○「
幼少期虐待除斥期間適用除外平成26年9月25日札幌高裁判決全文紹介3」を続けます。
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3 争点(5)(本件性的虐待行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は民法724条後段の規定により消滅したか)について
(1) 本件事案に鑑み,次に争点(5)について検討する。
民法724条がその前段で3年の短期の時効について規定し,更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず,むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが,同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず,一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるから,同条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であり,除斥期間が経過した場合には,当該損害賠償請求権は法律上当然に消滅したことになるのであるから,裁判所は,除斥期間の性質に鑑み,当該損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,除斥期間の経過により当該損害賠償請求権が消滅したものと判断すべきものである(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
したがって,同条後段が消滅時効を定めた規定であることを根拠とする控訴人の主張及び除斥期間を定めた規定であっても,被控訴人が同条後段の適用を求めることは権利濫用に当たり信義則に反することを根拠とする控訴人の主張(第2の4(5)(控訴人)ア,エ)は,いずれも採用することができない。
(2)
ア 控訴人は,同条後段が除斥期間を定めた規定であっても,その起算日である「不法行為の時」は,自分にみられる精神障害が本件性的虐待行為を受けたことによることを認識しその損害賠償請求権を行使できるようになった時,すなわち,控訴人がPTSDを発症しているとの診断を受けた平成23年4月4日と解すべきであると主張する。
イ
(ア) しかし,同条後段所定の除斥期間の起算点は「不法行為の時」とされているのであるから,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時が起算点になると解される。他方,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号・第1196号,同年(受)第1172号・第1174号平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成16年(受)第672号・第673号平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁参照)。
これを本件についてみるに,控訴人は,本件性的虐待行為を受けていた昭和53年1月上旬から昭和58年1月上旬にかけて,当時はその性的意味は分からなかったものの,不快感,違和感,恐怖感,不安感,無力感を感じるとともに,昭和55年8月上旬頃(当時6歳5か月)以降は非現実感(現実感の喪失),離人感,昭和56年1月上旬頃(当時6歳10か月)以降は解離症状を自覚していたほか,昭和59年1月頃(当時9歳10か月)までにはフラッシュバック症状が現れていたことは,上記2の(1)ア(ア),(イ)で認定したとおりであり,昭和58年頃にはPTSD及び離人症性障害を発症したこと,高等学校在学中に特定不能の摂食障害を発症したことは,同(3)アで認定したとおりである。
したがって,本件性的虐待行為を受け,PTSD及び離人症性障害を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けた最終の時期である昭和58年1月上旬頃又はこれらの精神障害を発症した昭和58年頃を除斥期間の起算点と認めるのが相当である。また,摂食障害を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,同障害による損害がその性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に発生する場合に該当するとしても,遅くても控訴人が高等学校在学中の平成2年末頃を除斥期間の起算点と認めるのが相当である。
(イ) 関係証拠(甲21,26,原審におけるB医師の証言)によると,PTSDとの概念が一般的に知られるようになったのは,阪神・淡路大震災及び地下鉄サリン事件が発生した平成7年1月ないし3月以降のことであり,それ以前にPTSDとの診断を受けることは困難であったと認められるが,精神障害を発症した場合には,被害者に苦痛や日常生活上の支障などの損害が発生したとみるべきであって,障害の発症原因,障害名について現在からみて正確な診断を受けられなかったからといって,現実に損害が発生した事実を左右するものではなく,このことを理由に除斥期間が進行しないと解することはできない。
(ウ) 控訴人は,本件性的虐待行為があった当時,自ら単独で損害賠償請求をすることも,法定代理人である親権者ないし家庭裁判所が選任する特別代理人が被害者に代理して請求することも,事実上不可能であったから,控訴人が成人に達し単独で損害賠償請求をすることができるようになった□□□□□□□□□が「不法行為の時」と解すべきであると主張する。しかし,民法724条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず,一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解すべきことは上記(2)のとおりであり,また,幼少期に親族から性的虐待行為を受けた被害者が,成人に達するまではこのことを理由とする損害賠償請求権を行使することがおよそ不可能であると認めることはできない。したがって,控訴人が指摘する上記事情は,上記(ア)の認定判断を左右するものではない。
