人身傷害補償担保特約で請求できる保険金額3
○「Aさん(60歳)が自己の過失割合8割の交通事故で死亡し、その損害額が
訴訟基準積算額で5000万円のところ過失相殺適用でその2割相当額1000万円
自賠責基準積算額3000万円のところ過失相殺適用でその7割相当額の2100万円
人傷基準積算額で3500万円
の場合の人身傷害補償担保特約で保険会社に請求できる金額を検討します。
○Aさんに生じた損害は訴訟基準積算額で5000万円ですから、Aさんにとって最も有利な考え方は、先ず保険会社から人傷基準積算額3500万円全額受領してしまい、その後、加害者または自賠責保険会社に訴訟基準積算額で5000万円との差額1500万円を受領できることです。Aさんから1500万円の請求を受けた側は、Aさんは、過失相殺を適用した適正損害額以上の金額を既に人傷保険金として受領済みであり、もはや損害賠償請求権は消滅していると主張するでしょう。
○この問題は、人傷保険会社が保険金を支払った場合、加害者に対して代位取得できる範囲の問題となります。保険会社が人傷基準積算額3500万円を最初にAさんの相続人に支払った場合、Aさんの相続人の加害者に対する損害賠償金をどの範囲で代位取得できるかという問題で、以下の3説があります。
@絶対説
保険会社は,支払った人傷保険金と同額の金額について,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し,被害者(被保険者)は,加害者に対して,その残額の損害賠償請求権を行使し得るにすぎない。
A比例配分説
保険会社は,支払った人傷保険金のうち加害者に対する損害賠償請求訴訟において認定された加害者の過失割合に対応する金額について,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し,被害者(被保険者)は,加害者に対して,その残額の損害賠償請求権を行使し得る。
B訴訟基準差額説
人傷保険金は,加害者に対する損害賠償請求訴訟における被害者(被保険者)の過失割合に対応する損害に優先的に充当される結果,保険会社は,支払った人傷保険金が上記訴訟における被害者の過失割合に対応する損害額を上回るときにはじめて,その上回る額についてのみ,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得できるにとどまる。
○人身傷害補償保険の特色及び人身傷害補償保険をめぐる学説,判例の状況については,赤本平成19年版下巻131頁以下に、当時の東京地裁交通部裁判官桃崎剛氏が「人身傷害補償保険をめぐる諸問題」として詳細に解説しており、現時点でこの問題に関する最も詳しい文献となっています。