無症状脊柱管狭窄症既往症の神経障害と事故との因果関係認めた判例紹介
○脊柱管狭窄症があり、これと交通事故による傷害を契機に頚髄損傷を発した事例について、交通事故による傷害と頚髄損傷の因果関係及び素因減額割合が争点になった判例を探していたところ、40歳男子の右上肢末梢神経障害は無症状の脊柱管狭窄症が本件事故により発症したと事故との因果関係を認め、20%の素因減額を適用した平成28年2月26日名古屋地裁判決(自保ジャーナル・第1972号)が見つかりました。裁判所の判断での関連部分を紹介します。
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第三 当裁判所の判断
(中略)
2 争点(2)(右上肢末梢神経障害と本件事故との因果関係)について
(1) 原告には、遅くとも平成25年3月1日以降(※事故発生は、平成23年12月17日午後0時35分頃)、頸部脊柱管狭窄症を原因とする右上肢末梢神経障害が現れているところ(前提事実(3)イ)、原告は、これが本件事故により現れた症状である旨主張し、被告はこれを争う。
この点、証拠(略)によれば、
①原告は、本件事故直後は身体の左側を中心に事故の直接の衝撃により生じた打撲傷を原因とする強い疼痛があり、その状態がおよそ2週間継続したこと、
②その後、両手に痺れの症状を自覚するようになり、平成24年1月6日、年末年始の休業期間が明けて最初に受診したC接骨院においてその旨訴えていること、
③左手の痺れの症状は同年3月頃までに消失した一方、右手の痺れの症状はその後も継続したこと、④このような症状のため右腕を極力使わないような状態となり、同年7月頃までには外観上も明らかな筋委縮が生じてしまったこと、
⑤右手の痺れの症状は、体調や天候によって上下しながら、平均すれば概ね同程度の状態が続きつつ、長期的にはやや悪化傾向にあることが認められる。
証拠(略)によれば、原告の頸椎には後縦靱帯骨化症による脊柱管狭窄の所見が見られ、頸椎の脊柱管前後径は最小で8.52㎜(ただし、平成26年2月19日撮影のCT画像上の測定値)であり、本件事故とは関係なくそもそも高度の狭窄が生じていたことが認められるから、本件事故の前においても、いつ症状が現れてもおかしくない状態にあったというべきであるが、証拠(略)によれば、原告は本件事故前に上肢の痺れを自覚したことはないというのである。
そして、一般に後縦靱帯骨化症の症状は緩徐に進行することが多く、急激に症状が悪化するのは例外的な場合といえるところ、原告は、それまで自覚しなかった上肢の痺れを、本件事故での直接的な打撲による疼痛が緩解するとともに自覚するようになり、その後、右手については概ね同程度の症状が継続している(被告は、時期を追うごとに症状の出る部位が変わっていったり、程度が重くなったりすることは、通常の外傷治癒の法則に反していると主張するが、原告の症状経過をこのとおり理解することで、外傷治癒の法則と後縦靱帯骨化症の病理とを矛盾なく説明することができる。)。そうすると、原告の右上肢末梢神経障害は、原告が既往症として有していた無症状の後縦靱帯骨化症による脊柱管狭窄が、本件事故という外傷の寄与により発症したものと解するのが最も合理的である。
したがって、原告の右上肢末梢神経障害は、本件事故と因果関係があるものと認められる。
(2) 被告の主張について
ア 被告は、本件事故による外傷を機に症状が出たというのであれば、本件事故直後から痺れ等の症状を訴えるはずであるのに、痺れや放散痛の訴えは事故の2ヶ月以上後であると主張する。
しかし、原告が痺れ症状を初めて訴えたのは平成24年1月6日であり、上記主張は証拠評価を誤るものである。
また、原告は、左方からの入力であった本件事故により身体の左側に打撃を受けるとともに、反動により右半身を車体内部に打ち付け、事故直後はこれらによる疼痛が強かった旨供述しているところ、同供述は、受傷当初の医事記録等と矛盾しない。そして、このような疼痛の症状が、既に生じている痺れ等の症状をマスキングしてしまうことはあり得ることであるから、受傷直後2週間程度、原告が上肢の痺れ等の症状を訴えなかったことをもって、神経障害発生と本件事故との因果関係を否定することはできない。
