民法第921条で単純承認とみなされるかどうか微妙な現金引渡
○平成23年3月11日の東日本大震災が引き起こした巨大津波で大勢の方が死去し、行方不明の方も平成23年7月現在で5000人以上おられます。一時行方不明であった方も相当数、後日、ご遺体が発見されていますが、ご遺体と共に衣服に身につけていたサイフの中の現金、或いは、抱きかかえていた金庫の中の現金等を受け取られた遺族の方も多いと思います。
このようにご遺体と共に金品の引き取りを受けたことが、民法第921条1号の「処分」に該当するかどうかについては、私自身は、引渡を受けただけでは「処分」には該当しないと思いますが、なんと、家裁レベルで「処分」とみなされた例があるようです。
○昭和54年3月22日大阪高裁決定(家月31巻10号61頁、判タ380号72頁、判時938号51頁)は、一審大阪家裁の限定承認受理申立却下審判に対し、相続人が行方不明であつた被相続人の着衣、身回り品、わずかな所持金、遺体などを所轄警察から引き渡されても民法921条1号の「相続財産の一部を処分した」ものとはいえないとして一審決定と取消して差し戻しました。
事案は以下の通りです。
建築業、不動産仲介業をし、奈良県内で別居中であった夫Aが、その所有不動産をすべて売却し行方不明となっていたところ、約1年後に千葉県の警察署から死亡後3日目に発見され火葬に付したとして遺骨等の引取を妻Bが求められた
妻Bは、着衣など身の回り品、所持金2万0432円の引渡を受け、他方、その際夫の医療費1万2000円、火葬料3万5000円を右所持金に自己の金員を加えて支払った。
妻B及び子2人(成年)は、この死亡の事実及び自己が相続人となったことを知りながら、何ら遺産はないものと考え、その後3月の期間を徒過した。
しかし、死亡の約2年6か月後に債権者が相続人らに対し求償債務145万7869円の支払を訴求し、その訴状が昭和53年8月初旬相続人らに送達されたので、相続人らは同年9月8日家裁に相続放棄申述申立をした。
原審の大阪家裁は、熟慮期間徒過を理由にその申立を却下した。
○この却下決定に対しBと子2人は大阪高裁に抗告し、大阪高裁は、先ず、民法915条1項の「相続の開始があつたことを知つた時」とは、相続人において、被相続人の死亡の事実を知り、かつ、自己が相続人であることを知つたことに加えて、少なくとも積極財産の一部又は消極財産の存在を確知することを要するとして、本件では熟慮期間が経過していないとして、限定承認申立を受理すべきであるとしました。
この、「相続の開始があつたことを知つた時」とは、「少なくとも積極財産の一部又は消極財産の存在を確知することを要する」との考えは、現在では当たり前の様に運営されていますが、この決定当時は、まだ確立されておらず、家裁によって基準が統一されていませんでした。
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