別居1年半で有責配偶者からの離婚請求が認められた判例全文紹介1
○有責配偶者である夫から妻に対する離婚請求について,妻にも杜撰な家計管理等の一定程度の有責性があり、婚姻期間が約18年半、別居期間が約1年半、就学前未成熟子の長男・長女が居るのに有責配偶者の離婚請求を認容した珍しい判決である平成27年5月21日札幌家庭裁判所判決(LLI/DB 判例秘書)全文を2回に分けて紹介します。
先ずは事案の概要です。
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第2 事案の概要
本件第1事件は,原告X1が,被告Y1との間の婚姻関係(以下「本件婚姻関係」という。)が破綻し「婚姻を継続し難い重大な事由」を有するに至ったと主張して,民法770条1項5号を理由とする離婚を求めるとともに,長男及び長女の親権についての判断を求めている事案である。これに対し,被告Y1は,本件婚姻関係の破綻自体を争うとともに,仮定的抗弁として,不貞行為に及んだ原告X1からの離婚請求は,いわゆる有責配偶者からの離婚請求であって,信義則上,許されないと主張している。
本件第2事件は,被告Y1が,被告Y2と原告X1が不貞行為に及んだとして,被告Y2に対し,不法行為に基づく損害賠償として359万8000円(慰謝料300万円,弁護士費用30万円,調査費用29万8000円の合計額)の支払とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年9月27日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。これに対し,被告Y2は,原告X1と肉体関係に及んだ当初は,原告X1が既婚者であることを知らず,また,その頃には既に本件婚姻関係は破綻していたことから,損害賠償の支払義務はないと主張している。
1 前提事実
(1) 原告X1(昭和51年○月○○日生)及び被告Y1(昭和50年○月○日生)は,平成8年11月9日に婚姻した夫婦であり,両者の間には,長男A(平成10年○月○○日生)及び長女B(平成12年○月○○日生)がいる(戸籍全部事項証明書)。
(2) 原告X1は,平成13年頃,住宅ローン(月額5万8000円)を組んで中古住宅を購入し(以下,単に「自宅」という。),家族4人で転居した。
(3) 原告X1は,2級建築士として,札幌市内の建設会社での勤務を経て,平成15年頃以降,C株式会社札幌支店に勤務するようになり,他方,被告Y1は,婚姻後,しばらくは専業主婦として家事育児に専念しており,また,家計のやりくりを担当していたが,平成21年7月末頃から,株式会社Dで,品出しのパート社員として勤務をするようになった。
(4) 原告X1は,平成24年3月頃,函館に単身赴任となり,同年6月頃,仕事仲間らと共に入店したスナックでホステスとして勤務していた被告Y2と知り合い,その後,何度か同人と同伴出勤や店外デートをするようになった上,同年11月頃,同人と肉体関係に及び,その後も何度か肉体関係を持つようになり,この関係は現在も続いている(以下「本件肉体関係」という。)。
(5) 原告X1は,平成25年2月頃,札幌勤務となって,自宅で被告Y1との同居を再開したが,同年4月頃,再度,函館に単身赴任となり,同年6月下旬頃,被告Y2と同居するようになった(以下「本件同居」という。)。
(6) 被告Y1は,平成25年9月19日,被告Y2を相手として,本件第2事件の提訴に及んだ(札幌地方裁判所平成25年(ワ)第1824号。その後,原告X1による本件第1事件の提訴に伴い,同事件は札幌家庭裁判所に移送となり,本件第1事件に併合されるに至った。)
(7) 原告X1は,平成25年10月頃,再度,札幌勤務となったが,自宅には戻らず,被告Y2とともに札幌市内に部屋を借りて被告Y1との別居を開始した上,同月15日,被告Y1を相手方とする夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てたが(札幌家庭裁判所平成25年(家イ)第2436号),平成26年1月15日,同調停は不成立となり,同年2月1日,本件第1事件の提訴に及んだ(顕著な事実)。
2 本件の争点
本件の争点は,
①本件婚姻関係の破綻の成否,
②被告Y1が主張するいわゆる「有責配偶者からの離婚請求」の抗弁の成否,
③被告Y1が被告Y2に対して請求する損害賠償請求権の有無ないし額
である。
3 当事者の主張
(1) 本件婚姻関係の破綻の有無について
【原告X1の主張】
以下の諸点に照らすと,本件婚姻関係はもはや破綻するに至っており,これは,「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当するというべきである。
