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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺産分割

遺産預貯金当然分割説の見直し平成28年12月19日最高裁判決全文紹介2

○「遺産預貯金当然分割説の見直し平成28年12月19日最高裁判決全文紹介」の続きで、9名の裁判官の補足意見を2回に分けて紹介します。
なお、補足意見まとめとして、以下の識者意見も紹介します。

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◇不公平なくす
二宮周平・立命館大教授(家族法)の話

これまでは故人の生前に土地や現金の贈与を受けた人でも、預貯金は取り分があるとされていた。大法廷の決定はそうした不公平をなくすもので妥当だ。預貯金の払い戻しについても、相続人全員の同意なく勝手に行うことは制限される。
一方、生活費に困る人もいるので、裁判所の運用に言及した補足意見も適切と言える。今後の法制審議会の議論では、交通事故の損害賠償を請求する権利などをどのように扱うかが課題となる。(了)
[時事通信社]


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なお,裁判官岡部喜代子の補足意見,裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見,裁判官鬼丸かおる,同木内道祥の各補足意見,裁判官大橋正春の意見がある。

裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。

共同相続が発生したとき,相続財産は民法898条,899条により相続分に応じた共有となる。その財産が金銭の給付を目的とする債権であっても同様である。当該債権については民法264条の規律するところになるのであるが,同条の特則としての民法427条により相続人ごとに分割されて相続人の数だけ債権が存在することとなると考えられているところである。

しかし,共同相続においては上記のとおりまず準共有状態が発生するのであるから,分割を阻害する要因があれば,分割されずに準共有状態のまま存続すると解することが可能である。普通預金契約(通常貯金契約を含む。以下同じ。)の本体は消費寄託契約ではあるが,そればかりではなく,付随して口座振替等の準委任契約が締結されることも多いのであって,普通預金が決済手段としての性格を強めていることは多数意見の指摘するとおりである。

そうすると,普通預金債権を共同相続した場合には,共同相続人は同時に準委任契約上の権利義務もまた相続により承継することになる。例えば口座振替契約の解約を行う場合は,それは性質上不可分な形成権の行使であり,かつ,処分行為であるから民法251条により相続人全員で行わなければならない。

ところが預貯金債権が当然に分割され各人の権利行使が認められることになると,共同相続人の一人が自己の持分に相当する預貯金を全額払い戻して預貯金債権を行使する必要がなくなる結果,預貯金契約自体あるいは口座振替契約等についての処理に支障が生ずる可能性がある。また,各別の預貯金債権の行使によって,1個の預貯金契約ないし一つの口座中に,共同相続人ごとに残高の異なる複数の預貯金債権が存在するという事態が生じざるを得ない。このような事態は,振込等があって残高が変動しつつも同一性を保持しながら1個の債権として存続するという普通預金債権の性質に反する状況ともいい得るところであり,また普通預金契約を締結する当事者の意思としても認めないところであろう。共同相続の場合には,普通預金債権について相続人各別の行使は許されず,準共有状態が存続するものと解することが可能となる。

以上のとおりであるから,多数意見の結論は,預貯金債権について共同相続が発生した場合に限って認められるものであろう。

ところで,私は,民法903条及び904条の2の文理並びに共同相続人間の実質的公平を実現するという趣旨に鑑みて,可分債権は共同相続により当然に分割されるものの,上記各条に定める「被相続人が相続開始の時において有した財産」には含まれると解すべきであり,分割された可分債権の額をも含めた遺産総額を基に具体的相続分を算定し,当然分割による取得額を差し引いて各相続人の最終の取得額を算出すべきであると考えている。

従前は預貯金債権も当然に分割される可分債権に含まれると考えてきた。しかし,最高裁判所が権利の性質を詳細に検討して少しずつ遺産分割の対象財産に含まれる権利を広げてきたという経緯,預貯金債権も遺産分割の対象とすることが望ましいとの結論の妥当性,そして上記のとおり理論的にも可能であるという諸点から多数意見に賛同したいと思う。ただ,当然に分割されると考えられる可分債権はなお各種存在し,預貯金債権が姿を変える場合もあり得るところ,それらについては上記のとおり具体的相続分の算定の基礎に加えるなどするのが相当であると考える。

裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見は,次のとおりである。
従来,預貯金債権は相続開始と同時に当然に各共同相続人に分割され,各共同相続人は,当該債権のうち自己に帰属した分を単独で行使することができるものと解されていたが,多数意見によって遺産分割の対象となるものとされた預貯金債権は,遺産分割までの間,共同相続人全員が共同して行使しなければならないこととなる。