なお、異議後の後遺障害非該当認定(前提事実(5)エ)は、右上肢痺れ及び放散痛の発症時期が平成24年3月9日頃であること等から、右上肢痺れ等につき本件事故との相当因果関係を否定しているが、前提を誤るものであって、参考にならない。
イ 被告は、Bクリニックにおける初診時にも症状固定診断時にも腱反射及び知覚障害に異常所見がないことを強調するが、証拠(略)によれば、神経根が圧迫されるにとどまっている場合は、痺れや巧緻障害、筋力低下が生じても、腱反射の異常や知覚障害が生じない場合があり得ることが認められるから、被告主張の事情は、神経障害発生と本件事故との因果関係を否定するものではない。
ウ 被告は、原告の神経症状が身体の右側に生じていることは、後縦靱帯骨化が脊柱管の中央に生じている画像所見と矛盾する旨主張し、その旨記載された医療調査報告書を提出する。
しかし、上記報告書は医師匿名により被告側保険会社のアジャスターが作成したものにすぎず、その証明力には限界がある。また、丁山医師は、脊柱管横断面のCT画像に基づき、原告の後縦靱帯の骨化は身体の右側に寄っており、身体の右側に症状が出る可能性が高い状況にある旨証言しており、その信用性を疑わせるような事情は認められない。
エ 以上のとおりであるから、被告の主張は、いずれも採用できない。
(中略)
(5) 後遺障害逸失利益 580万5582円
ア 労働能力低下の程度
前記2説示のとおり、原告は、本件事故を原因として無症状であった既往の後縦靱帯骨化症による脊柱管狭窄の症状としての右上肢末梢神経障害(痺れ、巧緻障害等)を発現させたものであるところ、証拠(略)によれば、これが自然治癒することはなく、これを根治させるには、狭窄部を切開し、頸椎の後方拡大術を施行する必要があるというのである。この神経障害により原告が稼働に支障をきたしていることは明らかであるから、原告は、本件事故により後遺障害を負ったものと認められる。
そして、原告が歯科医師という、手先の細かい作業により患者に侵襲度の高い医療行為を行う職業にあることに鑑みれば、利き腕である右上肢の痺れ及び巧緻障害を有するに至ったということは、職業上の大きな支障となるべく、通常人に比べてある程度高い労働能力喪失率を認めるのが相当である。
もっとも、証拠(略)によれば、原告の右上肢の痺れは、症状固定後間もない平成25年3月1日当時は仕事を初めて3~4時間程度で出現する状態にあり、その後約1年を経た平成26年5月8日当時は安静時も痺れがあって仕事により増強する状態にあったというところ、この間の症状悪化は、後縦靱帯骨化症ないし脊柱管狭窄症の通常の症状経過である緩徐な増悪傾向を呈したものとみるのが相当であって、本件事故による原告の労働能力喪失の程度を評価するには、平成25年3月1日の後遺障害診断当時の症状を基礎とすべきである。
(中略)
(8) 素因減額
原告には本件事故を原因として前記(1)ないし(7)の合計額1293万0438円の人身損害が生じたものである。ところで、原告の治療期間がやや長期間に及ぶとともに、右上肢末梢神経障害の後遺障害が生じたことについては、本件事故前から原告に存在した後縦靱帯骨化症の影響があったことが明らかであるところ、原告が本件事故当時40歳であったこと、狭窄度が高いことなどに照らせば、単なる加齢的変性の程度を超えた原告の疾患に当たるというべきであるから、原告の既往症が損害拡大に寄与したものというべく、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らし、素因減額を行うべきである。
そして、これまでに認定してきた既往の後縦靱帯骨化症の程度等(特に、狭窄度は高いが、症状が現れていなかったこと)に照らし、原告の上記損害発生額全体から20%を減じた1034万4350円(端数四捨五入)をもって、本件事故に帰責すべき損害額と認めることとする。