○交通事故による傷害で種々の障害が発生する場合がありますが、レントゲン写真撮影のため等の理由で折角妊娠していたものが、中絶を余儀なくされる場合があります。
民法第3条第1項「私権の享有は、出生に始まる。」
と規定されている通り、出生に至らない胎児は法律的にはまだ人間とは評価されません。
しかし、次の通り、
民法第721条「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。」、
民法第886条「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」
等人間と評価される分野もある重要な存在です。交通事故の傷害に基づく妊娠中絶は、この胎児の生命を奪うものであり、その精神的苦痛は甚大なものがありますが、この場合の慰謝料は思ったほどではありません。以下、判例を紹介します。
昭和51年12月23日東京地方裁判所判決(自動車保険ジャーナル・第198号)
【判決要旨】
@本件事故直前に妊娠していた被害者は、本件受傷のためのX線照射、薬物服用が胎児に悪影響を与えることから妊娠中絶を行なったが、妊娠中絶に関する損害も本件事故と相当因果関係があると認められた事例。
Aこの事案につき、原告ら夫婦に共通する損害として堕胎による慰謝料各100万円が認められた事例。
昭和56年3月25日東京高等裁判所判決(交民集14巻2号343頁)
【判決要旨】
@被害者が、事故での受傷から2か月半後に妊娠中絶した事案につき、元来妊娠は夫婦間の自然の営みにより日常おこりうる出来事であり、事故に遭ったからといって、懐妊を避け妊娠中絶の必要が生ずることのないよう注意し損害拡大を未然に防止すべき義務もないことから、事故の前後を問わず妊娠したとして、妊娠中絶したことによる損害も事故により通常生ずべき損害の範囲内にあるものと、妊娠中絶の治療費・入院雑費6万2980円を損害と認めた。
A妊娠中絶に関係する慰謝料10万円も別途加算するのが相当と認めた。
昭和56年12月24日横浜地方裁判所(交民集14巻6号1471頁)
【判決要旨】
@妊娠の事実に気づかず、事故の検査のためレントゲン撮影を受けた被害者が、放射線照射による胎児の奇形をおそれて人工妊娠中絶した事案で、右妊娠中絶と事故との相当因果関係を認め、30万円の慰謝料を認めた事例。
昭和56年12月25日高松地方裁判所(自動車保険ジャーナル・第456号)
【判決要旨】
@交差点内の衝突事故で同乗中の妊娠2か月の妊婦が2か月の治療を要する頸推捻挫の傷害を負い、進行流産となり妊娠中絶手術を受けた事案につき、若年の身で新婚早々初めて懐胎した子を流産したこと、その後第二子を懐胎していることから、120万円の慰謝料が認められた事例。
A右事案で夫に対しても胎児と両親との間は一身同体の血縁関係があるとされ、50万円の慰謝料が認められた事例。
昭和58年8月22日東京地方裁判所判決(自保ジャーナル・判例レポート第53−No,15)
【判決要旨】
@妊娠初期の妊婦が受傷し、レントゲン照射したことから中絶した事案につき、医師から正常で生れる保証はないといわれたこと、加害者が、1度は奇形児が生まれたら引き取る旨の発言をしたものの後日中絶してほしい旨を申し入れたこと、すでに2子があること、事故15か月後(中絶後)男児が誕生したことなどから慰謝料80万円が認められた事例。
A妊婦の夫も100万円の慰謝料を請求する右事案につき、これが否定された事例。
昭和63年9月27日奈良地方裁判所判決(自動車保険ジャーナル・第790号)
【判決要旨】
@34歳主婦が受傷し、治療検査の結果人工妊娠中絶を余儀なくされたとして、妊娠中絶のための慰謝料30万円が認められた事例。