○「
養育費支払期間終期を成年時から大学卒業時に延期した高裁決定紹介」の原審で、家事審判により未成年者の養育費支払終期を成人に達するまでと定めていたものを、未成年者が私大に進学したことを理由に大学を卒業する22歳に達した後の最初の3月まで延期を求めたところ、相手方は未成年者の大学進学に反対していたことなどを理由に却下した平成29年8月18日さいたま家庭裁判所川越支部審判(判時2364号43頁)全文を紹介します。
○未成年者が大学に進学した場合の養育費一般論として、「
養育費は、親が生活保持義務に基づき、未成熟子の養育に要する費用を負担するものであり、子が成人した後は、基本的に自己の労力等により生活すべき立場にある。そこで、成人した大学生については、義務者が大学進学に同意している場合や、両親の学歴、職業、資産、収入等に照らして、大学への進学が相当であると認められる場合に、未成熟子として養育費を負担すべき」としています。
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主 文
本件申立てを却下する。
手続費用は各自の負担とする。
理 由
一 事案の概要
本件は、家事審判により、相手方が、申立人に対し、未成年者の養育費として、未成年者が成人に達する日の属する月まで、毎月5万5000円ずつ支払うことが定められていたところ、未成年者が平成28年4月に私立大学に進学したため、多額の学費負担が必要になった等と主張して、〔1〕双方の収入に応じて大学の学費を分担すること、〔2〕養育費の支払終期を22歳に達した後の最初の3月までに延長することを求める事案である。
二 本件の事実経過
一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1)申立人と相手方は、平成7年5月××日に婚姻し、平成9年6月××日に子A(未成年者)、平成12年2月××日に子Bが生まれた。しかし、申立人と相手方は、平成15年3月に別居した。相手方と子らとの間には、現在まで、連絡や交流が存在しなかった。
(2)相手方は、平成15年5月××日、申立人にメールを送信し、離婚原因が自己の不貞行為にあると認め、離婚の方法、養育費、慰謝料、財産分与の条件を提示し、「養育費は、子供名義の口座に、毎月指定日に、私と同じ学歴である大学卒業まで支払います。」、「子供二人の養育費は毎月6万円を支払います。一人が大学を卒業後は毎月4万円支払います。」と述べた。しかし、この離婚協議はまとまらず、離婚訴訟が提起された(東京家庭裁判所八王子支部平成20年(家ホ)第73号)。
(3)この離婚訴訟の判決は、申立人と相手方を離婚し、子らの親権者を申立人とした上、相手方が、申立人に対し、子らの養育費として、子らが成人に達する日まで、一人当たり月額5万円を支払うよう命じた。養育費の算定においては、双方の収入や子らの年齢が考慮された。同判決は、平成20年8月××日確定した。
(4)相手方は、平成21年11月××日、現在の妻であるDと再婚し、妻の氏を称した。なお、両名の間には、再婚前に、子E(平成16年3月××日生)、子F(平成19年7月××日生)が生まれ、相手方が認知していた。
(5)相手方は、平成21年、自己破産を申し立てると共に、養育費の免除を求める家事調停を申し立てた(さいたま家庭裁判所川越支部平成21年(家イ)第1394号、第1395号)。平成22年9月10日に成立した調停では、〔1〕相手方は、申立人に対し、当事者間の子らの養育費として、子らがそれぞれ成人に達する日の属する月まで、一人当たり毎月4万円ずつ支払い、〔2〕当事者双方は、上記子らにつき、病気、進学、その他特別な出費を要するときは、その都度、当事者間でその負担割合につき協議するものとすることが合意された。
(6)申立人は、平成24年、未成年者が中学3年になったため、養育費の増額を求めて、家事調停を申し立てた(千葉家庭裁判所木更津支部平成24年(家イ)第120号)。同年11月7日に成立した調停では、申立人が申し立てた強制執行において、養育費以外の取立てが終了次第、未成年者の養育費の額について再度協議する旨が合意された。
(7)申立人は、平成25年春、未成年者を私立大学の付属高校に進学させた。しかし、相手方は、この進学に先立ち、申立人に対し、未成年者が私立学校に進学することに反対し、申立人から進学費用の負担を求められても、これに応じなかった。
(8)申立人は、平成26年9月29日、養育費の増額を求めて、家事調停を申し立てた(千葉家庭裁判所木更津支部平成26年(家イ)第245号、第246号)。同調停は、平成27年9月2日に不成立となり、審判に移行した(同支部平成27年(家)第1021号、第1022号)。
