞(錐体、杆体)、
A双極細胞、
B水平細胞、
Cアマクリン細胞、
D神経節細胞
の5つの神経細胞が存在する。光は視細胞で電気信号に変換され、その信号(情報)は化学シナプスを介して双極細胞と水平細胞に伝達される。双極細胞はアマクリン細胞や神経節細胞とシナプス結合しており、神経節細胞の軸策が視神経として大脳の視覚中枢に連絡している。
また光学顕微鏡的に10層に分かれ、最外層から、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層、内境界膜である。網膜色素上皮は発生学的に眼杯の外層から発生し、それ以外は内層から発生する。網膜色素上皮を除いた9層を網膜感覚上皮(感覚網膜)と呼ぶこともある。外境界膜、内境界膜は網膜の支持細胞であるミュラー細胞の基底膜である。
なお、ミュラー細胞とは、網膜特異的グリア細胞とも呼ばれ、網膜の支柱をなすような形で存在し,伝達物質であるグルタミン酸の代謝など網膜細胞やその機能の維持に関与している。アマクリン細胞は、網膜第2次シナプス層(内網状層)に樹状突起を広げる介在ニューロンであり、その多くはGABA作動性の抑制性ニューロンであり、無軸索で、樹状突起でシナプス入力をうけ、かつ、シナプス出力も行っていると解説されている。
また双極細胞は視細胞が捕らえた視覚情報を網膜出力細胞である神経細胞へリレーする位置にあって、ON応答とOFF応答を形成すること、拮抗する中心周辺型の受容野を形成するなど網膜における神経回路の中心的な役割を果たしている細胞であると説明されている。
尚、以上の網膜の構造を判りやすく図示したものが、別紙甲59図説臨床眼科講座71頁記載AERG各波とその発生部位の図である。
(3)網膜常存電位と網膜電位(ERG)検査
眼球は、脊椎動物では角膜側陽性、視神経側陰性の電位を有し、これは主として網膜に由来するので,網膜常存電位と呼ばれる。この網膜常存電位は、網膜色素上皮細胞層が脈絡膜に接するbasal側からapical側へ向けてのNa+の能動的な流れと、apical側からbasal側へのCl−の能動的な流れによるもので、このイオンの動きが網膜常存電位の極性と一致し、その本体と説明されている。
この網膜常存電位は、網膜への光の照射によって電位変化を示し、光のon、offに際し比較的早期に起こる電位の変化は、網膜の種々の層に由来し、これが網膜電位図(ERG)と呼ばれて、ERGを構成する各種の波の形状、振幅或いは頂点潜時等のデータから、網膜各種組織の異常・障害を把握できる。
以上の通り、網膜は光情報が照射されることによって、その種々の層に由来する電位の変化が生じ、この電位の変化を網膜電位図(ERG)と呼び、その中のフラッシュERG検査は、フラッシュ光刺激によって網膜全体から発生する電位を記録する検査方法である。