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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺産分割

母からの法定相続分譲渡が特別受益に当たるとした高裁判例紹介

○「母からの法定相続分譲渡が特別受益に当たるとした地裁判例紹介」の続きで、その控訴審の平成29年7月6日東京高裁判決(判例時報2370号31頁)全文を紹介します。地裁と同様に父の相続にあたり子が母から法定相続分を譲り受けた場合、母の相続開始による遺産分割において、母の相続分の譲受は、特別受益に当たるとしました。

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主   文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第一 控訴の趣旨

一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二 事案の概要
一 本件は、被控訴人らが、控訴人に対し、被控訴人ら及び控訴人の母であるB(以下「被相続人母」という。)の相続に関して、被相続人母がその夫の相続の際に、被相続人母の法定相続分を控訴人に譲渡したことが遺留分減殺の対象となる贈与に当たると主張し、遺留分減殺請求権を行使し、原判決別紙遺産目録記載の土地及び建物について、平成26年4月5日遺留分減殺を原因とする各10分の1の持分移転登記手続を求めるとともに、各389万8297円の支払を求めた事案である。
 原審が被控訴人らの請求を全部認容したところ、控訴人が控訴した。

二 前提事実及び争点
 前提事実及び争点は、次の点を改めるほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決二頁七行目末尾に「であった。」を付加する。
(2)同頁26行目末尾に「《証拠略》」を付加する。
(3)原判決三頁三行目の「(以下」から次行目の「いう。)」までを削除する。

三 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(本件相続分譲渡が遺留分算定の基礎となる贈与にあたるか)について

(被控訴人らの主張)
ア 被控訴人らは、本件相続分譲渡により、被相続人母の相続における遺留分を侵害された。
 亡父の相続における控訴人の相続分6分の5のうち,被相続人母から譲渡された相続分は6分の3であるから、控訴人の取得した亡父の財産のうち5分の3(6分の3÷(6分の26分の3))が被相続人母から譲渡された部分である。したがって、控訴人の取得した亡父の財産のうち被控訴人らが遺留分減殺により取得する部分は控訴人の取得した亡父の財産の5分の3に被控訴人らの遺留分各6分の1を乗じた各10分の1となる。

イ 相続分の譲渡とは、相続人の有する一切の権利義務の包括的一体的な譲渡であり、債務を含む遺産全体に対して共同相続人の有する包括的持分ないし法律上の地位の譲渡を意味するものである。相続分譲受人は、包括受遺者に類似した立場に立つことになる。
 遺留分減殺請求は、贈与や包括遺贈がその対象となるとされている。包括遺贈も、相続分の譲渡と同様に一切の権利義務を包括的に移転させるものであるから、包括遺贈と相続分の譲渡とは実質的に同じであるといえる。

 また、相続分の指定も遺留分減殺の対象とされている(最高裁判所平成23年(許)第25号同24年1月26日第一小法廷決定・集民239号635頁)。相続分の指定と相続分の譲渡とは、効力発生時期で違いがあるものの、特定の財産を処分する行為ではない点、相続人の法定相続分を変更する性質の行為である点で、同じである。
 以上のとおり、包括遺贈も相続分の指定も遺留分減殺請求の対象になることに鑑みると、被相続人母の控訴人に対する相続分の譲渡は遺留分減殺請求により減殺されるものと解するのが相当である。

(控訴人の主張)
ア 最高裁判所平成11年(行ヒ)第24号同13年7月10日第三小法廷判決・民集55巻5号955頁(以下「平成13年判決」という。)は、「共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなり、分割が実行されれば、その結果に従って相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずることとなる。

 このように、相続分の譲受人たる共同相続人間の遺産分割前における地位は、持分割合の数値が異なるだけで、相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない。(中略)また、相続分の譲渡による権利移転は、その後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであって、遺産分割による農地についての確定的な権利移転については許可を要しない」と判示している。

 平成13年判決によれば、相続分の譲受人たる共同相続人の遺産分割前における地位は、持分割合の数値が異なるだけで、相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない。また、相続分の譲渡による権利移転は、その後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものである。控訴人は、被控訴人X1と遺産分割をした結果、亡父の相続につき、その財産を亡父から直接相続したものである。控訴人は、被相続人母から同人が亡父から相続した具体的財産を贈与されたことは全くない。

