○「
幼少期虐待除斥期間適用排斥平成26年9月25日札幌高裁判決全文紹介1」を続けます。
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(3) 争点(3)(本件性的虐待行為により被った損害の有無・額)について
(控訴人)
ア 治療関連費用 95万2350円
控訴人は,本件性的虐待行為を受けたことにより,PTSD,離人症性障害及びうつ病などの精神障害を発症したため,前提事実(4)の治療を受ける必要があった。そのための治療費,調剤費用,通院交通費及び宿泊費は,合計95万2350円となる。
イ 将来の治療関連費用 960万1854円
控訴人は,本件性的虐待行為を受けたことにより,PTSD,離人症性障害及びうつ病などの精神障害を発症したため,平均余命である47年間にわたって少なくても1か月に1回の頻度で,女性生涯健康センターで通院治療を受ける必要がある。そのための治療関連費用(治療費,調剤費用,カウンセリング費用及び通院交通費)は,以下のとおり960万1854円となる。
(計算式)
4万4500円(通院1回当たりの治療関連費用(その内訳は,治療費が6000円,調剤費用が8000円,カウンセリング費用が1万0500円,通院交通費が2万円である。))×12か月×17.9810(平均余命期間に対応するライプニッツ係数)=960万1854円
ウ 慰謝料 3000万円
控訴人は,本件性的虐待行為を受けたことで,PTSD,離人症性障害及びうつ病などの精神障害を発症し,その多様かつ深刻な症状により,子ども時代,就職,進学及び結婚といったライフステージを通じて,社会生活上の様々な困難に見舞われ,平成20年頃には,診療所での業務に従事できなくなるだけでなく,家事や身の回りのこともできなくなった。現時点でもPTSDとうつ病は治癒せず,症状固定していないが,これらの精神障害が日常生活に及ぼしている支障の度合いは,自動車損害賠償保障法施行令別表第2の第3級3号に該当するほどであり,引き続き長期間の通院治療を受ける必要がある上,寛解しないおそれがある(なお,控訴人は,同後遺障害に基づく逸失利益を請求できるところであるが,争点を絞るべくその請求は行わない。)。
他方,被控訴人は,前提事実(5)のやり取りの際,当初は本件性的虐待行為を認めず,その後,その一部を認めたものの開き直った態度に終始し,本件訴訟においては,原審及び当審を通じて,謝罪を示す陳述書を提出せず,期日に出頭もしないどころか,後記(4)のとおり「近所にビラをまいてやる。」などと脅されたとの事実に反する主張をしている。
このような筆舌に尽くし難い甚大かつ深刻な経過,予後や,被控訴人が不誠実な態度に終始し何ら慰謝の措置を講じていないことを踏まえれば,控訴人が,「魂の殺人」行為である本件性的虐待行為により,計り知れない精神的苦痛を受けたことは明らかであり,その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は3000万円を下らない。
エ 弁護士費用 119万7000円
控訴人は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことにより被った損害の賠償を求めるため,弁護士に委任して本件訴訟を提起する必要があり,そのための弁護士費用として119万7000円の支出を余儀なくされた。
オ 上記合計額 4175万1204円
(被控訴人)
争う。
(4) 争点(4)(本件性的虐待行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したか)について
(被控訴人)
ア 仮に控訴人が被控訴人から性的行為を受けたことによりPTSDを発症したのであれば,その発症時期は遅くとも当該行為を受けた時から6か月以内のはずである。そうすると,控訴人はその頃までにPTSDを発症し,その時点で診断を受けたかどうかにかかわらず,損害及び加害者を知ったのであるから,遅くとも控訴人が成人に達した平成6年□□□□□から民法724条前段の消滅時効が進行する。したがって,控訴人が本件訴訟を提起した平成23年4月28日には消滅時効が完成している。
被控訴人は,前提事実(6)イのとおり消滅時効を援用するとの意思表示をし,上記損害賠償請求権は時効により消滅した。
