○「
子供への面会拒否について元妻再婚相手にも賠償命令報道に驚く」の続きです。
面会交流を拒否された父が、拒否した母に対して、「長女の小学校時代における父子の交流という大切な機会を奪われた」ことによる精神的苦痛に対する慰謝料として金300万円の支払を求め、父の請求に理由があるとして母に対し70万円の支払義務を認めた平成21年7月8日横浜地裁判決(家月63巻3号95頁)判決全文を3回に分けて紹介します。原告・被告共代理人の記載がなく、本人訴訟のようです。
○この判決では、原告父と長女の「
面接交渉」と記載されています。当時は、この「
面接交渉」が一般的に使用されていましたが、平成24年4月1日施行改正民法(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)第766条1項に「
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」と規定され、以降は「
面会交流」との用語が使われています。
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主 文
1 被告は,原告に対し,70万円及びこれに対する平成20年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その2を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成20年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,もと婚姻関係にあった原告と被告との間における原告と長女との面接交渉に係る事案である(本判決中における「面接交渉」という用語は,原告が長女と行う面接交渉を意味するものとする。)。
原告は,長女の監護親である被告(原告との別居中長女を監護養育し,離婚後は親権者となった。)が,原告と被告との間に平成15年×月×日に成立した面接交渉に係る調停合意を遵守せず,原告の面接交渉権を侵害したと主張して,債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2 前提となる事実
以下は,当事者間に争いのない事実,又は以下に記載する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実である。
(1) 原告と被告は,平成6年×月×日に婚姻の届出をし,平成7年×月×日に長女が出生した。
しかし,平成14年×月×日,被告が長女を連れて家を出て,その後,原告は,被告及び長女と別居生活を継続していた。平成17年に被告が提訴した離婚訴訟において,離婚を認め,長女の親権者を被告と指定する判決が言い渡され,同判決が,控訴棄却及び上告不受理により確定した結果,平成19年×月,原告と被告は離婚し,被告が長女の親権者となった。
(2) 原告が被告を相手方として平成14年×月×日に申し立てた面接交渉を求める審判事件(横浜家庭裁判所平成15年(家イ)第×××号子の監護に関する処分(面接交渉)申立事件)に係る調停において,原告と被告との間に,平成15年×月×日,「被告は,原告が長女と月1回以上面接することを認め,その日時,場所,方法については,長女の意思を尊重して,その都度当事者双方で協議して決める。」,「原告の長女の学校行事ヘの参加や長女との旅行については,将来,前向きにその都度話合いをして決することとする。」という内容の調停合意が成立した(甲1。以下「本件合意」という。)。
本件合意に基づく面接交渉は,平成17年×月まで,ほぼ実現されていた。しかし,同年×月以降は,原告と被告との間で予め日時を決めた上で行われる態様の面接交渉は,実施されていない。
(3) 平成20年×月×日,被告は,面接交渉について,横浜家庭裁判所に子の監護に関する審判の申立てをし(横浜家庭裁判所平成20年(家)第×××号事件),平成21年×月×日付けで,本件合意を「原告は,長女から面会の目的で原告に連絡した場合にのみ,長女の希望する日時,場所,方法で長女と面会交流することができる。」,「原告は,長女に連絡してはならない。」等と変更する審判がなされた(乙5)。
3 争点及び争点に係る当事者の主張
本件の争点及び争点に係る当事者の主張は,以下のとおりである。
(1) 被告が面接交渉に応じないことに相当の理由があるか
(原告の主張)
ア 被告は,平成17年×月以降,本件合意に基づく面接交渉に応じない。
また,長女の学校行事(以下「学校行事」という。)への原告の参加についても,被告が長女の学校に対して,学校行事日程を原告に教えないでほしい旨を伝えるなど,被告には,これまで,学校行事への原告の参加につき原告と協議して決めようとする姿勢は全くみられなかった。平成19年×月には,それまで長女の学校から原告に送付されていた「学校便り」についても,被告が学校に対して原告への送付を止めるように通告したことにより,それ以降は送付されなくなった。
イ さらに,被告及び長女は,平成20年×月,長女の小学校卒業直後に現在の住所地に引っ越したが,引越について,被告は原告に対して何ら連絡をとらず,転居後の電話番号を知らせなかったので,原告は,長女に対して電話による連絡さえ取れなくなっている。
ウ 以上の状況からすれば,被告は,本件合意を履行しているとは到底いえず,被告が面接交渉に応じないことは,本件合意に係る債務の不履行であり,面接交渉権の侵害による不法行為にも当たる。
(被告の主張)
被告は,本件合意を文言どおりの形では履行していないが,相当の理由があるので,損害賠償責任を負うほどの違法性はない。
ア 平成14年の別居後,原告は,児童相談所,警察や長女の学校に対し,被告が長女を学校に行かせていないのは児童虐待であるとする趣旨の相談をして回ったところ,被告は,原告の当該行為になぜ夫婦関係が破綻に至ったのか真摯に見直す姿勢が感じられず,ただ被告を悪者に仕立て自己を正当化する原告の人格を感じ,原告に対する不信感を募らせていた。
