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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺言書

自筆証書遺言書有効性判断に動画内容を参考にした高裁判例紹介2

○「自筆証書遺言書有効性判断に動画内容を参考にした高裁判例紹介1」を続けます。




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(3)以上の事実認定を補足する。
ア 控訴人は、本件動画の第一ファイルに本件新聞が置かれていないこと、本件動画の第一ファイルから第四ファイルまでの亡松子のセーターの第一ボタン、茶色ブランケット、ふすまの開閉状況及び日差しの有無において異同があることなどから、本件動画が加工・編集されたものであり、証拠能力及び証明力を否定すべきであると主張する。
 確かに、本件動画の第一ファイルから第四ファイルまでには、控訴人が指摘する上記のような異同がある。しかし、前記認定のとおり、本件動画中の亡松子の服装、掛け布団、枕、周囲のベッド、壁、ふすまはいずれもおおむね同一であり、少なくとも、本件動画の各ファイルが別の日に撮影されたものであるとまでは認め難い。

 また、本件新聞の年号は鮮明でないものの、「2月8日金曜日」とか「研究費」などの文字が印刷されていること、本件動画中の見出しと同一の平成25年2月8日付けの新聞があることに照らし、本件新聞は、平成25年2月8日に発行されたものであると認められる。そして,本件動画は、少なくとも同日以降に撮影されたものであり、さらに、被控訴人において、同日より後に作成された遺言を、それ以前に遡って作成したことにする動機は見いだせないから、本件動画は、平成25年2月8日に撮影されたものと推認するのが相当である。

 他方、前記のとおり、被控訴人は、本件動画に亡松子が遺言書自体を執筆している状況が映っていないことや、本件動画が四つに途切れている理由について、亡松子の体調への配慮から、部分ごとに撮影を行うことしかできなかったためである旨主張、供述している。しかし、本件動画には、後日の証拠となり得る本件新聞が何回も映されているのに、亡松子が、遺言書本文あるいは書き直した封筒の文字を記載する様子について一切撮影されておらず、被控訴人の上記主張及び供述は、必ずしも説得的なものではない。 

 もっとも、被控訴人が、裁判所及び控訴人を欺罔する意図をもって本件動画を加工・編集した事実を認定するに足りる証拠はなく、本件動画の証拠能力を否定すべきであるとは認められない。しかし、その実質的証拠力は、本件動画に顕れた亡松子の言動、本件遺言書や本件動画の保管状況及びこれに関する被控訴人の説明の合理性その他諸般の事情を総合して判断すべきである。

イ 前記のとおり、亡松子は、本件録音において「このままにしておくと、春子がそれこそ一株ももらえないことになってかわいそうなので遺言書を書いたのよ。」と発言している。また、Qは、本件録音の際、何かを読んで話したことはないと証言する。
 しかし、本件録音の作成時期が平成25年2月23日であることを裏付ける客観的証拠はない。また、証拠《略》によれば、本件録音における亡松子の発言は、声の抑揚に乏しく、いわゆる棒読みの状態であって、明らかに何らかの書面を読み上げたものであることが推認されるものであり、Qの証言中、上記部分は信用できない。さらに、遺言書の場合と異なり、この発言について動画が撮影されずに録音された経緯も定かでない。
 そうすると、少なくとも本件録音のみによって、亡松子が、平成25年2月23日当時、本件録音で発言するとおりの動機を有していたと認めることはできない。

ウ 本件宣誓供述書には、亡松子からの「遺言を書くから紙とペン、印鑑と用意してほしい」という要望に応え、亡松子に遺言書の作成に必要な便箋と封筒、印鑑を渡したこと、亡松子が、Qが渡した便箋に自分の意向を書き留めているようであったこと、亡松子からしっかり封をし、しっかり保管しておくようにと言われたので、亡松子の隣の自室の箪笥に保管していたことなどの記載がある。
 しかし、本件宣誓供述書の内容は、必ずしも詳細でなく、〔1〕亡松子が遺言書を作成した際、被控訴人が立ち会い、動画を撮影していたこと、〔2〕Qが亡松子に文字を教示していたこと、〔3〕一旦作成した封筒にシミがついてしまい、改めて封筒を作成し直したことなどの事実が何ら記載されておらず、その記載に高い信用性を認めることはできない。

エ 被控訴人の陳述書には、控訴人が、亡一郎の最晩年から平成21年頃には、会社経営のストレスからなのか、被控訴人のみならず、亡一郎や亡松子に激しい
言葉を投げかけるようになり、「負債があるのは、母が贅沢をしたからである。」というような見当違いの論理で責めることもあったとの記載がある。
 しかし、控訴人の平成27年10月15日付け陳述書には、これを否定する記載があり、被控訴人の上記記載を裏付ける証拠はないから、事実として認定することはできない。

