ホテルへ行ったが一線は越えていないとの言い訳が通用した判例紹介
○某政治家の「一線は越えていない」と言う表現が流行語になりそうな気配もありますが、実際の裁判例で、ラブホテルに入った事実は認めながら、「いわゆる一線を越えたという意味では,そういったものもありません」と述べて、不貞行為の存在が否認された裁判例がありました。色々な裁判例があるものです。
○事案の概要は、原告の元妻Cと不貞関係にあったと一度は認めた被告が、原告と元妻Cとの離婚裁判ではそれを否定する等不実な証言等をしたことにより、原告が精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を請求しましたが、不貞行為事実を否認して請求を棄却した平成25年1月30日東京地裁判決(TKC)全文を紹介します。
○被告の「一線は越えていません」との弁明に対し、原告は、「元妻Cと被告との間で『当直室のドアを閉めないでください。後で乱入します。』、『11月2日夜一人です。待ってます。』という内容のメールをやり取りしていたこと,原告の自宅から被告用のMサイズの赤いブリーフが発見されたこと,Cは原告に対し慰謝料として150万円を支払う意思があったこと(甲7)などからすると,被告とCとの間には不貞行為があったことは明らかである。」と反論しました。
○しかし、裁判所は、「被告とCとの間に単なる職場の部下と上司の関係を越えた男女関係があったことが疑われ,ホテルに入った経緯については,陳述内容に変遷が認められるものの,不貞行為そのものについて,本件証拠上も認定するには至ら」ないとしてその事実を否認しました。控訴されたかどうかは不明です。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,原告の元妻と不貞関係にあったと一度は認めた被告が,原告と元妻との離婚裁判ではそれを否定するなど不実な証言等をしたことにより,精神的苦痛を受けたと主張し,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料300万円及び本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠上容易に認定できる事実を含む。)
(1)当事者等
原告とC(以下「C」という。)は,平成23年9月7日に和解離婚した元夫婦である。
被告とCは,職場である病院において,上司と部下の関係にあった。
(2)被告の原告に対する慰謝料の支払
原告は,被告とCが平成20年9月20日にいわゆるラブホテルに入ったことに関し,平成21年3月20日,被告の妻も立会の下,被告と話合いの機会(以下「本件話合い」という。)を持った。
原告と被告は,同日,被告が原告に対し,慰謝料として100万円を支払う旨合意し,原告と被告との間には合意書に定める以外に債権債務がないことを確認した上,被告は,原告に対し100万円を支払った(甲1,2)。
(3)離婚訴訟における被告の証言等
Cは,原告を相手方として,離婚訴訟(さいたま家庭裁判所平成22年(家ホ)第5号離婚等請求事件。以下「本件離婚裁判」という。)を提起した。
Cは,本件離婚裁判において,証拠として,被告とCとの間に不貞関係はないこと,平成20年9月にCの試験合格及び被告の資格取得の慰労会を二人でし,その後,酔いを醒ますために,午後11時ころホテルに入ったが,Cはホテルで吐いており,自分は眠ってしまったので性的行為は一切していない,翌日2時ころホテルを出た旨記載した被告作成の陳述書(以下「本件陳述書」という。甲3)を提出した。
また,被告は,平成23年7月7日,原告とCとの本件離婚裁判に証人として出頭し,偽証罪の告知を受けて宣誓した上,平成20年1月にCの子どもは在宅していたが,原告の不在中に,Cの試験の合格祝いのために原告とCの自宅(以下「原告の自宅」という。)に入った,同年9月20日,はっきりとは覚えていないが,飲んだ流れでホテルに入ったが,同女は気持ちが悪くてトイレに籠もっている状態であり,性的な行為はなかった,本件話合いの内容は,携帯電話で録音したなどと証言した(以下,「本件証言」という。甲4)。
(4)原告とCの離婚
原告とCは,平成23年9月7日,Cが原告に対し,離婚慰謝料として100万円を支払うなどの合意をし,裁判上の和解によって離婚した(甲8)。
2 争点
被告は,本件離婚裁判において,不実な証言等をして,原告に精神的苦痛を与えたか。
3 当事者の主張
(原告の主張)
Cは,原告に対し,被告との不貞行為を白状し,被告も,本件話合いにおいて,恋愛感情はないから不倫ではないと弁明したものの,Cとの不貞行為を認めていた。また,被告は,本件話合いの後,被告が原告に対し支払うべき慰謝料とCが被告の妻に支払うべき慰謝料の差額である100万円を原告に支払ったこと,ホテルに入った経緯についての被告の弁解は不合理に変遷していること,平成20年1月に原告の自宅に来た理由についての被告の弁解も不合理に変遷していること,Cと被告との間で「当直室のドアを閉めないでください。後で乱入します。」、「11月2日夜一人です。待ってます。」という内容のメールをやり取りしていたこと,原告の自宅から被告用のMサイズの赤いブリーフが発見されたこと,Cは原告に対し慰謝料として150万円を支払う意思があったこと(甲7)などからすると,被告とCとの間には不貞行為があったことは明らかである。
しかし,被告は,本件離婚裁判においては,Cとの不貞行為を否定し,原告に不利な内容の本件陳述書を提出し,本件証言をした。本件陳述書や本件証言の内容は,Cとホテルに入った経緯について,本件陳述書ではCが酔った状態で帰宅すると原告が怒るので酔いを醒ますためなどとし,本件証言では酔っぱらっていたのでよく覚えていないがCが吐きそうだったためなどとしており,不合理に変遷している。また,被告は,本件話合いの会話を録音していたが,Cは,本件離婚裁判において,原告に不利に編集されたものを証拠として提出した。
以上のとおりの被告の不実な証言等により裁判は混乱し,原告は,多大な精神的苦痛を受けた。
