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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

1個の腎臓を失った場合の逸失利益についての判例紹介2

○「1個の腎臓を失った場合の逸失利益についての判例紹介1」を続けます。

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イ これを原告の左腎の機能喪失の後遺障害についてみると,上記1の認定事実のとおり,現時点における原告の右腎臓の機能は正常であり,一つの腎臓でも生体活動を維持していくうえでの機能は最低限あるとされ,現時点で食事制限,運動制限は不要と診断されている。

 しかし,原告に残存する右腎臓の機能については,成長過程にある小児の腎機能として固定はしていないと考えられ,今後身体の成長とともに相対的に腎機能が低下してくる可能性が高いと思われると診断されている。また,原告の右腎臓の腎機能は予備力がない状態であり,この残存腎臓の機能の推移には十分注意し,定期的な医師の検査と診察を受ける必要があり,さらなる腎障害をきたすイベントがあれば,通常であれば問題がないレベルのイベントでも,食事や活動に制限がかかる障害へ進行する可能性は否定できないと診断されている。特に原告の場合,同年代の子供と比べて溶連菌に感染することが少なくないところ,この溶連菌は感染すると急性腎炎を引き起こす可能性もあるとされている。

 これらのため,原告においては,残存する右腎臓の腎機能にできるだけ負担をかけない生活上の不利益を受け,あるいは就労上の配慮を要することになることが十分に予測することができるのであり,殊に右腎臓が外傷や疾患によりその機能を失ったときは腎機能が全廃になり,透析療法か腎移植の療法によらざるを得なくなり,場合によっては生命を失う危険性もあることから(甲12,弁論の全趣旨),そのような生活上,就労上の配慮が欠かせないと考えられる。

 したがって,原告の将来の就労期間における職業の選択及び就労上の制限として,重労働の職種や夜間,特に深夜労働に及ぶ職種を避けることとなり,また,そのような労働活動を避けたり,就労時間にも配慮する等の労働生活上の不利益を受けることになると推認することが可能である。さらに,そのような就労上の配慮をしながら労働生活を送ることを余儀なくされるため,その労働活動に対する勤務評価に影響し,昇進,昇級や転職等に影響を及ぼすおそれがあると認められる。

 そして,上記のとおり,後遺障害等級に応じた労働能力喪失率は,原告の労働能力の喪失の程度及びこれによる逸失利益の認定において有力な証拠資料になるというべきであり,原告は左腎機能の全廃により後遺障害等級13級の認定を受けているから,将来の就労期間において,その労働能力喪失率である9%程度の労働能力を喪失しており,これに見合った逸失利益があると事実上推定され,一応認めることができるところ,これに加えて上記説示の原告に係る現在及び将来にわたる諸事情を総合して考慮すると,その程度の逸失利益があるものと優に認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。


ウ 次に,女子年少者の逸失利益の計算における基礎収入額は,女性労働者の全年齢平均ではなく,男女を含む全労働者の全年齢平均で算定するのが一般的であり(赤い本平成28年版99頁),本件においてこれと別異に解すべき特段の事情は認めることができない。そして,症状固定時である平成23年又は本件口頭弁論終結時に近い平成26年の賃金センサスによる全労働者の学歴計全年齢平均賃金は,いずれも原告主張の470万5700円(平成21年賃金センサス)を下回らないから(赤い本平成28年版396頁),これを採用することができる。また,原告の就労期間である18歳から67歳までの年数に対応するライプニッツ係数が8.7394であることは,当事者間に争いがない。

エ 以上によると,原告の後遺症による逸失利益は,上記の額と認められる。
     (計算式) 470万5700円×0.09×8.7394=370万1249円

(8) 傷害慰謝料(入通院慰謝料) 120万円
ア 傷害慰謝料の認定の手法は,原則として入通院期間を基礎として算定するものとし,通院が長期にわたる場合は,症状,治療内容,通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもあるとされ,傷害の部位,程度によっては増額することを考慮し,また,生死が危ぶまれる状態が継続したときなどには,別途増額することを考慮し,さらに,慰謝料の増額事由として,加害者の過失の程度が高く,また事故態様が悲惨であること等の事情がある場合は,これらも考慮した額を算定するのが相当である(赤い本平成28年版170頁,202頁以下参照)。