(9)千葉家庭裁判所木更津支部は、平成27年10月9日に審判し、同審判は確定した(以下「前件審判」という。)。前件審判は、相手方が、申立人に対し、子らの各養育費として、平成26年9月から子らがそれぞれ成人に達する日の属する月まで、一人当たり毎月5万5000円ずつを支払うよう命じた。
(10)前件審判は、平成26年分の申立人の自営による年収(青色申告特別控除前の所得金額)が約13万円であり、相手方の給与所得による年収(源泉徴収票上の支払金額)が約920万円であること、扶養する家族の数、生活費指数(子が14歳までは55、15歳以降は90)を前提に、標準算定方式に基づき、養育費の合計額を子Bが14歳までは9万円,子Bが15歳以降は10万円と試算した。その上で、相手方に総額11万円の支払いに応ずる意思が存在することを総合して、養育費を一人当たり月額5万5000円と定めた。
(11)申立人は、その審理において、未成年者が私立高校に通い、大学進学が確定し、子Bも私立高校に入学したことを主張し、子らの養育費を一人当たり月額6万円に増額し、養育費の終期について、未成年者は22歳を迎えた最初の3月まで、子Bは20歳を迎えた最初の3月まで延長するよう求めた。
(12)しかし、前件審判は、養育費の終期は20歳までを原則とすると判断した。そして、前件審判は、公立学校に就学するのに通常必要な費用を超える費用は、特別の費用というべきところ、本件では両親の学歴や養育の経緯等から、当然に20歳を超えての養育費や私立大学進学を前提とする学費を分担することが容認されていたとは認められないこと、相手方が、四人の子の扶養を要し、その収入に鑑みると、子らの私学進学に反対することも不合理とはいえないことを指摘して、相手方が自認する一人当たり月額5万5000円を超える養育費を認めなかった。
(13)申立人は、短期大学を卒業して市役所に勤務し、国立大学夜間部を卒業後、飲食店を自営しながらファイナンシャルプランナー等として稼働し、平成26年の収入金額は約256万円(青色申告特別控除前の所得金額約13万円)、平成28年中の収入金額は約66万円(所得金額0円)であった。相手方は、私立大学を卒業後、都内の私立中学・高校の教師として稼働し、平成26年の給与は約920万円、平成28年の給与は約962万円であった。
(14)未成年者は、平成28年4月、C大学商学部に進学した。同学部の入学金は20万円であり、学費(諸会費を含む。)は年額108万5800円である。相手方は、これまで、未成年者及び子Bの大学進学に対し、明示の承諾をしていない。
三 当裁判所の判断
(1)大学の学費について
ア 申立人は、未成年者が平成28年4月にC大学商学部に入学し、その学費だけで年額100万円を超えることから、学業を継続するためには、相手方が収入に応じて学費を分担する必要がある旨を主張する。
イ 一般に、前件審判及び本件審判が依拠している養育費の標準算定方式は、生活保持義務に基づく適正妥当な養育費の算定を目的としており、15歳以上の子について公立高校の学校教育費を考慮しているものの、大学の学費のうち、上記の学校教育費を超える分については考慮していない。これを超える大学の学費は、特別事情として、養育費の義務者が当該大学への進学を承諾している場合や、当事者の学歴、職業、資産、収入等に照らして義務者にこれを負担させることが相当と認められる場合に限り、養育費の算定に当たり大学の学費を考慮する必要があると解される。
ウ これを本件でみると、前記の認定事実によれば、〔1〕相手方は、これまで未成年者らの大学進学に対し、明示の承諾をした事実はなかったこと、〔2〕相手方は、平成25年春に未成年者が私立大学の付属高校に進学する前に、申立人に対し、未成年者が私立学校に進学することに反対し、申立人から進学費用の負担を求められたが応じなかったこと、〔3〕平成26年9月から平成27年10月まで係属した前件審判及びその調停手続では、未成年者の大学進学が確定したことを根拠に申立人が養育費の増額と終期の延長を求めたが、相手方は私学進学に反対し、成人後の養育費の負担に消極的であったこと、〔4〕相手方と未成年者らは、平成15年3月の別居から現在まで、連絡や交流を欠いた状態であったことが認められる。このような経過に照らせば、相手方において、未成年者が大学に進学することを承諾していたとは認められない。
エ 前記の認定事実によれば、相手方は、平成15年に申立人と離婚交渉をした際、「養育費は、子供名義の口座に、毎月指定日に、私と同じ学歴である大学卒業まで支払います。」、「子供二人の養育費は毎月6万円を支払います。一人が大学を卒業後は毎月4万円支払います。」と提案しており、相手方が、この時点では、子らが大学に進学する事態を想定していたことがうかがえる。