イ 被控訴人が債務を承認したとの控訴人の主張は争う。
被控訴人は,前提事実(5)のとおり,平成23年3月17日,控訴人に対し,本件性的虐待行為の一部をしたことを認め,500万円の支払を申し出たが,このような対応をしたのは,控訴人が刑事告訴をすると述べたり,「近所にビラをまいてやる。」,「1週間以内に500万円を用意しろ。」などと脅したからであって,自由な意思に基づくものではないから,消滅時効の中断事由である承認には当たらない。
(控訴人)
ア 控訴人が,損害だけでなく,加害者までを知ったのは,平成23年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに本件性的虐待行為を受けたことを告白することを決意できた同月後半頃である。したがって,控訴人が本件訴訟を提起した平成23年4月28日には消滅時効が完成していない。
イ 被控訴人は,平成23年3月17日,控訴人に対し,本件性的虐待行為の一部をしたことを認め,その損害賠償として500万円の支払を申し出た。したがって,民法724条前段の消滅時効の起算日をどのように解しようとも,被控訴人が同日に債務を承認したことで,消滅時効が中断したか又は時効の利益を放棄したのであるから,上記損害賠償請求権は消滅していない。
また,後記(5)イで主張するとおり,親族間での幼少期の性的虐待行為は被害者が損害賠償請求権を行使するのが困難な不法行為であり,「魂の殺人」行為を行った被控訴人が時効による法的利益を享受することは,権利濫用に当たり信義則に反するものであって許されない。したがって,仮に消滅時効が完成し,かつ,同日のやり取りが債務の承認に当たらないとしても,上記損害賠償請求権は消滅していない。
(5) 争点(5)(上記損害賠償請求権は民法724条後段の規定により消滅したか)について
(被控訴人)
民法724条後段は除斥期間を定めた規定であるから,控訴人の主観的な認識にかかわらず,「不法行為の時」から20年が経過した時点で,その損害賠償請求権は当然に消滅する。また,同条後段は,加害者が援用しなくても適用されるものであるから,控訴人の権利濫用,信義則違反の主張は,主張自体失当である。
そうすると,控訴人が本件訴訟を提起した平成23年4月28日の時点で,被控訴人が控訴人に対して最後に性的行為をした昭和58年1月上旬から20年が経過しているから,上記損害賠償請求権は消滅している。
控訴人がPTSDを発症したのは昭和58年頃であり,本件は,損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には当たらない。
(控訴人)
ア 民法724条後段は,除斥期間ではなく,消滅時効を定めた規定である。上記(4)で主張したとおり,被控訴人は債務を承認し,仮に承認をしたとは認められないとしても,被控訴人が時効による法的利益を享受することは,権利濫用に当たり信義則に反するものであって許されない。したがって,上記損害賠償請求権は消滅していない。
イ
(ア) 仮に民法724条後段が除斥期間を定めた規定であっても,その起算日は,本件性的虐待行為を受けた時でも,PTSDを発症した時でもない。すなわち,親族間での幼少期の性的虐待行為には,このことによる精神障害の遅発性,多様性のほか,①被害者において性的意味が分からないうちはこのことを理由とする損害賠償請求をすることはあり得ないし,意味が分かってからも,永続的な恥辱感,絶対的な隔絶感,孤立無援感や,本来安心できる居場所である家庭を失うことを恐れて,被害を隠そうとする,②法定代理人である親権者において,性的虐待行為があったことを知っても,親族である加害者を擁護する,③親族である加害者において性的虐待を隠すため心理的影響を及ぼす,との特徴がある。実際に,控訴人は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けた当初はその性的意味が分からず,小学校の性教育でその性的意味を知ったが,学校,同級生に知られることで好奇な目で見られたり,いじめられたりすることや,家族に知られることで家族関係,親族関係が破綻することを恐れ,平成23年3月17日まで,□□□□□に対し,本件性的虐待行為を受けたことを告白することができなかった。□は,この時,本件性的虐待行為があったことを認めたがらず,被控訴人が自殺するかもしれないなどと被控訴人のことを心配する態度に終始していた。また,被控訴人は,本件性的虐待行為をしていた当時,控訴人に対し,「誰かに話したら大変なことになるよ。」などと言って,口止めをしていた。