ア 原告X1は,被告Y1が,原告X1名義のクレジットカードを無断で使用して,多額の負債を原告X1に負わせていたことを知ったことから,負債状況を明らかにしたり,家計簿を付けるよう指示したりといった当然のことを求めたにもかかわらず,被告Y1は,これにことごとく抵抗し,将来に向かっての返済計画を立てることに協力しようとせず,従前の家計支出を反省し,将来に向けての改善の努力さえもしようとしなかった。
イ それどころか,銀行からの借入等による返済からわずか1年半後,原告X1による銀行に対する返済が続いている中,被告Y1は,原告X1に秘してさらに借入を始め,それが月日を追って膨張してゆき,原告X1の勤務先から家計費として銀行口座に振り込まれる給与が振込当日にほぼ全額返済で消えてなくなるまでに至った。
ウ 専業主婦であった被告Y1が,パート社員として稼働し始めたのは,この負債のためであり,また,この頃から,家事の怠慢や杜撰さが顕著となり,原告X1も家事を分担していたものの,家事の状態ややり方などを巡って口論が絶えなくなったのであり,この件を契機として,原告X1は,被告Y1に対する信頼感を失い,また,度々の口論に疲弊し,夫婦間の愛情が失われていった。
エ 被告Y1は,平成22年頃から,原告X1との性生活が嫌になり,居間のソファで就寝するようになり,平成24年3月頃,原告X1が函館に単身赴任する前頃,原告X1に対し「そんなにエッチがしたいなら,風俗店にでも行ったら?」などと,夫を馬鹿にするにも程を超えているというべき暴言を吐いた。
オ 原告X1は,平成24年夏頃,被告Y1から,生活費が不足すると言われ,他から借入をしてこれを融通するよう要請され,後日の弁済を確約したことから,銀行から借入れをしてこれを融通したものの,この件で被告Y1に対する不信感が決定的となった。結局,被告Y1は,上記追加振込に対する弁済をしなかったことから,原告X1の負債が残ってしまった。
カ なお,本件婚姻関係の破綻後の出来事というべきではあるが,原告X1と被告Y1は,平成25年3月頃,4台の自動車やスノーモービル,マリンジェットの置き場を巡って口論に及んだ上,被告Y1が,原告X1に対し,離婚届への署名押印を要求した。これは,被告Y1において,いかに別の意図,目的があったとしても,手段の相当性を逸脱しているというべきである。しかも,被告Y1は,原告X1との口論を一旦中断し,区役所まで離婚届用紙をわざわざ取りに行った上で署名押印を求めたのであるから,冷静で確信的な行動であると理解されて当然であり,この一件で,原告X1は,被告Y1も離婚意思を有していることを確認したことから,平成25年4月頃,再び函館に単身赴任となった後,被告Y2と私的な交際をするようになり,同年6月下旬頃,本件同居へと踏み切ったのである。
【被告Y1の主張】
被告Y1は,不貞行為に及んだ原告X1に対し,身勝手だとの怒りの感情があるのは事実であるが,子らの成長のためにも,父親として,家族の一員として,戻ってきて欲しいという思いがあり,以下の諸事情に照らすと,本件婚姻関係を継続し難いというほどの重大な事由があるとはいえず,また,回復の見込みもないとはいえないというべきである。
ア 原告X1は,被告Y2と不貞行為に及んだ平成24年11月頃,函館に単身赴任していたものの,その後,平成25年2月頃から同年3月頃までの間は,被告Y1や子らと同居していたのであり,この間,被告Y1が原告X1の食事を作ったりしていた。
イ 被告Y1は,原告X1とともに,子らを驚かせようと,平成25年のゴールデンウィークに家族旅行に行くことを計画し,互いにインターネットで行き先を調べたり,被告Y1が旅行会社へ赴き,函館に単身赴任中の原告X1と電話で話しながら旅行のスケジュールを決めたり,旅行会社で予約することのできなかったもう一泊分のホテルを原告X1が探して予約したりした上で,家族4人で大阪へ旅行に出かけた。
ウ 被告Y1は,平成25年7月9日,原告X1が働いている函館の現場事務所を訪ねた際,原告X1から離婚を切り出されたものの,これに反対して話合いを求めた。その後,原告X1から,被告Y2との同居を告げられたことから,ビジネスホテルに泊まって話合いをすることにしたところ,原告X1は,被告Y1に対し「彼女とはきちんと別れる。」と言うとともに,被告Y1を後ろから抱きしめた上で「こんなに小さな体で頑張ってたんだよな。」などと言ったり,翌日,被告Y1を自動車で札幌まで送った際,車内で「彼女とは今晩話してちゃんと別れるから。」などと言ったりした。
エ 原告X1と被告Y1は,平成25年9月頃までの間,毎日のように電話やメールをしていた。
オ 原告X1は,被告Y1に対し,自らの給与が振り込まれる預金口座の通帳を預けており,被告Y1は,原告X1に代わって,平成25年10月頃までの間,原告X1が購入した自動車のローン等を振り込んで支払ったり,原告X1が注文した商品を代引きで支払ったりする等して,家計を管理していた。なお,被告Y1が,家計を管理する上で大きな負担となっていたのは,しばしばインターネット決済も利用してなされていた原告X1による高額な出費である。
