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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺産分割

遺産預金法定相続分払戻請求拒否を不法行為とした判例紹介3

○「遺産預金法定相続分払戻請求拒否を不法行為とした判例紹介2」の続きです。



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3 本件分割払戻請求の拒絶の不法行為の成否
(1) 前記2の事実経過からすれば,被控訴人は,遅くとも控訴人がその代理人であるN弁護士を通じて被控訴人京都支店に本件預金分割払戻請求をした平成24年10月23日の時点までには,N弁護士が同支店に送付した文書やその添付に係る本件審判の審判書正本,本件遺産分割決定の決定正本,確定証明書及び戸籍謄本の各写し等によって(上記各写し等の内容を疑うべき事情は証拠上全く見当たらない。),既に確定した本件遺産分割決定において,Bの法定相続人が控訴人及びCであり,その法定相続分が各2分の1であり,本件預金(相続により当然法定相続分により各相続人に帰属するのが原則である。)については,Bの遺産ではあるものの,法定相続人間に遺産分割の対象とする合意がないので,その対象から除外し,原則どおりの扱いとする旨の認定判断がなされていることを認識していたのであるから,確立した判例(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁,最高裁平成10年6月30日第三小法廷判決・民集52巻4号1225頁,最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁参照)上,本件預金債権については,金銭債権かつ可分債権であって遺産分割の対象外でもあり,明らかにBの死亡に伴う相続開始により控訴人及びCが法定相続分2分の1宛の割合に従って当然に分割取得すべきものであり,控訴人が本件預金の2分の1の払戻しを受ける正当な権限を有し,法律上控訴人の本件預金分割払戻請求を拒むことができないことを十分に認識していたものというべきである。

(2) 被控訴人は,前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の2【被告の主張】ア第二段及び前記第2の3(2)イ,ウ第一段のとおり,被相続人名義の預金の相続について第三者の立場にある金融機関は,遺言の存否,相続人の範囲,遺産分割の合意の有無等,預金を正当な権限のある者に払い戻すために必要な情報を自ら正しく認識し,把握することは不可能であるから,後日の紛争を回避するため,共同相続人の署名押印又は遺産分割協議書の提示等の確認を求めることは極めて一般的かつ合理的な取扱いであり,共同相続人間に遺産相続について争いがある場合には,払い戻すべきでない相手方に対して預金を払い戻す等といった事態とならないよう,預金の払戻しに異議がないか他の共同相続人の意思を確認する等して慎重に払戻手続を進める必要性がより高いところ,本件預金に関し,控訴人とCとの間に現に遺産相続争いがあったのであるから,慎重に払戻手続を進める必要性が高い事案であり,本件預金分割払戻請求に対し,被控訴人がCの同意を求めたことは何ら不合理ではない旨主張する。

 しかしながら,前記(1)のとおり,遅くとも平成24年10月23日時点において,被控訴人が,N弁護士から送付された文書やその添付に係る本件審判の審判書正本,本件遺産分割決定の決定正本及び確定証明書の各写し等により,被相続人Bの遺産分割審判が確定し,その認定判断を認識していたものである(これを疑うべきは証拠上全く見当たらない。)以上,可分債権である本件預金債権については,判例上,Bの相続開始により共同相続人である控訴人及びCが法定相続分各2分の1宛の割合で当然に分割取得するものであり,遺産分割手続を経ない限り法律上の権利行使が制約される性質のものでもない(本件預金に係る普通預金契約上,預金者に相続の開始があった場合には共同相続人全員の同意のない限り,共同相続人の1人からの預金分割払戻請求を認めないような約定があることを窺わせる証拠も見当たらない。)から,この上さらに,被控訴人が後日の紛争を回避するとの名目で,控訴人に対して共同相続人Cの署名押印又は遺産分割協議書の提示等の確認を求めることは,法律上も普通預金契約上も正当な根拠を見いだすことのできない専ら金融機関側の自己都合による取扱いというほかなく,明らかに行き過ぎであり,およそ本件預金分割払戻請求を拒む一般的合理的な理由ということはできない。

(3) ところで,前記1(8)のとおり,被控訴人京都支店の担当者は,平成24年11月19日,N弁護士に対し,本部の最終的な判断として「もう1人の相続人の方の承諾がない限り,法定相続分2分の1であっても,当行としては払戻しに応じられません。」旨を伝え,N弁護士から「他の銀行は応じていただいているのに,どうしてもりそな銀行では応じられないということですか。」と尋ねられたのに対し,同担当者は,「他行は存じませんが,当行では本部の決定ですので,私ども支店ではどうすることもできません。」と返答し,N弁護士から重ねて「裁判するよりないということでしょうか。」と尋ねられたのに対し,同担当者は,「私どもとしては何とも申し上げようがありません。」と返答し,同(9)のとおり,N弁護士が同年12月頃に訴訟提起の準備のために本件預金の残高照会をしたところ,被控訴人京都支店の別の担当者であるEは,本部に確認の上返答する旨述べ,同月21日,本件預金分割払戻請求には応じられない旨回答しているのであって,これらの経緯からすれば,被控訴人としては,控訴人が本件預金分割払戻請求に基づいて本件預金の2分の1の払戻しを受けるには民事訴訟を提起するしかなく,そのために控訴人が控訴人代理人を訴訟代理人に選任し,訴訟の提起及び追行するであろうことを認識していたものというべきである。