イ 相続分の譲渡は、固有の財産の移動がない。相続分の譲渡は、相続分の指定とも包括遺贈とも全く異なるものである。遺産分割は相続の問題であって、贈与の問題ではない。

ウ 相続分の譲渡は、民法上も税法上も贈与とはされていない。

エ 亡父の遺産分割は、被相続人母から控訴人に対する相続分の譲渡が、亡父の遺産分割の一方法としてされたことを前提に、前件決定により確定しているところ、被控訴人らの遺留分減殺請求権は、これを覆すもので、いわば既判力に抵触し認められない。

(2)争点(2)(被控訴人らの遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用にあたるか)について
(控訴人の主張)
〔1〕被控訴人らは自らが婚姻した後は、被相続人母のことはすべて実家に任せきりで、特に亡父の死去後被相続人母が死亡するまで約25年間、被相続人母を無視し続け、暴力的な虐待等を超える著しい精神的虐待をした、〔2〕それに対して控訴人は被相続人母と同居を継続し、物心ともに全面的な支援を行ってきたし、平成20年ころから歩行困難になった後、妻とともに日常生活の援助も続けてきた、〔3〕被相続人母が特別養護老人ホームに入所した後も、控訴人がその費用を負担したのに対し、被控訴人らは見舞いにも来なかった。
 これらの事情からすれば、被控訴人らの遺留分減殺請求権の行使は権利の濫用にあたり許されない。

(被控訴人らの主張)
 扶養義務の履行や親子の人間関係については、遺言制度や相続分の譲渡等の制度によって、被相続人の意思を実現する方法が用意されており、それに対して遺留分の制度も用意されているのであるから、遺留分減殺請求権の行使が権利濫用になることはない。
 遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用となるためには、ただ単に身分関係が形骸化し、その実態を失っているというのみでなく、積極的に廃除請求をしていれば認められたであろうと考えられる事情あるいはそれに相当する重大な事由が存在し、その行使が信義に反すると認められることが必要であると解すべきである。
 仮に、被控訴人らが約25年間、被相続人母との交流がなく、被控訴人らと被相続人母との関係がある程度疎遠であったとしても、廃除事由に該当するような事情はない。

第三 当裁判所の判断
 当裁判所も、被控訴人らの請求はいずれも理由があると判断する。その理由は、次のとおりである。
一 争点(1)(遺留分算定の基礎となる贈与にあたるか)について
(1)被相続人母から控訴人に対する相続分の譲渡によって、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人(被相続人母)の割合的な持分が譲受人(控訴人)に移転し、控訴人は、これによって増加した相続分を前提に遺産分割を請求し、参加できることとなったのであるから、相続分の譲渡は財産的価値を有し、民法549条所定の財産に該当するといえる。そして、本件相続分譲渡は無償でされた(前提事実(3))から、これは同条の贈与に該当すると認められる。また、本件相続分譲渡の目的は、総額9057万1787円の亡父の遺産の二分の一にあたる持分であるから、相当高額な贈与であって民法903条所定の生計の資本としての贈与に該当する。
 以上によれば、本件相続分譲渡は、生計の資本としての贈与として特別受益(民法903条)に該当し、民法1044条により遺留分算定の基礎となり、遺留分減殺の対象となる贈与と認められる。

(2)
ア 控訴人は、平成13年判決によれば、相続分の譲渡の前後で共同相続人の地位は本質的に異ならないし、相続分の譲渡による権利移転は、その後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであり、控訴人は、遺産分割の結果、亡父の財産を亡父から直接相続したものであって、被相続人母から同人が亡父から相続した具体的財産を贈与されたことは全くない、また、相続分の譲渡は固有の財産の移動がなく贈与に当たらない旨主張する。