さらに,平成14年×月×日,原告は長女を学校の校門前で待ち伏せ,テレホンカードを渡した上誰にも見せないよう口止めしたことがあり,当該行為は長女に対し両親に対する忠誠心の葛藤を生じさせる行為であったことから,被告は,原告に対する不信感を一層募らせていた。
イ 原告は,本件合意の成立直後の平成15年×月×日に長女の学校を訪問して副校長と面談し,その際,前年×月に学校から長女との面会を断られたことについて口頭で抗議するだけでなく,副校長を名指しして批判し,副校長に対する指導を求める内容の○○市教育委員会宛の文書を持参して副校長に交付し,副校長を威嚇するに同然の行為をした。その結果,副校長は被告に対して憤りの感情を述べるなど,被告がおそれていた学校との信頼関係を損ねる事態に至り,原告に対する不信感は拭いされないものとなった。
ウ 原告は,平成15年×月ころから,月に2回の面接を要求するようになり,さらに平成16年×月ころから,原告が長女と2人で面接をすることについて,本件合意が成立した期日の直後に原告と被告が話し合って合意した旨を主張して,2人だけの面接を求めるようになった。また,被告が平成16年×月に離婚調停を再度申立てしたものの,原告は離婚に一切応じない態度を示して欠席したため初回で不調に終わった。ありもしない合意をあたかも存在したかのような主張をする原告の行動は,離婚問題について全く話合いのテーブルにすら着こうとしない態度と相まって,一層原告に対する信頼を損ねる原因となった。
エ 原告は,本件合意を根拠として,平成16年秋ころから学校行事への参加を要求するようになった。
被告が本件合意において学校行事への原告の参加について合意したのは,担当家庭裁判所調査官からの説明もあり,離婚が成立するなどして,原告と一定の限度で円滑な話合いができる時機が来た後に原告の学校行事への参加について前向きに検討する趣旨の合意として理解していたことによるものである。
したがって,原告が離婚についての話合いには一切応じようとせず,本件合意をたてに要求を拡大して突きつけてくるだけのこの時点において,原告の要求に応じる意思は全くなかった。
しかし,平成17年×月から×月にかけて,原告が被告の了解もないまま複数回学校を訪問し,さらに本件合意に係る調停調書を校長に見せ,ついには学校行事にも参加してきた。このことを学校から伝えられた被告は,原告の行動が本件合意に違反すると判断し,これまでの原告の言動に対して積もらせていた不信感と相まって,長女にも説明の上,以後の原告と長女との面会を中止するという決断をした。
オ 以上のとおり,平成17年×月以降,日時を決めての面接交渉が途絶えたのは,原告が被告の了解のないままに学校行事に参加したことに加え,それまでの原告の独善的,自己中心的な言動のために被告が原告に対する不信感を強めた結果であった。
カ 原告は,日時は特定できないが,その後も学校行事に度々参加したほか,被告の実家や被告の親族宅を訪問するなどして,不定期かつ短時間ながら長女と直接面談していること,平成20年×月まで不定期ではあるが,ほぼ自由に被告宅に電話することで長女と電話で会話することができ,一応の交流ができていたことからすると,被告がことさら原告と長女との交流について妨害したり制限したりしたことはなく,原告のなすがままの状態に委ねていたのであり,その範囲で面接交渉が実現していたのであるから,日時場所を決めての面接交渉が実施されていないからという一事をもって,本件合意に違反したというべきではない。少なくとも,損害賠償義務を課されるほどの違法性があるとはいえない。
キ 被告が面接交渉に応じなかったことは,長女の意向にも沿うものであった。
離婚判決の確定により原告と被告との離婚が確定した後の平成19年×月×日,被告代理人からの意向聴取に対して,長女は,原告と会うことはウザいし,学校に来ないかどうかが不安であるとして,原告との面接交渉について極めて消極的であった。
被告は,長女の従前からの言動として,被告が長女に対し,親子なのだから原告に会ってもいいと説明しても決して会おうとしなかったこと,原告からの電話への応答の態度が楽しそうでなかったこと,原告宅を単独で訪問したり,自宅外から原告に電話したりすることもなかったことなどの諸事情を考慮し,上記意向は長女の率直な意向であると判断した。
そこで,被告は,長女に対して,意思に反してまでも強制的に原告との面接交渉に臨むよう強要することはなかった。
ク 平成20年×月に長女と一緒に転居した際に,原告に転居先を連絡しなかったことは事実であるが,連絡しなかったことについて被告が義務違反を問われる理由はない。転居後,被告は原告による自宅訪問を拒んだことはなく,現実に,同年×月に原告が代理人に依頼して被告の転居先を探し出し,訪問してきたことがあった。
(2) 損害額
(原告の主張)
原告は,本件合意があるにもかかわらず,平成17年×月以降,愛する長女との面接交渉を,被告によって正当な理由なく拒絶され,また,学校行事への参加及び参加に向けての話合い自体も正当な理由なく拒絶されることにより,長女の小学校時代における父子の交流という大切な機会を奪われた。
上記被告の対応により,原告は甚大なる精神的な苦痛を被っている。また,他にも,面接交渉の不履行後,原告が楽しみにしていた学校便りの送付の停止を学校に求めたり,原告が長女に送付したプレゼントを何度か返却したり,さらには,平成20年×月に引越した後,原告に連絡先を教えず,その後も電話番号を教えようとしない。そのために原告と長女の交流は完全に遮断されることとなった。被告のこれらの行為によっても原告は多大な精神的苦痛を被っている。
以上により,原告が被った精神的損害に対する慰謝料は300万円を下らない。