 しかるところ,原告の入院期間は平成23年3月3日から同年4月6日までの35日間,通院期間は同月18日から平成24年3月27日までの345日間であり,その実通院日数は10日間であるという入通院期間に加え,原告の本件事故により受けた傷害が,左前頭葉急性硬膜下血腫,外傷性クモ膜下出血,後頭骨骨折,左腎茎部損傷(左無機能腎),後腹膜血腫,左肺挫傷,右第10,11肋骨骨折,両側気胸であり,傷害の部位が多く,傷害の程度が重く,かつ,脳に受けた傷害によって入院当初は原告の意識がなく,生死が心配され,ICUに入院する必要のある重篤なものであったこと(甲2,甲13),本件の事故態様が,原告の母親の目の前で,被告Y1が業務のために運転する普通貨物自動車が,安全であるべき横断歩道を歩行中の女児である原告に衝突して転倒させ,その背中等を前輪ばかりか後輪にも礫過させるというものであり(前提となる事実,甲13),過失の程度が高く,かつ,過失が一方的であり,さらに,極めて悲惨な事故であることを総合すれば,傷害慰謝料として上記の額を認めるのが相当である。

イ なお,被告らは,原告が訴状記載の入通院慰謝料の額から増額する主張をすることについて,増額分について請求の拡張のないまま入通院慰謝料の増額を認めるのは,処分権主義,弁論主義に反する旨主張する。

 しかし,同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権及び訴訟物は一個であり(最高裁昭和48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁),逸失利益や慰謝料等の損害項目においてその増額を主張する場合にその増額の主張に応じた請求の拡張をすることを要するものではなく,裁判所も上記訴訟物である請求権の請求額の範囲内において請求を認容すれば,何ら処分権主義に反しないことは明らかである。また,慰藉料の額は,裁判所の裁量により公平の観念に従い諸般の事情を総合的に斟酌して定めるべきものであるところ(最高裁昭和52年3月15日第三小法廷判決・民集31巻2号289頁,最高裁昭和56年10月8日第一小法廷判決・裁判集民事134号39頁),原告が精神上の損害の主張として,入通院慰謝料(傷害慰謝料)と後遺症慰謝料に分けてそれぞれの額を主張し,その総額の範囲内でそれぞれを適正に定めるように裁判所に求め,裁判所が裁量によりその総額の範囲内でそれぞれの慰謝料の額を定めることは,何ら弁論主義に反するものではない。
 被告らの上記主張は,採用することができない。

(9) 後遺症慰謝料 230万円
 原告が後遺障害等級13級に該当する左腎臓の機能喪失の後遺障害を負ったことに加え,上記1の認定事実のとおり,原告が平成24年3月27日までの通院後も体格が成人期に達するまでは定期的な検査・受診が必要とされ,現在も半年から1年に1回の頻度で通院していること,原告に腎機能低下による高血圧や,残存している左腎臓の外科的な晩期合併症(腎動脈瘤など)が出てくる場合は,その外来受診の頻度が増えたり,入院治療が必要になる可能性もあること,担当医師から原告が発熱した場合には腎機能に影響を与える病気である可能性があるので注意するよう指示され,通常であれば風邪が原因と思われる発熱であっても病院に通院して診療してもらわざるを得ない負担を強いられている状況にあること,原告が今後腎機能の全廃の危険性等の不安を抱えながら生活していくことを余儀なくされること等の本件で顕れた一切の事情を考慮すると,後遺症慰謝料として上記の額を認めるのが相当である。

(10) 以上合計額  1185万9639円

(11) 既払金     347万2230円(争いがない。)

(12) 控除後の損害額 838万7409円

(13) 弁護士費用    83万円
 本件事案の難易,請求額,認容額その他諸般の事情を考慮すると,弁護士費用の損害として上記の額を認めるのが相当である。

(14) 損害賠償金 921万7409円
 以上によれば,原告の被告らに対する損害賠償金は,上記(12)の既払金控除後の損害合計額に上記(13)の弁護士費用の損害額を加えた921万7409円であると認められる。

第4 結論
 よって,原告の本件請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
    横浜地方裁判所川崎支部民事部 裁判官  橋本英史