本文へスキップ

小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

脳脊髄液減少症発症と後遺障害への影響を認めたさいたま地裁判例紹介

○34歳女子の脳脊髄液減少症は起立性頭痛認められ、診断基準を満たしているとして、発症を認め、12級後遺障害への影響も否定できないと認定した平成30年2月5日さいたま地裁熊谷支部判決(自保ジャーナル2019号17頁)の脳脊髄液減少症関係判断部分を紹介します。

○ブラッドパッチで顕著な効果があり、頚部痛,頭痛,めまい,手足のしびれは少し残ったものの,脳脊髄液減少症の典型的な症状である起立性頭痛はほとんど消失したと認められることから原告の症状が脳脊髄液減少症の後遺障害であると直ちに認めることはできないとしながら、原告の症状や後遺障害による勤務上の支障の程度は,12級のうちでは重い部類に属し、脳脊髄液減少症と頚椎捻挫の症状には類似するものが多く,原告の後遺障害に脳脊髄液減少症の影響が及んでいる可能性も否定できず、原告の後遺障害による逸失利益や慰謝料を算定するにあたっては,この点を考慮するのが相当としています。

********************************************

主  文
1 被告は,原告に対し,1108万1580円及びこれに対する平成25年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを100分し,その29を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 

理  由
第1 請求

 被告は,原告に対し,3798万8478円及びこれに対する平成25年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,群馬県a郡b町所在のcスキー場(以下「本件スキー場」という。)のコース上をスノーボードで滑走していた原告が,原告の上方(後方)から滑走してきた被告と衝突,転倒して負傷したと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金3798万8478円及びこれに対する本件事故日である平成25年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である(以下,この転倒事故を「本件事故」といい,本件事故の発生場所を「本件事故現場」という。)。

         (中略)

第3 争点に対する判断
1 本件事故の態様及び被告の過失の有無(争点1)について


         (中略)

3 本件事故による原告の後遺障害及び症状固定日(争点3)について
(1) 脳脊髄液減少症について

ア ICHD-Ⅲは国際頭痛学会が2013年に発表した診断基準であり(甲42),また,厚労省画像診断基準は,日本脳神経外科学会,日本神経学会など脳脊髄液減少症に関係する8つの学会の承認を得た基準であると認められ(甲27),その信頼性を疑うべき事情はないから,脳脊髄液減少症の診断に当たっては,これらの基準に依拠するのが相当である。

イ 起立性頭痛の有無
(ア) まず,被告は,原告が脳脊髄液減少症でないことの理由として起立性頭痛の不存在を挙げ,また,ICHD-Ⅲにも「低髄液圧による頭痛は,通常,常にではないが起立性である。」との記載があることに照らし,まず,原告に起立性頭痛が認められるかにつき検討する。
 この点,i病院の診療録(甲17)によれば,原告の頭痛が起立性であるとの明確な記載は,本件事故から約5か月経過し,ブラッドパッチ実施後である平成25年8月12日に初めて認められる(B医師による「起立性頭痛もなくなった」との記載)。
 一方,これに先立つ同年6月27日に耳鼻咽喉科の医師が診察した際の診療録には,「5月22日頭痛ズキーンとする持続痛(+)」との記載があり,かかるカルテの記載状況からすれば,原告の頭痛が起立性頭痛であるか,疑問の余地がある。

(イ) しかしながら,この点について,B医師は,要旨,以下のとおり証言している。
a B医師は同年7月11日に初めて原告を診察したが,その際,原告に起立性頭痛があることを確認しており,脳脊髄液減少症と診断するに当たって起立性頭痛は大前提なので,余りにも当たり前すぎるため起立性であるとの記載を忘れたのだと思う。
b B医師による診察以前の診療録の記載については,起立性頭痛は一般的な概念ではないので,看護師は頭痛が起立性かどうかは確認しないであろうし,他の医師も,起立性頭痛を疑って聴取していないため,単に頭痛しか記載していないのだと思う。
c 外傷の場合は複数の損傷があり,患者は最初のうちは一番強い痛みのみ感じるので,原告が持続性頭痛を訴えていたとしても,それは,頭部の直接の外傷による頭痛が一番目立っていたために,起立性頭痛が隠れていたのだと思う。

