○「
幼少期虐待除斥期間適用除外平成26年9月25日札幌高裁判決全文紹介2」を続けます。
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第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件性的虐待行為の有無・程度)について
(1) 控訴人は,現時点で時期及び行為を特定できるものに限っても,第2の4(1)(控訴人)記載のとおり,被控訴人からわいせつ行為ないし姦淫(本件性的虐待行為)を受けたと主張し,原審及び当審における尋問並びに陳述書(甲9,甲28)においても,同様のことを述べる。
(2) 後記2で認定するとおり,控訴人は,昭和58年頃にはPTSD及び離人症性障害を発症しているが,本件全証拠を検討しても,被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことのほかに,上記発症の原因となる出来事があったとは認められない。また,控訴人が主張する本件性的虐待行為の態様は,当初は臀部をなで回される,性器を触られるというものであったのが,時間の経過とともに大胆,悪質なものになっていき,最終的には姦淫に至ったというものであり,幼少期の被害者が性的意味を知らないこともあって取り立てて嫌がったり抵抗する様子をみせることのないことに乗じて,加害者である親族が被害者の成長に応じて加える性的行為を大胆,悪質なものにしていくことは,十分に想定される得るところであり,同主張の具体的内容に不自然な点はない。そして,本件全証拠を検討しても,控訴人が,被控訴人を殊更おとしめたり,虚偽の事実を述べるのがもっともな動機,事情はうかがわれない。
このような事情からすると,控訴人の供述は,その記憶のとおりに述べたものとみるのが相当である。
(3) これに対し,被控訴人は,本件性的虐待行為の一部を認めるものの,姦淫の事実は試みたにとどまると主張する。しかしながら,被控訴人は陳述書を含め証拠を全く提出しない上,控訴人と被控訴人との平成23年3月17日における話合いの録音反訳書(甲13)によれば,同話合いの際,被控訴人は姦淫の事実を肯定したことが認められるのであって,これと相反する被控訴人の主張は,その正確性に疑いを入れざるを得ず,採用することができない。
(4) 以上検討したところによれば,本件性的虐待行為の具体的な時期及び内容は,おおむね控訴人が主張するとおりのものであったと認められる。
2 争点(2)(本件性的虐待行為による精神障害の発症の有無)について
(1) 事実経過
前提事実,関係証拠(甲9~11,16,28,原審及び当審におけるB医師の証言,原審及び当審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア
(ア) 控訴人は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けていた昭和53年1月上旬から昭和58年1月上旬にかけて,当時その性的意味は分からなかったが,不快感,違和感,恐怖感,不安感,無力感を感じており,①物心が付いた頃から指の爪をかむ癖がついていたほか(この癖は現在も続いており,ひどいときには足の指をかむこともある。),②昭和55年8月上旬頃(当時6歳5か月)以降は,本件性的虐待行為を受けているときに,「何が現実で何が夢の中の出来事なのか分からない。」,「自分が自分でなくなってきている気がする。」,「生きている実感がない。」との非現実感(現実感の喪失),離人感を感じるようになり,さらに,③昭和56年1月上旬頃(当時6歳10か月)以降は,本件性的虐待行為を受けている時に,「もう1人の自分が自分のことを見つめている」との解離症状を自覚するようになった。
(イ) 控訴人は,昭和59年1月頃(当時9歳10か月)までに小学校で性教育を受けたことから,本件性的虐待行為の性的意味が分かるようになり,本件性的虐待行為を受けた時の記憶(上半身裸の被控訴人が迫ってくる情景)が突然思い出されたり,睡眠中に悪夢となって出てくるとのフラッシュバック症状が増悪した。控訴人には,□□□□□□□□□□していた頃から,入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒との睡眠障害が表れ,このことにより本件性的虐待行為を受けた時の記憶が思い出される頻度が増え,睡眠導入剤を服用しなければ就寝できなくなった。