以上のとおり,本件性的虐待行為を受け,精神障害を発症したことを理由とする損害賠償請求権は,被害者である控訴人においてその権利行使が困難であった。
また,PTSDが一般的に知られるようになったのは,阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生した平成7年1月ないし3月以降のことであり,それ以前にPTSDを発症したからといって,PTSDを発症したとの診断を受けることは不可能であり,当該診断を受けなければ,被害者は,当該症状が性的虐待行為を受けたことによるとの認識をすることはできないし,これを理由とする損害賠償請求権を行使することもできない。
したがって,控訴人は,上記診断を受けたときに初めて,自分にみられる精神障害が本件性的虐待行為を受けたことによることを認識し,上記損害賠償請求権を行使できるようになったのであるから,上記診断日である平成23年4月4日を「不法行為の時」と解すべきである。
(イ) 当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が「不法行為の時」となる。上記(2)イで主張したとおり,幼少期に性的虐待行為を受けたことによる精神障害は,症状の遅発性,多様性を重要な特徴としており,実際に,控訴人も,本件性的虐待行為を受けたことにより,昭和58年頃にPTSD及び離人症性障害を,高等学校在学中に特定不能の摂食障害を発症し,平成18年9月頃に難治性重度うつ病を発症した。
性的虐待行為を受けたことによりPTSDを発症するとともに,相当期間経過後に合併症としてうつ病を発症することがあり得るが,両者は,診断基準,主症状が異なる別個の精神障害である。
そうすると,本件性的虐待行為による精神障害の全部が発生したのは,早くてもうつ病を発症した平成18年9月頃である。したがって,同月頃が「不法行為の時」と解すべきである。
(ウ) 上記(ア)で主張したとおり,本件性的虐待行為があった当時,控訴人が単独で損害賠償請求をすることはもちろん,法定代理人である親権者ないし家庭裁判所が選任する特別代理人が被害者に代理して請求することも,事実上不可能であった。
このような事情からすれば,控訴人には,成人に達するまでは,上記損害賠償請求権を行使する可能性がなかったのであるから,控訴人が成人に達し,法律上,単独で損害賠償請求をすることができるようになった平成6年□□□□□が「不法行為の時」と解すべきである。
ウ 民法159条は,夫婦関係を維持することと請求権を行使することとが相矛盾することから,夫婦関係を解消するまでは時効の完成を制限することをその趣旨としており,このことは親族間の権利行使についても同様である。上記イ(ア)で主張したとおり,控訴人は,平成23年3月後半まで本件性的虐待行為を受けたことを告白することすらできなかった。このような事情からすると,被控訴人が本件性的虐待行為の一部を認めた平成23年3月17日又は控訴人が□に対して本件性的虐待行為を受けたことを告白した同月16日から6か月が経過するまでは,民法159条の法意に照らして,民法724条後段の効果は生じないと解すべきである。控訴人はこれらの日から6か月以内である同年4月28日に本件訴訟を提起したから,上記損害賠償請求権は消滅していない。
エ 仮に民法724条後段が除斥期間を定めた規定であるとしても,特段の事情があるときには,加害者において同条の適用を求めることは,権利濫用に当たり信義則に反するものであって許されないというべきである。
上記イで主張したとおり,本件性的虐待行為を受け,精神障害を発症したことを理由とする損害賠償請求権は,被害者である控訴人においてその権利行使が困難であった。他方,被控訴人は,犯罪行為である本件性的虐待行為を行うだけでなく,口止めまでして控訴人による損害賠償請求権の行使を妨げた。このような事情からすると,被控訴人が同条の適用を求めることは,権利濫用に当たり信義則に反するものであって許されない。