1点10円判決平成元年3月14日東京地裁判決紹介
○交通事故による傷害治療は、原則として自賠責保険を適用して自由診療で行うべきとされていますが、交通事故傷害の自由診療単価問題についていわゆる「1点10円判決」としてリーディング判決と言われている平成元年3月14日東京地裁判決(判時1301号21頁)概要備忘録です。
○事案
・Aは、昭和57年3月18日、自動車を運転中、C運転の自動車に衝突されて受傷し、Yの経営にかかる病院において頭部外傷、むち打症及び右胸部挫傷と診断され、同病院に同日から同年4月30日まで入院して治療を受けた
・保険会社X11は、被保険者Cに代わり、Yに対し、同日から同年4月30日までの治療費名目で266万4690円を支払った。
・Bは、昭和56年3月26日、自動二輪車を運転中、D運転の自動車に衝突されて受傷し、Yの経営にかかる病院においてむち打症及び右上下肢挫傷と診断され、同月27日から同年4月29日まで同病院に入院し、その後同年7月21日まで通院して治療を受けたが、保険会社X2は、被保険者Dに代わり、Yに対し、同年3月26日から同年7月21日までの治療費名目で235万0340円を支払った。
・これに対し、X11は、AがYに支払うべき治療費は56万6170円が相当であるから、Yはこれを控除した209万8520円を不当に利得しているとし、X2は、BがYに支払うべき治療費は19万9430円が相当であるから、Yはこれを控除した215万0910円を不当に利得しているとしてそれぞれ不当利得の返還を求めた
○判示概要
・自由診療において医師の施した診療行為は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らし、診療当時の患者の具体的な状況に基づいて客観的に判断して、当該治療行為が合理性を欠く診断に基づいてなされたものであるとき又は当該治療ないし検査行為が明らかに合理性を欠くときなど、当該診療行為が医師の有する裁量の範囲を超えたものと認められる場合に限り、過剰な診療行為というべき
・自由診療において診療報酬についての合意を欠く場合には、健康保険法の診療報酬体系を基準とし、かつ、他にこれを修正すべき合理的な事情が認められるときは、当該事情を考慮して、相当な診療報酬額を決定すべきである。
・交通事故によるむち打症患者に対する自由診療において、診療報酬についての合意を欠いた場合に、健康保険法の診療報酬体系を基準とし、薬剤料については一点単価を10円とし、その余の診療報酬部分についてはこれを10円50銭として診療報酬額を算定
○健康保険法に基づく保険診療にあっては、医療機関が法及び療養担当規則に適合する診療行為を行った場合に、診療報酬債権が発生するのであって、診療の内容について法及び規則に基づく諸制約が存在するのに対し、自由診療においては、医療関係法令を遵守すべきほか診療行為を行う上で特段の制約が存在しないとされています。
○交通事故による受傷、特にむち打症患者に対する診療について、被害者の自覚的愁訴も手伝って診療内容において過剰な診療が行われている場合が少なくないこと、医療費が自賠責保険により支払われるため高額化する傾向があることがつとに指摘されてきたました。
これに対し、平成元年3月14日東京地裁判決は、交通事故によるむち打症患者に対する自由診療について、医師の裁量性が肯定されるべきゆえんを指摘しつつも、その診療内容及び診療報酬額の算定の両面から合理的な制約があることを明らかにし、医師の主張する診療報酬額を大幅に減額する判断を示し、後の裁判や医師会対応に大きな影響を与えました。
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