オ 控訴人作成の「一.概要」から始まる書面には、被控訴人が、亡一郎及び亡松子から、約4億4000万円に相当する資金援助を受けた旨の記載があり、A外科病院元事務長Sが作成したという「アメリカ診療所への送金」と題する書面には、亡一郎及び亡松子が被控訴人に対し、約4000万円を送金した旨の記載がある。そして、確かに、前記認定のとおり、被控訴人は、B社名義のアメリカの邸宅を使用している。しかし、被控訴人が、亡一郎及び亡松子から、上記書面のとおりの資金提供を受けていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、上記書面に記載された事実を直ちに認定することはできない。
 もっとも、前記認定のとおり、亡一郎が平成17年12月7日に作成した公正証書遺言には、被控訴人のために負担した正確な金額は不明であるものの、合計で1億円を下ることはない旨の記載があることに照らし、被控訴人は、亡一郎及び亡松子から、B社からの家屋の提供を含め、少なくとも1億円以上の資金援助を受けたことがうかがわれる。

カ 甲野太郎の陳述書には、亡松子について、平成25年2月8日の時点において、アルツハイマー型認知症が顕著に進行し、その影響により、認知能力、判断能力が著しく低下しており、また、平成21年頃から実質的に寝たきりの生活で、徐々に関節の拘縮が進み、数分程度しか座位することができず、筆を握ることも困難な状態にあったもので、平成25年2月8日当時、亡松子には遺言書を作成する精神的能力及び身体的能力のいずれも欠けていたとの記載があり、具体的なエピソードとして、〔1〕平成23年5月頃、乙山家が大変お世話になったT氏を見ても誰か分からないという様子を示したこと、〔2〕平成25年1月8日の診察の際、亡松子との会話が全く成り立たなかったことなどを挙げている。

 そして、確かに、前記認定のとおり、亡松子は、平成17年頃から度々物忘れをするようになり、同年5月頃、SPECT検査においてアルツハイマー型老年痴呆に合致するパターンが認められていた。
 しかし、前記認定のとおり、亡松子は、平成24年4月、転居を求める控訴人の話を聞いて、「あなたたちが何を話に来るのか分かっていたわ。大丈夫よ、私は。今までここに住めたのだし、戦時中のことを思ったら、そのくらいのことなんでもない。」などと言って、これに同意したり(これは、控訴人作成の平成27年10月15日付け陳述書15頁に記載のある事実である。)、公正証書遺言を作成したりしている。また、前記のとおり、亡松子は、平成25年2月8日、本件動画中の封筒に氏名を記載しており、少なくとも、その時点において、文字を書く能力はあったと認められる。

 これらの事情を総合すると、甲野太郎が陳述書に記載する上記エピソードについては裏付けがないことから、これを直ちに認めることはできないものの、先に認定したとおり、平成17年頃からアルツハイマー型認知症の症状が認められていたことに照らし、平成25年2月の時点において、亡松子の精神的能力は相当減退していたと推認すべきである。なお、当審において提出された亡松子と被控訴人との間の会話の録音音声データ及び亡松子の写真は、この判断を左右するものではない。

二 以上の事実認定に基づき、本件遺言書の有効性につき判断する。
(1)前記第3、1(2)及び(3)アのとおり、本件動画は、平成25年2月8日に撮影されたものであり、同日、亡松子の座る席上に本件遺言書の本文が書かれたものと思われる遺言書があり、亡松子が、これを読み上げて、「わたくしの全財産を、乙山、春子に、へ、相続させる。」と発言し、本件動画中の封筒に氏名を記載する様子が撮影されている。また、本件遺言書の日付は、一応、「2013 2・8」と読めるものである。

 しかし、本件動画には、亡松子が、本件動画中の遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印したことそれ自体は撮影されていない。また、自ら記載した文章なのであれば、亡松子があえて「に」を「へ」と読み間違えるのは不自然との感は否めない。
 そして、本件動画には、視野に入りやすい位置に置かれた本件新聞が何度も映されており、後日の証拠となることが撮影者において十分意識されていたことが推認される。にもかかわらず、亡松子が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印する動作が断片的にすら全く撮影されていないことは、実に不自然といわざるを得ない。この点について、被控訴人は、亡松子の体調への配慮から、部分ごとに撮影を行うことしかできなかった旨主張するけれども、Qも立ち会う中で、被控訴人が亡松子の体調に配慮して具体的に何をしていたのか、動画を撮影できないこととなる事情としてどのようなことがあったかは、全く明らかではない。


 また、運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法968条1項にいう「自書」の要件を充たすためには、遺言者が証書作成時に自書能力を有し、かつ、上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要する(最高裁昭和58年(オ)第733号同62年10月8日第一小法廷判決・民集41巻七号1471ページ)。