(ウ) 上記のB医師の証言に不合理な点は認められず,十分採用することができる。また,B医師は,原告に対し,脳脊髄液減少症かどうかを判断するために,平成25年7月18日に硬膜外への生理食塩水の注入を実施し,その後,ブラッドパッチを実施しているところ,「脳脊髄液減少症と診断するに当たって起立性頭痛は大前提」と考えているB医師が,原告に起立性頭痛がないにもかかわらず,これらの検査,治療を実施するとは考え難い。また,平成25年8月12日の上記カルテの記載も「起立性頭痛もなくなった」とされており,同記載からは,B医師がそれ以前から原告が起立性頭痛であったとの認識を有していたことが窺える。
 そして,本件事故の当初には起立性頭痛がなかったにもかかわらず,本件事故の約5か月後に起立性頭痛が発生するという機序も明らかでないから,原告には,本件事故後から起立性頭痛があったと認めるのが相当である。

ウ CT画像に基づく所見について
(ア) 次に,厚労省画像診断基準は,「CTミエログラフィーで硬膜外に造影剤を証明できれば脳脊髄液漏出を診断できる。穿刺部位からの漏出を否定できれば,脳脊髄液漏出の『確実』所見である。」としているので,原告がこの診断基準を満たすか検討するに,B医師の証言及び意見書(甲28)並びに後掲の各証拠によれば,以下のとおり認めることができる。

a B医師は,平成25年8月7日,原告に対し,CTミエログラフィーを実施した。これは,原告の腰椎に穿刺して造影剤を注入し,患者の頭を低い状態にして造影剤を首のほうまで広がらせた後,30分間座位をとらせた上でCTを撮影するという方法であった。
b 原告のCT画像(甲53)において,頚椎の一番下のあたりから胸椎の真ん中やや下あたりまで造影剤が硬膜外腔に漏れているのが確認できるが,これは損傷部位からの漏出であると認められる。
 そこから体の下に向かって途切れ途切れの漏れがあり,一番下の仙骨部にはまた大量の漏れがあるのが確認できるが,これは穿刺部位からの漏出と認められる。
c 以上によれば,画像上,損傷部位からの漏出と穿刺部位からの漏出は連続していないから,脳脊髄液漏出の確実所見と認められ,上記の厚労省画像診断基準を満たすということができる。

(イ) これに対し,被告は,記録上,原告のどの部位から穿刺を行って造影剤を入れたのかわからず,穿刺部位からの漏出と連続しないとの意見は,記録上の裏付けがないと主張する。しかしながら,B医師は,診療録等に穿刺部位の記載がないのは,穿刺部位は脊髄の損傷を避けるために脊髄がない腰椎のL2以下とするのが常識であるからと証言していることに照らし,診療録等に穿刺部位の記載がないことは前記認定の妨げにならないというべきである。

エ ICHD-Ⅲの診断基準について
 以上を前提に,原告がICHD-Ⅲの診断基準を満たすか,検討する。
(ア) ICHD-Ⅲにおける「脳脊髄液瘻性頭痛」の診断基準は,以下のとおりとされている(甲34,乙12)。
A いずれの頭痛も下記Cを満たす。
B ときに持続性髄液漏出の原因となることが知られている手技が行われている,もしくは外傷が存在しており,かつ,低髄液圧(60mmH2O未満)又はMRI,脊髄腔造影,CT脊髄腔造影や放射性核種脳槽造影による低髄液圧や髄液漏出の証拠がある。
C 頭痛は手技又は外傷の時期に一致して発現した。
D ほかに最適なICHD-Ⅲの診断がない。

(イ) 原告に起立性頭痛が認められることは前記イのとおりであるが,これに加えて,B医師は,原告には本件事故以前に頭痛がなかったことを問診で確認していること(甲37),原告について,本件事故以外に,起立性頭痛を生じさせるような外傷を伴う事故があったとは認められないことからすれば,原告は,診断基準A及びCを満たしているといえる。