(被告の主張)
被告は,本件離婚裁判において,不実な証言等をしていない。被告は,一貫して,Cとの不貞行為を否定していたが,同女とホテルに入った事実はあったことから,早期解決のため,原告に対し,100万円を支払った。
また,被告は,Cから,原告が本件離婚裁判において,Cを含めた4人で本件話合いをし,その場で被告がCとの不貞行為を認めたと主張しているからそれを否定する証拠となる本件話合いの録音媒体を渡してほしいと強く頼まれ,渡したに過ぎず,編集などはしていない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲1から20,乙1から4,被告本人尋問の結果,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1)本件話合いの内容(甲1から3,被告の陳述)
被告は,平成20年9月にCとホテルに行ったことについて,原告と話合いをすることになり,平成21年3月20日,慰謝料の相場や示談の方法等について弁護士に相談した後,原告が勤める病院に被告の妻子とともに赴いた。
被告は,本件話合いの冒頭で,原告に対し,大変反省し,原告に多大な精神的苦痛を与えたとして謝罪した。原告は,被告に対し,被告の妻もCに対し慰謝料を請求できるが,Cと被告の給料や立場の違い等から,原告が被告に請求できる慰謝料額の方が100万円から200万円くらい多い,原告が被告を訴えて,被告の妻もCを訴えて,二人を職場である病院から追い出すことができるなどと話した。原告は,被告に対し,慰謝料として150万円を支払うよう求めたが,被告は,借金もあり子の養育に費用がかかることから100万円にしてほしいと頼み,最終的に,原告はこれに応じた。原告は,本件話合いにおいて,被告とCとの間に不貞行為があったことを前提に話をしていたが,被告は,平成20年9月に酒を飲んでCとホテルに入ったことは認めたが,セックスはしていないと述べた。
被告は,本件話合いの会話内容を録音していた。
(2)Cの言動(甲7,弁論の全趣旨)
原告とCは,Cが原告に対し,平成20年9月の件で和解金の差額として,150万円を支払った旨の平成21年4月11日付け合意書(甲7)を作成した。
原告とCの関係は修復せず,Cが子を連れて家を出て,別居に至った。
(3)本件離婚裁判の経緯(甲2から4,被告の陳述)
Cは,被告に対し,本件話合いの内容を録音した媒体を渡すよう依頼し,被告からそれを受け取ると,反訳して,本件離婚裁判において証拠として提出した。
また、被告は,Cから頼まれて,本件陳述書を作成し,平成23年7月7日,本件離婚裁判において,証人として出頭し,本件証言をした。同日,被告の妻も証人として呼び出され,本件離婚裁判において証言した。
(4)別訴訟(乙1から3)
平成23年6月30日,東京簡易裁判所において,原告とCとの間の子の法定代理人親権者父である原告は,原告の子を原告として,被告に対し,Cとの不貞行為によって原告の家庭を崩壊させたこと,被告が本件離婚裁判において不貞行為を否定し離婚を幇助したことなどを理由として,100万円の慰謝料の支払を求めて提訴した。
2 争点に対する判断
上記1によれば,被告は,平成20年9月20日,Cと二人で飲んだ後,午後11時ころいわゆるラブホテルに入り,翌午前2時ころまで滞在したこと,被告は,平成21年3月20日,原告に対し,謝罪し,慰謝料として100万円を支払ったことが認められ,これらの事実は,被告とCとの間に不貞行為があったことを疑わせるものである。
しかしながら,被告は,本件話合いにおいても,Cとの性行為の存在については明確に否定しており,本件陳述書及び本件証言の内容と矛盾するものではない。また,被告は,本件話合いにおいて,「あれ1回こっきりですし。」とは述べているものの,続いて「ホテルに入ったという既成事実は」,「何も申し開きはしませんけれども」,「いわゆる一線を越えたという意味では,そういったものもありませんし」と述べていることからすれば,被告が不貞行為を認めたとまでは認められない。また,本件話合いにおいて,原告は原告の被告に対する慰謝料額と被告の妻のCに対する慰謝料額の差額を問題にしているが,被告及び被告の妻は,原告との問題がすべて終了することを前提に被告が原告にいくら支払えばよいかを尋ねており,慰謝料額の算定方法について,被告が原告と同様の認識を有していたとまでは認められない。
また,原告の陳述書(甲19)によっても,Cは平成20年9月20日に被告が飲み過ぎたせいで本番をやっていないと弁明したと述べるにとどまり,性行為をしたと明確に自認したとまでは認められない。
また,原告は,被告が本件話合いの録音を原告に不利に編集したと主張し,本件証拠上も,記録媒体に残された録音終了時刻である平成21年3月20日午後4時1分が本件話合いの終了時刻より後の可能性が高いと考えられるものの,被告にとっては同日に原告に100万円を支払い,清算条項の入った合意書を作成したことによって終了したはずのCとの関係について,本件話合いの当日はもちろん,その後においても,録音内容を編集してまでCに加担する理由は見当たらず,本件証拠及び調査嘱託の結果(平成21年3月20日当時,被告が使用していた携帯電話の機種についての回答結果)をみても,被告が本件話合いの録音内容を原告に不利な内容に故意に編集したなどの事実を認めることはできない。
そうすると,被告とCとの間に単なる職場の部下と上司の関係を越えた男女関係があったことが疑われ,ホテルに入った経緯については,陳述内容に変遷が認められるものの,不貞行為そのものについて,本件証拠上も認定するには至らず,被告が自己の認識に反していることを知りながら,本件離婚裁判において偽証したり,虚偽の内容の陳述書を提出したりしたとまで認めることはできず,被告に不法行為を認めることはできない。
3 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用は,民事訴訟法61条により,原告の負担とする。
東京地方裁判所民事第42部 裁判官 樋口真貴子