しかし、前記の認定事実によれば、〔1〕上記の提案がされた当時、未成年者は未だ5歳にすぎず、大学進学は十数年も先の話であったこと、〔2〕この提案は、相手方が不貞を認めて離婚条件を提案するという状況下で行われたが、最終的には離婚交渉が成立せず、離婚訴訟が提起されるに至ったこと、〔3〕平成20年の離婚判決、平成21年に成立した家事調停、平成27年の前件審判では、いずれも養育費の支払終期を未成年者の成人で区切っており、前件審判では終期の延長を求める申立人の申立てが排斥されていること、〔4〕前記の提案の後、相手方は、再婚相手との間に二子をもうけ、当該女性と再婚する一方で、未成年者らとは長年疎遠であるなど、家族関係をめぐる大きな変化が存在していたこと、〔5〕そのため相手方は、申立人に対し、調停や審判の際、未成年者が私立学校に進学したり、大学の学費や成人後の養育費を負担することに否定的であったことが認められる。こうした経緯に照らせば、平成15年に相手方が申立人に対し、未成年者の大学卒業まで養育費を支払うと提案していたとしても、それがその後も相手方の意向として存続していたとは認められず、前記の判断を妨げるものではない。
オ 前記の認定事実によれば、相手方は私立大学を卒業して私立学校の教師として勤務し、平成28年に約962万円と相当な額の収入を得ており、未成年者は、私立高校及びC大学に進学するのに必要な学力を有していることが認められる。
しかし、〔1〕申立人は、短期大学を卒業して市役所に勤務し、国立大学夜間部を卒業後、飲食店経営、ファイナンシャルプランナー等として稼働し、平成26年の収入金額は約256万円(青色申告特別控除前の所得金額約13万円)、平成28年中の収入金額は約66万円(所得金額0円)にとどまること、〔2〕相手方は、本件の調停申立時に合計4名の未成年者に扶養義務を負い、現在も合計3名に対して負う状態にあり、子の数が少なくないこと、〔3〕前記のとおり、相手方と未成年者らは、これまで14年以上も連絡や交流を欠き、相手方は申立人に対し、未成年者の私学進学に反対し、大学の学費や成人後の養育費の負担に消極的であったことが認められる。このような本件の当事者の学歴、職業、資産、収入等の諸事情に照らせば、相手方が私立大学卒の私学の教員で相当額の収入を得ているとしても、未成年者と別生活を送る相手方に対し、通常の養育費の他に、大学の学費を負担させることが相当な場合に当たるとまでは認められない。
カ なお、申立人は、平成22年9月10日に成立した調停において、「子らにつき、病気、進学、その他特別な出費を要するときは、その都度、当事者間でその負担割合につき協議するものとする」と合意したと主張する。しかし、上記の条項は、特別な出費を要するときに協議の機会を設けることを取り決めたにすぎず、相手方が将来における大学進学を承諾した趣旨とは解されず、前記の判断を左右するものではない。平成24年11月7日に成立した調停も、大学への進学を約したものではない。
キ 以上によれば、申立人が、相手方に対し、未成年者の通常の養育費を超えて、大学の学費について分担を求めることはできない。平成27年10月の前件審判も、大学学費の負担義務を否定した上で、標準算定方式によれば標準的な養育費の額(二人分)は、子Bが14歳までが9万円程度、子Bが15歳以降は10万円程度となるところ、相手方が総額11万円の養育費の支払に応ずる意思を示していることも考慮して、2人分の養育費を月額11万円と定めたものであり、前件審判後に、相手方が大学の学費を負担すべき事情変更は見当たらない。
(2)成人した大学生の通常の養育費について
ア 申立人は、相手方が以前に養育費を大学卒業まで支払うと述べていたこと等から、未成年者が成人になった後の平成29年7月以降も、未成年者が大学を卒業するまでは、通常の養育費を支払うべきであると主張する。
イ ところで、養育費は、親が生活保持義務に基づき、未成熟子の養育に要する費用を負担するものであり、子が成人した後は、基本的に自己の労力等により生活すべき立場にある。そこで、成人した大学生については、義務者が大学進学に同意している場合や、両親の学歴、職業、資産、収入等に照らして、大学への進学が相当であると認められる場合に、未成熟子として養育費を負担すべきものと解される。
ウ 本件で、相手方が未成年者の大学進学に同意しているとか、諸般の事情に照らして未成年者の大学への進学が相当であると認めるに足りないことは、前記の認定事実及び前記三(1)の認定と同様である(なお、本件の審判手続において、当裁判所は、相手方に対し、養育費とは全く無関係に未成年者との面会交流を実施することや、未成年者の大学在学中は通常の養育費の支払を継続すること等の話合いを打診したが、相手方は一貫してこれを固辞する姿勢であった。)。
エ したがって、申立人が、相手方に対し、未成年者が成人してから大学を卒業するまでの期間、通常の養育費を支払うよう求めることはできない。前件審判も同旨であり、その後の事情変更も認められない。
(3)結論
よって、本件各申立てはいずれも理由がないから、主文のとおり審判する。
(裁判官 齊木利夫)