 また,前記1(10)のとおり,控訴人は,平成25年1月11日,控訴人代理人を訴訟代理人に選任して本件訴訟を提起したものであるところ,その際,控訴人代理人との間で,本件訴訟の提起及び追行のため相当額の弁護士費用を控訴人代理人に支払う旨を約したものと認めることができる(弁論の全趣旨)。

 さらに,控訴人としては,いわゆる大銀行である被控訴人が前記(1)のとおりの状況下においても,敢えて本件預金分割払戻請求を拒む以上,訴訟の段階になっても,法律の素人としては対応しかねる法律的な主張を展開してくるものと考えたとしても,無理からぬところがある上に,現に本件訴訟における被控訴人の主張内容に鑑みると,弁護士による反論が必要な範疇に属するものというべく,上記弁護士の選任はやむを得なかったものというべきである。

(4) 以上検討したところによれば,被控訴人は,Bの死亡による相続開始により控訴人及びCが法定相続分2分の1宛の割合に従って当然に分割取得し,控訴人が本件預金の2分の1の払戻しを受ける正当な権限を有し,法律上控訴人の本件預金分割払戻請求を拒むことができないことを十分認識していながら,控訴人の本件預金分割払戻請求に対し,後日の紛争を回避したいとの金融機関としての自己都合から,他の共同相続人であるCの同意ないし意思確認ができない限り応じられないという到底正当化されない不合理な理由を構えて頑なに拒絶し,殊更故意に控訴人の本件預金債権に対する権利侵害に及び,控訴人をして,本来不必要であるはずの本件訴訟の提起並びにその追行に要する弁護士の選任及び弁護士費用の負担を余儀なくさせ,財産上の損害を与えたものであるから,このような行為は,銀行の業務の公共性や預金者の保護の確保を旨とする銀行法1条の目的に反することはもちろん,遅くとも本件預金分割払戻請求があった平成24年10月23日からさらに払戻手続に要するであろう期間2か月程度(上記請求の内容等に照らすと,この程度あれば十分と認めるのが相当である。)が経過すれば,その時点(同年12月23日)において,本件預金の単なる債務不履行の域を超えて,不法行為が成立するものと認めるのが相当である。

(5) 被控訴人は,前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の3【被告の主張】ア第一段及び前記第2の3(2)アのとおり,民法は,金銭債務の不履行について債権者に生じた損害については,債務不履行責任を負わせることのみが予定されており,他の権利ないし法益の侵害を伴うような極めて例外的な場合に限り,不法行為が成立するにすぎない(大審院明治44年9月29日判決・民録17輯519頁,最高裁昭和48年10月11日第一小法廷判決・裁判集民事110号231頁)ところ,かかる考え方は,金融機関による預金払戻しの拒否の場面でも当然に妥当する旨主張する。

 しかしながら,上記(4)のとおり,被控訴人は,その業務が公共性を有する銀行でありながら,控訴人が本件預金の2分の1の払戻しを受ける正当な権限を有し,法律上控訴人の本件預金分割払戻請求を拒むことができないことを十分認識していながら,控訴人の本件預金分割払戻請求に対し,後日の紛争を回避したいとの自己都合から,他の共同相続人であるCの同意ないし意思確認ができない限り応じられないという到底正当化されない不合理な理由を構えて頑なに拒絶し,殊更故意に控訴人の本件預金債権に対する権利侵害に及び,控訴人をして,本来不必要であるはずの本件訴訟の提起並びにその追行に要する弁護士の選任及び弁護士費用の負担を余儀なくさせ,財産上の損害を与えたものであるから,不法行為の成立要件に何ら欠けるところはないものというべきである。被控訴人引用に係る各判例はいずれも事案を異にし,本件と同一に論ずることはできない。

4 控訴人の被った損害の内容及び額
(1) 慰謝料について

 前記3(4)で説示した被控訴人の不法行為により,控訴人は本件訴訟の提起を余儀なくされ,これにより控訴人は,少なからず事実上精神的な苦痛を受けたものということができる。
 しかしながら,本件訴訟のうち,控訴人の預金払戻請求については,原審で全部認容され,仮執行宣言が付されており(前記第2の1のとおり,上記請求の当否は,当審における審判の対象外である。),被控訴人から判決に従った履行がされることにより通常は精神的な苦痛も慰謝されるものというべきであるところ,本件では,上記履行によっては精神的な苦痛が慰謝されない特段の事情があることを認めるに足りる証拠は見当たらないから,控訴人は,被控訴人の不法行為によって慰謝料の支払を求めることはできない。

(2) 弁護士費用について
 前記3(4)で説示した被控訴人の不法行為により,控訴人は本件訴訟の提起を余儀なくされ,本件訴訟の提起及び追行に要する弁護士費用を負担せざるを得なくなったところ,上記不法行為と上記弁護士費用の負担との間に相当因果関係があることは明らかである。そして,本件訴訟の提起に至る前記2の事実経過に加え,本件訴訟における預金払戻請求の額及び認容額を考慮すると,控訴人の被った弁護士費用相当の損害額は,7万円と認めるのが相当である。

第4 結論
 以上によれば,控訴人の損害賠償請求は,7万円及びこれに対する不法行為が成立した後である平成24年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものである。
 よって,以上と異なり,控訴人の損害賠償請求を棄却した原判決主文第2項は不当であるから,上記判断に従ってこれを本判決主文第1項(1)及び(2)のとおりに変更することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項本文,64条ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 菊池徹 裁判官 島岡大雄)