(エ) 以上のとおり,本件性的虐待行為を受け,PTSD,離人症性障害及び摂食障害を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,控訴人が本件訴訟を提起した平成23年4月28日には除斥期間が経過しているというべきである。
ウ 控訴人は,被控訴人が控訴人に対して本件性的虐待行為の一部をしたことを認めた平成23年3月17日又は控訴人が□に対して本件性的虐待行為を受けたことを告白した同月16日から6か月が経過するまでは,民法159条の法意に照らして,民法724条後段の効果は生じないと主張する。
しかし,控訴人は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けていた時から,このこと自体は認識するとともに,その頃から,障害の発症原因,障害名はともかく,PTSD,離人症性障害及び摂食障害による症状を自覚していたことは,上記2(1)アで認定したとおりである。また,関係証拠(甲9,当審における控訴人本人)によると,被控訴人は,本件性的虐待行為をしていた当時,控訴人に対し,「誰かに話したら大変なことになるよ。」,「他の人に言ってはだめだよ。」などと言って口止めをしていたことは認められるが,それ以上に,控訴人が成人に達する前後を通じて,控訴人ないし成人に達するまでの法定代理人である□□□□□□に対し,権利行使を妨げる行為に及んだ様子はうかがわれない。幼少期に親族から性的虐待行為を受けた被害者において,成人に達するまではこのことを理由とする損害賠償請求権を行使することがおよそ不可能であるとみることはできないことは,上記イ(イ),(ウ)で検討したとおりであり,家族に知られることで家族関係,親族関係が破綻することを恐れていたとの控訴人が主張する事情は,権利を事実上行使できなかったという主観的なものにすぎない。
したがって,控訴人において平成23年3月17日又は同月16日までおよそ権利行使が不可能であったとみることはできず,これらの日から6か月が経過するまでは民法159条の法意に照らして民法724条後段の効果は生じないとの控訴人の主張は,採用することができない。
(3)
ア 他方,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきことは,上記(2)イ(ア)のとおりである。
イ 控訴人は,上記2(3)イ(イ)で認定したとおり,本件性的虐待行為を受けたことにより,平成18年9月頃にうつ病を発症している。また,幼少期に性的虐待行為を受けた被害者にあっては,PTSDを発症するとともに,その合併症としてうつ病,解離性障害を含む様々な精神障害を発症することがあるとされており,PTSDとうつ病が50パーセント以上の割合で合併するとの疫学的研究,PTSDを発症してから相当期間経過後にうつ病を発症するとの臨床例,成人になってから大うつ病エピソードの発症率が高いとの研究結果もみられるが,うつ病は,PTSDとは,診断基準,主たる症状,治療方法が別個の精神障害であり,PTSDを発症したからといってうつ病を当然に発症するとか,うつ病を発症したからといってPTSDを当然に発症するといった原因結果の関係にはないことは上記2(2)イ,ウで認定したとおりである。
そして,控訴人は,上記2(1)で認定したとおり,昭和58年頃にPTSD及び離人症性障害を,高等学校在学中に特定不能の摂食障害を発症したが,その後平成18年9月頃まではうつ病を発症しないまま推移していたものであるところ,うつ病を発症するまでは,欠席・欠勤,遅刻,早退をすることなく,□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□日常生活にも支障を生じていなかったが,平成18年9月頃にうつ病を発症した後は,著しい不眠(入眠障害,中途覚醒,悪夢,夜驚),意欲低下,イライラ感,億劫感,胸部圧迫感,頭痛,発汗及び体重の減少がみられ,平成20年には,□□□□□□□だけでなく,入浴などの身の回りのこともできなくなり,希死念慮が強まったこと,控訴人のうつ病は,重度かつ難治化し,症状固定しておらず,寛解の見通しが立っていないとされていること等,控訴人の発症したうつ病の性質に鑑みると,その症状に基づく損害は,それまでに発生していたPTSD,離人症性障害及び摂食障害に基づく各損害とは,質的に全く異なるものということができる。
このような事情からすると,うつ病を発症したことによる損害は,その損害の性質上,加害行為である本件性的虐待行為が終了してから相当期間が経過した後に発生したものであり,かつ,それまでに発生していたPTSD,離人症性障害及び摂食障害に基づく損害とは質的に全く異なる別個の損害と認められるから,除斥期間の起算点は損害の発生した時,すなわち,うつ病が発症した時である平成18年9月頃というべきである。
(4) 小括
以上の検討結果をまとめると,本件性的虐待行為を受け,PTSD,離人症性障害及び摂食障害を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,民法724条後段所定の除斥期間の経過により消滅しているが,うつ病を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権については,除斥期間が経過していないということができる。
したがって,被控訴人は,控訴人に対し,本件性的虐待行為をしたことによりうつ病を発症させたことを理由として,不法行為に基づいて,その損害を賠償する義務がある。