カ 被告Y1は,本件第2事件の提訴前,被告Y2に対して,原告X1との関係を解消し,今後,原告X1と接触しないことを求める一方,原告X1に対しては,被告Y2との不貞行為発覚後の話合いをした平成25年7月12日,「私は絶対に待ってるって言ったっしょ。」「私は,パパ,必要なんだって。」などと婚姻関係の継続を求めており,原告X1に対して損害賠償を請求していない。
(2) 有責配偶者からの離婚請求の抗弁について
【被告Y1の主張】
原告X1は,平成24年11月頃,被告Y2との間で不貞行為に及んでいるのであり,仮に本件婚姻関係が破綻したのだとすれば,その責任は,不貞行為に及んだ原告X1にある。
よって,原告X1はいわゆる有責配偶者というべきであり,原告X1と被告Y1は,これまで18年以上にわたって婚姻生活を続けてきていたことや,両者の間に未成年の子が2人いること等に照らすと,原告X1からの離婚請求は,有責配偶者からの離婚請求として,信義則に反し許されないというべきである。
【原告X1の主張】
原告X1が被告Y2と本件肉体関係に及んだのは,被告Y1が,杜撰な家計の管理から,原告X1に秘して多額の借金をしたり,原告X1が稼いだ給料をその支給日にほぼ全額費消したり,家事をおろそかにしたり,性生活を拒否し続けたり,他の女性との肉体関係を勧める暴言を吐いたりしていた上,平成24年9月頃にさらなる家計管理の不始末が明らかとなったからであって,遅くともこの頃には本件婚姻関係は破綻していたというべきであるから,原告X1はいわゆる有責配偶者ではない。
なお,平成25年3月頃の離婚届への署名押印要求の一件の際,原告X1は,被告Y1が再び借金をしていることを知らず,他方,被告Y1は,被告Y2の存在を知らなかったのであって,それにもかかわらず,被告Y1は,原告X1に対して離婚届に署名押印するよう求め,原告X1もこれに応じたのであって,どんなに遅くとも,この頃に本件婚姻関係が破綻していたことは明らかである。
(3) 被告Y1の被告Y2に対する損害賠償請求権の存否ないしその額
【被告Y1の主張】
被告Y2は,平成24年11月頃以降,原告X1と本件肉体関係をもつことによって,被告Y1が,原告X1の妻として有する婚姻共同生活の平和の維持という法的利益を侵害し,被告Y1に対して損害を負わせた。
そして,被告Y2は,原告X1と肉体関係に及んだ平成24年11月頃,原告X1に配偶者があることを知っていたし,仮に知らなかったとしても,そのことにつき過失があるというべきである。なお,被告Y2自身,原告X1と3回目の肉体関係をもった際,原告X1から,配偶者があることを聞かされたことを自認しているのであるから,遅くともそれ以降は,故意に原告X1との肉体関係に及んだというほかない。
現に,① 原告X1は,平成25年7月12日,被告Y1や原告X1の親族が集まっての話合いの際,被告Y1や原告X1の親族に対し,被告Y2が,原告X1に配偶者がいることを知りながら肉体関係に及んだ旨を説明している。また,② 原告X1と被告Y2は,平成24年6月頃,被告Y2が勤務していたスナックで知り合ったが,その後も,両名は,複数回,飲食をともにしており,その際,休日の過ごし方や金銭感覚等に関する会話を通じて,原告X1の生活状況を知る機会があったのであるから,被告Y2としては,安易に不貞関係に入り,配偶者の法的利益を侵害しないよう,原告X1に配偶者がいるかどうかを確認することができたのであり,被告Y2はこれを怠っていたのであるから,少なくとも,被告Y2には過失がある。
【被告Y2の主張】
被告Y2は,原告X1の求めに応じて同人との交際を始めたのであり,原告X1との肉体関係に及んだ平成24年11月頃,原告X1に配偶者がいることを知らなかった。また,その頃には,すでに本件婚姻関係は破綻していたのであるから,その後,原告X1と肉体関係に及んだとしてもそれは不貞行為に該当せず,又は,被告Y1が主張する損害との因果関係がない。さらに,被告Y2は,本件婚姻関係に干渉をしたことがなく,原告X1に対しても,被告Y1に対しても,離婚を求めたことはないのであって,本件婚姻関係に関する諍いと被告Y2とは無関係である。
なお,被告Y2は,ホステスとして勤務していたスナックで原告X1と知り合ったのであるが,当初はホステスとその店の客という関係だったのであり,被告Y1の主張する「飲食」も,いわゆる同伴出勤や店外デートだったのであって,その際,被告Y2は,ホステスとして,客である原告X1の私生活を詮索するようなことはしなかった。また,被告Y2が初めて原告X1との肉体関係に及んだ平成24年11月頃,被告Y2は,スナックの閉店後に原告X1に誘われてカクテルバーに行ったところ,接客時の飲酒に加えてカクテルバーでも飲酒したため,だいぶ酔ってしまった。その後,原告X1からタクシーで送ると言われたものの,実際には原告X1宅に招き入れられてしまい,入室後も帰宅したいと言ったものの,力尽くで肉体関係を持つことになってしまったのである。さらに,原告X1が,配偶者がいることを被告Y2に告げたのは,平成25年1月中旬頃のことであった。