(ウ) 控訴人は,本件性的虐待行為の性的意味が分かるようになった頃から,本件性的虐待行為を受けたことにより「汚れてしまった。」,「生きている価値がない。」と自己肯定感を持つことができなくなり,「早く死にたい。」,「長生きしたくない。」,「もう一度きれいな体で生まれ変わりたい。」などとの希死念慮がみられるようになった。□□□□□□□□□□は,手首を軽くカミソリで切ったこともあった。
(エ) また,控訴人は,外見に対する劣等感が強く,高等学校入学後には,無理な減量を繰り返すとの摂食障害がみられるようになった。
(オ) 上記(ア)ないし(ウ)の解離症状,フラッシュバック症状及び希死念慮は,前提事実(3)のとおり,高等学校卒業後現在までの生活歴を通じてみられている。
イ
(ア) 控訴人には,上記アのとおり,解離症状,フラッシュバック症状及び希死念慮がみられ,また,集中力を保つのが困難である,男性と接すると異常に緊張したり,恐怖を感じたり,かっとなってしまう,常に他人からどう思われるか気にする,物事を悲観的に捉える(いわゆるマイナス思考が強い。),自分の内心を隠して無理に明るく振る舞う(快活さと落ち込みやすさの二面性がある。),集団生活に困難さ,イライラ感,息苦しさを感じるといった傾向がみられたが,欠席・欠勤,遅刻,早退をすることなく,前提事実(3)のとおり,□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□勤務をしていた(□□□□□□□□□□□□□□□□□過重労働によりうつ病,拒食症を発症した□□□がいたが,控訴人はそのようなことなく□□□で勤務をしていた。)。
(イ) 控訴人は,□□□□□□□□□に□□と婚姻したが,その際,□□に対し,現実感の喪失,離人症,自己肯定感がないことは告げていたが,本件性的虐待行為を受けたことは告げていなかった。
控訴人は,□□が子供を作ることを希望しており,控訴人自身も子供好きで不妊治療を受けていたが,本件性的虐待行為を受けたことにより,「汚されたところから子供を産む恐怖」,「自分が子供を育てられるのかとの葛藤」,「女の子を産んだら被害者にならないか。男の子を産んだら加害者にならないか。」との不安感,恐怖感を感じ,このような不安感,恐怖感は,控訴人が妊娠適齢期に差し掛かっていたこともあって,日増しに高まっていた。
(ウ) 控訴人は,□□が□□□□□□□□□□に□□□□□□□に□□□□□□したことから,□□□□□□□□□□□勤めるとともに,経理などの事務を含めて統括的な業務に従事していた。□□□での業務は多忙であり,控訴人は立って昼食を摂ることもあったが,やりがいを感じていた。しかし,平成18年6月頃,控訴人は,□□も被控訴人から性的虐待行為(ただし,その頻度及び程度は,本件性的虐待行為ほどではなかった。)を受けていたことを初めて知った。
控訴人は,同年9月から,□□□□で,□□と一緒に勤務を始めたが,□□と毎日接することで,本件性的虐待行為を受けた記憶を思い出すだけでなく,□□が被控訴人から性的虐待行為を受けていたのを見たことがあったことを思い出し,強いストレスを感じるようになった。
(エ) 控訴人には,平成18年9月頃以降,著しい不眠(入眠障害,中途覚醒,悪夢,夜驚),意欲低下,イライラ感,億劫感,胸部庄迫感,頭痛,発汗及び体重の減少がみられるようになった。
控訴人は,平成18年12月頃以降,□□から向精神薬の処方,□□□□□□□□□□□□□□□□での通院治療を受けたが,症状の改善がみられず,平成19年7月頃には,日中は動くことができず,食事の準備などの家事もできなくなり,また,化粧などの身だしなみもできなくなった。さらに,平成20年には,□□□□□□□だけでなく,入浴などの身の回りのこともできなくなり,また,□□が自殺を心配するほど希死念慮が強まった。