そうすると,例えば,共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある,あるいは,被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情により被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要があるにもかかわらず,共同相続人全員の同意を得ることができない場合に不都合が生ずるのではないかが問題となり得る。

このような場合,現行法の下では,遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分として,例えば,特定の共同相続人の急迫の危険を防止するために,相続財産中の特定の預貯金債権を当該共同相続人に仮に取得させる仮処分(仮分割の仮処分。家事事件手続法200条2項)等を活用することが考えられ,これにより,共同相続人間の実質的公平を確保しつつ,個別的な権利行使の必要性に対応することができるであろう。

もとより,預貯金を払い戻す必要がある場合としてはいくつかの類型があり得るから,それぞれの類型に応じて保全の必要性等保全処分が認められるための要件やその疎明の在り方を検討する必要があり,今後,家庭裁判所の実務において,その適切な運用に向けた検討が行われることが望まれる。

裁判官鬼丸かおるの補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛同するものであるが,普通預金債権及び通常貯金債権の遺産分割における取扱いに関して,以下のとおり私見を付したい。
1 遺産分割とは,被相続人の死亡により共同相続人の遺産共有に属することとなった個々の相続財産について,その共有関係を解消し,各共同相続人の単独所有又は民法第2編第3章第3節の共有関係にすることであるから,遺産分割の対象となる財産は,相続開始時に存在し,かつ,分割時にも存在する未分割の相続財産であると解される。そして,多数意見が述べるとおり,普通預金債権及び通常貯金債権は相続開始と同時に当然に分割される債権ではないから,相続人が数人ある場合,共同相続人は,被相続人の上記各債権を相続開始時の残高につき準共有し,これは遺産分割の対象となる。一方,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われ,その残高が増加した分については,相続を直接の原因として共同相続人が権利を取得するとはいえず,これが遺産分割の対象となるか否かは必ずしも明らかでなかった。

しかし,多数意見が述べるとおり,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在するのであるから,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われた場合,上記契約の性質上,共同相続人は,入金額が合算された1個の預貯金債権を準共有することになるものと解される。

そうすると,被相続人名義の預貯金債権について,相続開始時の残高相当額部分は遺産分割の対象となるがその余の部分は遺産分割の対象とならないと解することはできず,その全体が遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。多数意見はこの点について明示しないものの,多数意見が述べる普通預金債権及び通常貯金債権の法的性質からすると,以上のように解するのが相当であると考える。

2 以上のように解すると,①相続開始後に相続財産から生じた果実,②相続開始時に相続財産に属していた個々の財産が相続開始後に処分等により相続財産から逸出し,その対価等として共同相続人が取得したいわゆる代償財産(例えば,建物の焼失による保険金,土地の売買代金等),③相続開始と同時に当然に分割された可分債権の弁済金等が被相続人名義の預貯金口座に入金された場合も,これらの入金額が合算された預貯金債権が遺産分割の対象となる(このことは,果実,代償財産,可分債権がいずれも遺産分割の対象とならないと解されることと矛盾するものではない。)。

この場合,相続開始後に残高が増加した分については相続開始時に預貯金債権として存在したものではないところ,具体的相続分は相続開始時の相続財産の価額を基準として算定されるものであることから(民法903条,904条の2),具体的相続分の算定の基礎となる相続財産の価額をどう捉えるかが問題となろう。この点については,相続開始時の預貯金債権の残高を具体的相続分の算定の基礎とすることが考えられる一方,上記②,③の場合,当該入金額に相当する財産は相続開始時にも別の形で存在していたものであり,相続財産である不動産の価額が相続開始後に上昇した場合等とは異なるから,当該入金額に相当する相続開始時に存在した財産の価額を具体的相続分の算定の基礎に加えることなども考え得るであろう。

もっとも,具体的相続分は遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するのであるから(最高裁平成11年(受)第110号同12年2月24日第一小法廷判決・民集54巻2号523頁参照),早期にこれを確定することが手続上望ましいところ,後者の考え方を採る場合,相続開始後の預貯金残高の変動に応じて具体的相続分も変動し得ることとなり,事案によっては具体的相続分の確定が遅れかねないなどの遺産分割手続上の問題が残される。

従来から家庭裁判所の実務において,上記①~③の財産も,共同相続人全員の合意があれば具体的相続分の算定の基礎ないし遺産分割の対象としてきたとみられるところであり,この問題については,共同相続人間の実質的公平を図るという見地から,従来の実務の取扱いとの均衡等も考慮に入れて,今後検討が行われることが望まれよう。