○「
遺産として預貯金しかない場合の特別受益控除は難問?2」で、「
預貯金債権には民法第903条特別受益が適用されないなんて結論は許されないと、懸命に訴える準備書面を作成中です。」と記載していました。この事案は、被相続人甲野花子名義預貯金の内3280万円を同居していた相続人Aが払い戻したことを贈与を受けたと主張したので、もう一人の相続人Bが早期円満解決のため贈与を敢えて否認せず、特別受益として持ち戻すことを主張したものです。
○遺産分割調停では、この3280万円の贈与を特別受益として持ち戻すことを前提とした遺産分割案が調停委員から提案され、Bはその提案に同意しましたが、Aは提案を認めず、調停不調となって審判になりました。審判においてA側は、預貯金は相続開始と同時に当然分割されるとの最高裁判決を盾に取り、預貯金は遺産分割の対象にならず、当然、特別受益の対象にもならないと主張しました。
○私は、Bの代理人として、この最高裁判決は、不合理極まるとの主張を徹底して行いましたが、残念ながら、実務は最高裁の縛りが強く、判決は「
相続人に特別受益が認められる場合,遺産が可分債権のみであるときは,遺産分割において特別受益による調整が定められることに照らして,著しく妥当性を欠く結果になる可能性があることは否定できない。」としながら、「
本件では,申立人が主張する相手方の特別受益を除いても,預貯金だけで1億円を超える遺産があったのであり,本件預貯金を遺産分割の対象に含めなければ,衡平の見地から著しく不相当とまではいえない。」として、Bの主張は退けられました。
********************************************
主 文
申立人は,被相続人の遺産である別紙不動産目録記載の各土地を取得する。
理 由
1 前提事実
(1) 被相続人は,大正13年11月2日に生まれ,甲野太郎と婚姻し,申立人及び相手方が出生した。
被相続人の夫である甲野太郎は,平成10年9月5日に死亡し,被相続人は平成23年2月6日に死亡した。
平成18年ころから,相手方が,被相続人を引き取り,施設に入れるなどして介護に当たった。
(2) 被相続人の遺産として,別紙「亡甲野太郎・花子氏遺産預貯金分類一覧」記載の被相続人及び甲野太郎名義の預貯金(以下,被相続人及び甲野太郎名義の預貯金を「本件預貯金」という。)及び同「不動産目録」記載の土地(以下「本件土地」という。)がある(なお,甲野太郎名義の建物は現在は存在しない。)。
(3) 本件預貯金は,法定相続分に従って,申立人及び相手方が取得している。
本件審判期日において,相手方は,本件預貯金を遺産分割の対象とすることに同意しなかった。
本件土地は,東日本大震災に罹災し,別紙「不動産目録」記載4土地上の建物(同目録記載9ないし12,甲野太郎名義)は,いずれも津波により倒壊して存在しない。
本件土地について,資産価値がないこと及び申立人が取得することは当事者間で合意がある。
2 当事者の主張
(1) 申立人
ア 相手方は,生前に被相続人から合計3280万円を受領しているから,それは特別受益として持ち戻されるべきである。これが介護費用という相手方の主張は否認する。申立人は,贈与を受けた1000万円を特別受益として計上して遺産分割案を提案している。
申立人は相続に関する費用として,以下のものが考慮されるべきである。
相続税申告費用 141万7500円
葬儀費用 154万4870円
甲野家の墓石建立及び墓地修理負担金 260万円(東日本大震災のよる津波で流失したため)
イ 遺産分割においては,可分債権である預貯金も分割の対象とされることがほとんどである。実際,調停期日においては,相手方も本件預貯金も含めて,協議をしていたのに,突然,当然に分割取得していること及び遺産分割に含めることに同意しないと主張をしたのである。
本件では,相手方が多額の特別受益があるのであるから,預貯金を遺産分割に含め,清算をするのが衡平にかなう。なお,相手方の主張は特別受益についての持戻免除の意思表示の主張と考えられるところ,そのような意思表示があったことは否認する。そのような黙示の意思表示を窺わせる事情もない。
ウ 相手方は,被相続人の生前に甲野太郎の遺産である預金(三井住友信託銀行仙台支店,平成19年12月5日合計397万3385円)を勝手に引き出しているのでこれらも遺産分割で清算されるべきである。
(2) 相手方
ア 申立人が主張する金額(別紙「亡甲野太郎・花子氏遺産預貯金分類一覧表」信子生前贈与分の欄)を受領したことは認めるが,被相続人の介護報酬として受け取ったものである。
被相続人から相手方に対して,介護の報酬,謝礼として毎月一定の金額が支払われており,また,相手方の子が被相続人の介護に協力をしていたため,その謝礼500万円も含まれている。
イ 本件預貯金は可分債権であり,遺産分割の対象とする合意がない以上当然に分割取得することとなるから,遺産分割の対象とならない。相手方は,本件預貯金を遺産分割の対象とすることに同意しない。本件土地については,申立人が取得することには同意する。
ウ 前記アが特別受益にあたるとしても,相手方は,民法903条1項,2項により,本件土地を取得することができなくなるにすぎず,申立人に対して清算の義務は負わない。
3 判断
(1) 被相続人の相続人は,申立人と相手方であり,相続開始時の被相続人の遺産は,本件預貯金及び本件土地である。
本件預貯金は,相手方が,遺産分割の対象に含めることに合意しないと明言したことを受けて,既に申立人及び相手方が各2分の1ずつ取得している。
(2) 預貯金は可分債権であり,当然に法定相続分に従って分割取得されるものであって,相続人間で遺産分割協議等の対象に含めることの合意がない以上,遺産分割の対象とならない。
本件では,相手方は,調停前及び調停の段階では,本件預貯金を含めて,被相続人の遺産について分割を協議していたが,本件手続が審判に移行した際に,相手方は,本件預貯金を遺産分割の対象とすることに合意しないと述べた。
相手方は,一時は,本件預貯金を遺産分割の対象に含めて協議をしていたところ,審判手続に至り,遺産分割の対象に含めることを合意しない旨を明示したのであるが,調停段階の相手方の態度から,本件預貯金を遺産分割の対象に含めることの黙示の合意があったと評価することはできない。相手方は,合意による解決ができるのであれば預貯金を遺産分割の対象としてもよいとの態度であったと見られるのであり,最終的に合意による分割ができなかったのであるから,相手方の態度の変更が信義則に反するとはいえない。
相続人に特別受益が認められる場合,遺産が可分債権のみであるときは,遺産分割において特別受益による調整が定められることに照らして,著しく妥当性を欠く結果になる可能性があることは否定できない。そのような場合は,信義則等により何らかの方法で衡平を図ることを検討することも考慮しなければならないが,本件では,申立人が主張する相手方の特別受益を除いても,預貯金だけで1億円を超える遺産があったのであり,本件預貯金を遺産分割の対象に含めなければ,衡平の見地から著しく不相当とまではいえない。なお,相手方が被相続人の生前に払い戻した甲野太郎の預金は別途解決するほかはなく,相続税申告費用,葬儀費用及び甲野家の墓石建立と墓地修理負担金は,相続に関して生じた費用とはいえない。
(3) したがって,本件預貯金は,申立人と相手方に当然に分割取得をされており,本件遺産分割の審判対象とはならないというほかない。
そうすると,遺産分割の対象は本件土地のみであるので,それを申立人に取得させることとする。
4 よって,主文のとおり審判する。
家事審判官 岡野典章