控訴人は,上記不眠,希死念慮などを訴えて,平成21年2月25日から釧路赤十字病院精神科で通院治療を受けたが,症状の改善はみられなかった。控訴人は,平成23年1月頃の□とのけんかをきっかけとして,同年2月2日に釧路赤十字病院で受診し,主治医に対し,被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことを告白した。
□□は,平成23年3月29日付け「診療情報提供書」により,釧路赤十字病院のA医師に対し,控訴人が約5年前にうつ病を発症してからその原因となるエピソードがないので不思議に思っていたが,この度,控訴人から本件性的虐待行為を打ち明けられ,それに起因するのではないかと考えるに至った旨の意見を提供した。
釧路赤十字病院精神科のA医師は,平成23年4月4日,虐待後6か月以内の記憶があいまいだが,控訴人がPTSDを発症していると診断すると(ママ)もに,病名を「心的外傷後ストレス障害・抑うつ状態」とする同日付け診断書を作成した。
控訴人は,平成23年8月1日,女性生涯健康センターにおいて,B医師の診察を受け,同日以降,同センターで通院治療を受けている。
ウ B医師の診断(甲16,54,原審及び当審におけるB医師の証言)によれば,①控訴人の臨床疾患は,PTSD(外傷性ストレス障害),離人症性障害,うつ病(大うつ病エピソード)及び摂食障害であり,PTSD及び離人症性障害がまず発症し,高等学校在学中に摂食障害が新たに発症し,さらに,平成18年頃,うつ病が新たに発症した,②PTSDが主診断(治療において最も優先すべき疾患)であり,他の3疾患は合併症であって,現存症としてこの4者が併存されるに至った,③上記合併症は,主診断に付随ないし従属して発症したものではなく,互いに独立して存在する疾患である,④摂食障害及びうつ病の発症に深く関わっているのは,本件性的虐待行為であり,PTSDではない,⑤控訴人のうつ病の発症時期は,著しい不眠(入眠障害,中途覚醒,悪夢,夜驚),意欲低下,イライラ,億劫感,胸部圧迫感,頭痛,発汗などの症状に悩まされるようになり,体重も短期で約10キログラム減少し,すなわち要素的症状が十分に出そろい,一定期間持続し,生活に著しい支障をきたすようになった平成18年9月頃である,⑥控訴人のうつ病は,重度かつ難治化し,症状固定しておらず,寛解の見通しは立っていない,とされている。
(2) 医学的な知見(甲16,22,25,31,40,41,43~45,54,原審及び当審におけるB医師の証言)
ア PTSDについて
PTSDとは,危うく死ぬ又は重傷を負うような出来事,自分の身体の保全に迫る危険に直面し,強い恐怖,無力感,戦慄するとの心的外傷的な出来事(トラウマ体験)に暴露されたことで発症する不安障害の一種であり,睡眠障害,集中力を保つのが困難である,過度の緊張感,恐怖感といった過覚醒症状,トラウマ体験を想起させる刺激からの回避傾向,トラウマ体験の再体験(フラッシュバック)が主たる症状とされている。
PTSDの発症には,トラウマ体験の性質,体験した時の被害者の年齢及び主観的認識,その後のケア,社会的サポートの有無・程度などの要因が関わっている。幼少期の性的虐待は,トラウマ体験の性質,被害者の年齢のいずれからみても発症率が高く,被害者は性的意味が分からなくても,非常に不快,危険に感じているときには発症し得るとされている。
その治療方法には,トラウマ焦点化認知行動療法,選択的セロトニン再取込阻害薬(SSRI)などの薬物療法がある。
イ うつ病について
うつ病は,気分障害の一種であり,集中力・注意力の減退,抑うつ気分,罪責感,希死念慮,睡眠障害,食欲不振といった症状がみられる精神障害である。これらの症状が2週間以上持続し,社会的,職業的領域における機能の障害を引き起こしているときには大うつ病エピソードと診断される。
うつ病の発症原因ないし経過は必ずしも明らかにはなっていないが,ストレス性の出来事は発症原因となり得るものであり,ストレス性の出来事には性的虐待行為を受けたことも含まれる。幼少期に性的虐待行為を受けた被害者は,そのような被害に遭っていない者と比べて,成人になってから大うつ病エピソードの発症率が高いとの研究結果がある。