 次に,B医師の証言によれば,原告は,後方から衝突されて首が激しく揺さぶられたことによって,脳脊髄液内の圧力が一時的に極端に高まり,一番弱いところが破綻して漏出が生じたと考えられ,本件事故により原告が負った外傷は,持続性髄液漏出の原因となることが知られている外傷に該当する。加えて,CTミエログラフィーによる髄液漏出の証拠があることは前記ウ記載のとおりであるから,原告は,診断基準Bも満たしている。

 なお,被告は,診断基準Bは,漏出の原因となる外傷が発生し,その外傷箇所からの髄液漏出所見の存在を必要としていると主張するが,B医師は,直接力が加わらなくても,間接的に別のところに圧力が加わって損傷が生じることはあると証言しており,診断基準を被告が主張するように限定的に解釈すべき根拠はない。

 最後に,診断基準Dについて,被告は,原告はICHD-Ⅲにおける「頭部外傷による持続性頭痛」及び「むち打ちによる持続性頭痛」に該当すると主張するが,原告に起立性頭痛が認められることからすれば,「頭部外傷による持続性頭痛」及び「むち打ちによる持続性頭痛」が原告の症状に最適な診断であるとはいいがたい。したがって,原告は,診断基準Dも満たしている。

(ウ) よって,原告は,ICHD-Ⅲにおける「脳脊髄液瘻性頭痛」の診断基準を満たすと認められる。

オ 結論
 以上の事情に加えて,原告に対してブラッドパッチを実施したところ,他の患者と比較しても良い効果が認められ,ブラッドパッチ実施後,原告の起立性頭痛は消失していること(甲17,B医師の証言)も合わせ考慮すれば,原告は,本件事故により脳脊髄液減少症を発症したものと認めるのが相当である。

(2) 頚椎捻挫について
 i病院の診療録(甲17)及びC医師作成の後遺障害診断書(甲29)によれば,原告は,本件事故後から回転性のめまい,頭痛,頚部痛,嘔気,手足のしびれ等の頚椎捻挫の症状を示していたことが認められ,C医師も本件後遺障害診断書において,原告の傷病名を「頚椎捻挫 脳髄液減少症」と診断していることに照らせば,原告は,本件事故により頚椎捻挫の傷害も負ったものと認められる。

(3) 後遺障害等級について
 本件後遺障害診断書によれば,原告には,同診断書の作成時点である平成28年3月18日の時点において,頭痛,頚・肩の凝りや痛み,めまい,嘔気,左半身のしびれなどの症状が見られるとともに,頚椎の可動域が前屈後屈で合計45度,側屈で合計30度に制限されるという後遺障害が残存したと認めることができる。

 そして,かかる後遺障害が脳脊髄液減少症の後遺障害と認められるか問題となるが,証拠(甲17,B医師の証言)によれば,平成25年8月8日に実施されたブラッドパッチは顕著な効果が認められ,頚部痛,頭痛,めまい,手足のしびれは少し残ったものの,脳脊髄液減少症の典型的な症状である起立性頭痛はほとんど消失したと認められることに照らせば,原告の前記症状が脳脊髄液減少症の後遺障害であると直ちに認めることはできない。前記(2)のとおり,原告は頚椎捻挫も発症しているものと認められ,頭痛,頚・肩の凝りや痛み,めまい,嘔気,しびれ,頚椎の可動域制限などの症状が頚椎捻挫においてもよく見られる症状であることからすれば,前記症状が頚椎捻挫による後遺障害と理解することも十分可能というべきである。

 また,原告の陳述書(甲47)によれば,原告の後遺障害による勤務上の支障は,同じ姿勢を維持していることが困難である,パソコンを使ってのデスクワークや長時間の立ち仕事はできない,重い荷物を持てない,長時間や夜間の自動車運転はできないというものであり,かかる原告の後遺障害による勤務上の支障の程度も合わせ考えれば,原告の後遺障害が後遺障害等級9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するとはいえず,後遺障害等級12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当である。

 もっとも,原告の前記の症状や後遺障害による勤務上の支障の程度は,12級のうちでは重い部類に属すると認められ,また,脳脊髄液減少症と頚椎捻挫の症状には類似するものが多く,原告の後遺障害に脳脊髄液減少症の影響が及んでいる可能性も否定できない。したがって,原告の後遺障害による逸失利益や慰謝料を算定するにあたっては,この点を考慮するのが相当である。