 しかし、相続分の譲渡による権利移転はその後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであるといっても、相続分の譲受人は、譲受けによって増加した割合的な持分によって遺産分割を請求し、参加する権利を取得することになるのであり、財産価値のある権利移転が生じていること自体は否定できない。また、遺産分割は、相続開始時に遡ってその効力を生じ、控訴人は、遺産分割の結果、亡父から直接的な権利移転を受けたことになるのであって、被相続人母から同人が亡父から相続した具体的財産を贈与されたものではないが、相続分の譲渡が遺留分減殺の対象となるのは、相続分の譲渡が遺産分割において主張できる相続分の増加として財産的価値があるからであり、亡父の遺産である具体的財産の贈与に当たるからではないから、控訴人の上記主張は採用できない。

イ 平成13年判決は、要するに相続(遺産分割等)による権利移転は農地法3条の許可が不要であることを前提に、共同相続人間の相続分の譲渡は譲受人の持分割合を変動させるだけで、譲受人の相続人としての地位の変動を伴うものではないことから相続分の譲渡に農地法3条の許可が不要であると判示したものである。本件では、相続人間の相続分の譲渡による財産的価値の変動が贈与に該当するかが問題とされているのであり、平成13年判決とは事案を異にする。

ウ 控訴人は、相続分の譲渡は、税法上も贈与とはされていないと主張する。
 しかし、相続税法は、各共同相続人が現実に取得した財産の価格(未分割の遺産の場合は民法900条ないし904条の規定及び共同相続人間で相続分の譲渡があった場合における当該譲渡の結果定まる相続分)に応じて相続税を課すことを原則としていることから、上記価格が定まる過程で行われた相続分の譲渡による相続分の割合の変動そのものに課税すれば二重課税の問題が生じるため、相続分の譲渡自体を課税対象としなかったものと解される。無償の相続分の譲渡が贈与税の課税対象となっていないからといって、相続分の譲渡が遺留分減殺の対象となる贈与に当たらないということはできない。

エ 控訴人は、被控訴人らの遺留分減殺請求権は、確定した前件決定に抵触すると主張する。
 しかし、遺留分減殺請求権は、対象となる遺贈ないし贈与が有効であることを前提に認められるものであるから、前件決定によって本件相続分譲渡を前提とする遺産分割に従って確定的な権利変動が生じていることは、遺留分減殺請求の可否とは関係がない。しかも、被相続人母の死亡は前件決定確定後の事情であり、前件決定時に遺留分減殺請求ができなかった以上、その行使が制限される法律上、信義則上の理由はない。なお、遺産分割審判には既判力もない。

オ 以上のとおり、控訴人の主張はいずれも理由がない。

二 争点(2)(権利の濫用にあたるか)について
 争点(2)に対する判断は、以下のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決六頁11行目の「母との交流がなかった」を「母を無視し続け、暴力的な虐待を超える著しい精神的虐待をした」に改める。
(2)同頁23行目の「排除」を「廃除」に改める。
(3)同行目の「含むが」を「含む。」に改める。
(4)同頁24行目の「限られることを考慮すれば、」の次に「上記に匹敵する事情がなければ、遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用にあたることはないというべきである。そして、被控訴人らが被相続人母を無視し続け、著しい精神的虐待をしたと認めるに足りる証拠はない。仮に、被控訴人らが、亡父の死去後被相続人母が死亡するまで約25年間、被相続人母との交流がなかったとしても、同事実及びその他の」を加える。

三 結論
 以上によれば、被相続人母の相続について、被控訴人らは本件相続分譲渡によりその遺留分を侵害されているものというべきである。
 亡父の相続における控訴人の相続分6分の5のうち、被相続人母から譲渡された相続分は6分の3であるから、控訴人の取得した亡父の財産のうち5分の3が被相続人母から譲渡された部分である。控訴人は、本件相続分譲渡後の控訴人の包括的な割合的持分6分の5に対応するものとして遺産分割により原判決別紙記載の亡父の財産を具体的権利として取得したところ、被控訴人らは、その5分の3に被控訴人らの遺留分各6分の1を乗じた各10分の1を遺留分減殺により取得することになる

 したがって、原判決別紙遺産目録記載の各財産のうち、不動産については、各10分の1ずつの共有持分が被控訴人らに帰属することになるとともに、預貯金、処分済みの各株式の評価額及び代償金の合計額である3898万2978円の10分の1である389万8297円ずつについて、控訴人が被控訴人らに支払うべきである。

四 よって、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であって、控訴人の各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石史子 裁判官 大垣貴靖 矢作泰幸)