 そして、本件において、亡松子が、遺言書の本文を記載したか否かは明確でなく、これが添え手を含む何らかの補助を受けてされた可能性は否定できない。そして、前記のとおり、亡松子は、平成25年2月の時点で、その精神的能力は、相当程度の減退があったと推認される上、本件動画においては、亡松子は、Qの教示を受けて「遺言」という文字を書く様子が録画されており、仮に、亡松子が本件動画中の遺言書の本文を自らの手で記載したとしても、その間に、Q又は被控訴人からどの程度の補助を受けたか否かは、本件遺言書の筆跡からは判然とせず、Q又は被控訴人の意思が亡松子の運筆に介入した可能性を否定できない。
 さらに、本件印影は、亡松子の実印及び銀行印によるものではなく、これが亡松子の印章によるものであること及びこれが亡松子によって押印されたことを認めるに足りる証拠はない。

(2)前記第3、1(1)コで認定したとおり、亡松子は、平成24年4月19日、B社の株式及び不動産を含む財産一切を控訴人に相続させ、遺言執行者として臼井弁護士を指定する旨の公正証書遺言をし、その公正証書に「病院も会社も、未だ多額の借金を抱えており、経営立て直しは道半ばです。まだまだ困難が続くと思いますが、花子ならばその夫と共に、必ずや再び繁栄に導いてくれると信じています。私が残す財産は、その備えとなるべきものなので、私の亡き後は、その管理一切を花子に委ねます。」と付言しており、これは、亡松子の夫である亡一郎の遺志にも合致するものであったことが認められる。

 しかし、上記公正証書遺言の際の亡松子の能力が問題となる余地があるとしても、それから1年も経たずに作成されたという本件遺言書は、上記の公正証書遺言とは正反対に、亡松子の全財産を被控訴人に相続させるとの内容になっている。上記公正証書遺言は、公証人が関与して作成され、亡一郎の遺志にも合致し、それなりに合理性があると考えられることからすると、亡松子が、真意に基づいて上記公正証書遺言の内容を変更するのであれば、その変更を要することとなった何らかの事情があってしかるべきところ、本件全証拠によるも、そのような事情は認められない。

 もとより、高齢者は、直前の感情に流されて、あるいは周囲の者に迎合して、客観的に不合理な内容の遺言を作成することもあり得ることはある。しかし、本件全証拠によるも、平成24年4月19日以降、亡松子が、控訴人との間で対立するに至ったとか、あるいは被控訴人にB社やD会の経営に参画させることを相当とすべき事情が生じたことを認めるに足りる客観的証拠はない。

 また、前記第3、1(2)イのとおり、亡松子は、本件録音において、被控訴人が一株ももらえないことになってはかわいそうである、との動機をもって遺言書を作成した旨発言しているけれども、前記第3、1(3)イで認定したとおり、亡松子のこの発言は、何らかの書面を読んだだけであって、真にそのような動機を有していたとは認められないし、被控訴人は、亡一郎の遺言と異なり、約500万円の預金及び現金を取得する遺産分割協議をしており、この遺産分割協議には、亡松子も関与しているのであって、亡松子がそのような動機から本件遺言書を作成したことには疑問がある上、仮に、亡松子がそのような意思を有していたとしても、それは、亡松子が被控訴人にその財産の一部を相続させる動機とはなり得ても、亡松子の全財産を被控訴人に相続させる動機とはならない。

(3)前記第3、1(1)スのとおり,本件宣誓供述書には、Qが、亡松子の指示により、本件遺言書を亡松子の隣室のQの部屋の箪笥に保管していたとの記載があるけれども、被控訴人及びQの本件遺言書の保管状況に関する被控訴人の主張は、第3、(1)スないしソ及びテのとおり、数次にわたり変遷しており、本件宣誓供述書中の本件遺言書の保管状況についての記載は、それ自体疑義がある。加えて、本件録音において、亡松子は、「大切なことは書いておいたので春子に渡しておいてくださいね。」と発言しており、本件宣誓供述書に記載されたQが受けたという亡松子からの指示と矛盾する


 また、被控訴人の本件遺言書の保管状況についての主張だけを取り上げても、前記第三、(1)ス、ソのとおり、被控訴人は、平成26年8月14日付けの本件検認の申立書において、「本件遺言書を平成25年2月8日に遺言者から預託され、これを自宅にて保管してきた。」と記載しながら、同年10月8日の本件検認の際の審問において、Qが保管していたものを、日にちは定かでないが、Qから被控訴人に交付されたと述べており、その変遷の理由は定かでない。
 さらに、公正証書をもって遺言を作成した者が、弁護士も呼ばずに自筆で遺言を作成することにも不自然の感が否めない。

(4)以上を総合すると、亡松子が本件遺言書を自書・押印したとは認められない。

第四 結論
 よって、控訴人の請求は理由があるから認容すべきであり、これを棄却した原判決はでないから、これを取消し、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 本田晃 鈴木和典)