ウ PTSDとうつ病の関係について
幼少期に性的虐待行為を受けた被害者にあっては,PTSDを発症するとともに,その合併症としてうつ病,解離性障害を含む様々な精神障害を発症することがあるとされており,PTSDとうつ病が50パーセント以上の割合で合併するとの疫学的研究もある。また,PTSDを発症してから相当期間経過後にうつ病を発症するとの臨床例もみられる。
もっとも,PTSDとうつ病は,上記ア,イのとおり,同一の出来事(トラウマ体験ないしストレス性の出来事)をきっかけとして発症する精神障害であり,併存し得るが,両者は診断基準,主たる症状,治療方法は別個の精神障害である。PTSDを発症したからといってうつ病を当然に発症するとか,うつ病を発症したからといってPTSDを当然に発症するといった原因結果の関係にはない。
(3) 検討
ア 上記(1)ア(イ),(エ),同イ(ア)で認定したとおり,控訴人には,昭和59年1月頃(当時9歳10か月)までにはフラッシュバック症状,解離症状がみられるとともに,睡眠障害,集中力を保つのが困難である,男性と接すると異常に緊張したり,恐怖を感じるといった過覚醒症状ないしトラウマ体験を想起させる刺激からの回避傾向もみられ,さらに,高等学校在学中には摂食障害がみられていた。幼少期の性的虐待によるPTSDの発症率が高く,PTSDの合併症として解離性障害も発症することがあるとされていることは上記(2)アで認定したとおりである。
このような事情のほか,関係証拠(甲31)によると,幼少期に性的虐待による影響として自尊心の低下が指摘されており,高等学校在学中にみられた摂食障害が外観に対する強い劣等感によるものであったことも考慮するならば,控訴人は,A医師及びB医師が診断しているとおり,昭和58年頃にPTSD及び離人症性障害を,高等学校在学中に特定不能の摂食障害を発症し,これらの精神障害は,いずれも被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことによるものであったと認めるのが相当である。
イ
(ア) 他方で,控訴人には,平成18年9月頃より前にも,上記(1)ア(イ),(ウ),同イ(ア)で認定したとおり,集中力を保つのが困難である,希死念慮があり手首を軽くカミソリで切ったことがあるとの出来事,睡眠障害はみられていたが,欠席・欠勤,遅刻,早退をすることなく,□□□□□□□をし,日常生活にも支障があった様子はうかがわれない。また,本件全証拠を検討しても,□□□□□□□□□□が,平成18年12月頃まで,控訴人がうつ病を発症していると疑っていた様子はうかがわれないのであって,このような事情からすると,控訴人は,本件性的虐待行為を受けた後,うつ病を発症しないままで推移していたとみるのが相当である。
(イ) ところが,控訴人には,上記(1)イ(エ)で認定したとおり,平成18年9月頃以降,著しい不眠(入眠障害,中途覚醒,悪夢,夜驚),意欲低下,イライラ感,億劫感,胸部圧迫感,頭痛,発汗及び体重の減少がみられ,向精神薬の処方,通院治療を受けたが,その症状は増悪し,平成20年には,□□□□□□□だけでなく,入浴などの身の回りのこともできなくなり,□□が自殺を心配するほどに希死念慮が強まったことが認められるところ,幼少期に性的虐待行為を受けた被害者は成人になってから大うつ病エピソードの発症率が高いとされること,幼少期に性的虐待行為を受けた被害者にあっては,PTSDを発症するとともに,その合併症として50パーセント以上の割合でうつ病を発症することがあり,PTSDを発症してから相当期間経過後にうつ病を発症するとの臨床例もみられることは上記(2)イ,ウで認定したとおりである。このような事情のほか,当審におけるB医師の証言によると,消耗性のうつ状態は休養により改善するものであるのに難治化していることからすれば,うつ病発症の原因が診療所での過重勤務によるとは考え難いとされていることも考慮すると,B医師が診断しているとおり,控訴人は,平成18年9月頃にうつ病を発症し,その原因は本件性的虐待行為を受けたことによるものであったと認めるのが相当である。