○「
新生児取違での親子関係不存在確認請求が権利濫用とされた判決全文紹介1」に続けで、同判例で紹介されていた平成18年7月7日最高裁判決(家月59巻1号98頁、判時1966号58頁)を紹介します。この事案は、新生児取り違えではなく、両親が実子ではないことを認識していながら、敢えて、実子として届けたいわゆる「
藁の上からの養子」の事案です。
○この「
藁の上からの養子」は出生届出としては原則無効であり、これを制度として認めるのが特別養子の制度です。しかし、既になされている「
藁の上からの養子」も、実子同様の生活実態の一定期間継続等、一定要件があれば、その無効を理由に親子関係不存在を主張することが権利濫用とされて認められず、結果として「
藁の上からの養子」でも実質有効化することになります。同旨最高裁判例は、他に2件あり、別コンテンツで紹介します。
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主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人○○○○、同○○○○の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、戸籍上被上告人の子とされている上告人との間の実親子関係が存在しないことの確認を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人(明治41年生まれ)と亡A(明治40年生まれ)は、昭和12年▲月▲日、婚姻の届出をした。同年▲月▲日、被上告人とAの夫婦(以下「A夫婦」という。)の間に長男Bが出生した。
(2) Aは、上告人について、A夫婦間に昭和18年▲月▲日に出生した子として出生の届出をしたが、上告人はA夫婦の実子ではなく、この届出は虚偽の届出であった。上告人は、同月ころから、A夫婦の下でその子として養育され、高校卒業後、Aが経営していたそば店を手伝うようになった。
(3) Aは、昭和51年▲月▲日に死亡した。上告人は、Aの相続人としてAの遺産の約3分の1相当を取得したものとされた。
(4) 被上告人は、平成6年ころ、上告人を相手方として、実親子関係不存在確認を求める調停を申し立てたが、後でこれを取り下げた。
(5) 被上告人は、平成16年4月ころ、上告人を相手方として、再度、実親子関係不存在確認を求める調停を申し立てたが、同調停は、同年6月、不成立により終了した。
3 上告人は、被上告人が上告人との間で長期間親子としての社会生活を送ってきたものであり、Aの死後も平成6年まで実親子関係不存在確認調停の申立て等の手続を採ることなく、しかも、同年に申し立てた調停を取下げにより終了させていること、本訴請求は被上告人の相続を有利にしようとするBの意向によること、判決をもって上告人の戸籍上の地位が訂正されると上告人が精神的苦痛を受けることなどの事情に照らすと、本訴請求は権利の濫用であると主張した。
4 原審は、次のとおり判断して、被上告人の請求を認容すべきものとした。
身分関係存否確認訴訟は、身分法秩序の根幹を成す基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り、ひいてはこれにより身分関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有する。被上告人は真実の身分関係の確定を求めて本件訴訟を提起したものであるから、上告人と被上告人との間で長年にわたり親子と同様の生活の実体があったこと、被上告人がAの死亡後も長期間にわたり実親子関係不存在確認訴訟を提起しなかったことなどを考慮しても、被上告人の本訴請求が権利の濫用に当たるとはいえない。仮に本訴請求が相続を有利にしようとするBの意向によるものであるとしても、上記判断を左右しない。
5 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
実親子関係不存在確認訴訟は、実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り、これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであるから、真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には、実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるのが原則である。
しかしながら、上記戸籍の記載の正確性の要請等が例外を認めないものではないことは、民法が一定の場合に戸籍の記載を真実の実親子関係と合致させることについて制限を設けていること(776条、777条、782条、783条、785条)などから明らかである。
真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲の嫡出子として記載されている乙が、甲との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し、関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において、実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは、乙に軽視し得ない精神的苦痛、経済的不利益を強いることになるばかりか、関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。
また、虚偽の出生の届出がされることについて乙には何ら帰責事由がないのに対し、そのような届出を自ら行い、又はこれを容認した甲が、当該届出から極めて長期間が経過した後になり、戸籍の記載が真実と異なる旨主張することは、当事者間の公平に著しく反する行為といえる。
そこで、甲がその戸籍上の子である乙との間の実親子関係の存在しないことの確認を求めている場合においては、甲乙間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ、判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより乙及びその関係者の受ける精神的苦痛、経済的不利益、甲が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機、目的、実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に甲以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには、当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
そして、本件においては、前記事実関係によれば、次のような事情があることが明らかである。
(1) 上告人は、昭和18年5月ころ以降、A夫婦の下で実子として養育され、被上告人が平成6年に第1回目の調停を申し立てるまでの約51年間にわたり、上告人と被上告人との間で実の親子と同様の生活の実体があり、かつ、被上告人は、第1回目の調停申立てまでの間、上告人が被上告人の実子であることを否定したことはなかった。
(2) 判決をもって上告人と被上告人との間の実親子関係の不存在が確定されるならば、上告人が受ける精神的苦痛は、軽視し得ないものであることが予想され、また、被上告人は、Aの遺産の相当部分を相続したことがうかがわれるので、被上告人の相続が発生した場合に、上告人が受ける経済的不利益も軽視し得ないものである可能性が高い。
(3) 被上告人が、上記第1回目の調停申立てをした動機、目的は明らかでないし、その申立てを取り下げた理由も明らかではない。その後、約10年が経過して再度調停を申し立て、更には本件訴訟を提起するに至ったことについても、被上告人が上告人との間の実親子関係を否定しなければならないような合理的な事情があることはうかがわれない。
以上によれば、上告人と被上告人との間で長期間にわたり実親子と同様の生活の実体があったことを重視せず、また、上告人が受ける精神的苦痛、経済的不利益、被上告人が上告人との実親子関係を否定するため再度調停を申し立てるなどした動機、目的等を十分検討することなく、被上告人において上記実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上の見解の下に被上告人の上記確認請求が権利の濫用に当たるかどうかについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)