○「
低髄液圧症候群との因果関係を認めた平成26年12月6日さいたま地裁判決紹介2」の続きで,裁判所の判断冒頭です。
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第3 当裁判所の判断
1 証拠(枝番を含む甲84ないし86,112,乙4,5,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故状況及び本件事故後の経過に等に関して,次の事実が認められる。
(1) 原告(昭和57年○月○日生)は,大学の薬学部を卒業後,平成19年4月から大手製薬会社である□□□□株式会社(以下「□□□□」という。)に入社し,MR(医薬情報担当者)の認定を受け,医師等の医療関係者に医薬品に関する情報の提供等の業務を伴う営業活動を行っていた。
(2) 原告は,平成20年7月8日午前7時頃,勤務先である□□□□□□□□に出勤し,取引先代理店での打合せのために会社の車で向かい,同日午前8時頃,国道17号線上で,赤信号のため停止していたところ,後方から被告車両(軽自動車)に追突された。原告は,衝突直前にキュルキュルという音を聞いたあと,突然後ろからどんという衝撃を感じて,体が前のめりになり,その反動でシートにたたきつけられた。原告は意識はあったが,頭全体から頸部にかけて,少し重い感じがあり,不快感があり,軽い頭痛もした。
原告は,被告□□の求めに応じて車外に出て車両の損傷状況を確認した。被告車両の損傷はそれほど大きくなかったが,原告車両はバンパーがずれた状態となり,被告車両の前フロントにキズが付いた。
原告は,上司に電話し,事故の報告をしたところ,取引先代理店での打合せはキャンセルし,午後から予定されていた□□□医院での説明会には行くように指示された。
原告は,警察の事情聴取を受け,実況見分に立会い,午前10時半頃終わった。
(3) 本件事故当日の状況
原告は,原告車両の座席を倒して横になって休み,午後零時半頃から,□□□医院で予定通り一人で説明会を行ったが,頭痛や吐き気がし,1時間予定していた説明会を20分位で終えた。原告の様子を見た□□□医師から,すぐに病院に行ったほうがよいと勧められたが,原告は□□病院の□□医師と午後6時半に面会の約束があったので,約5時間近く,車内の後部座席に仰向けになり,身体を休めた。
原告は,午後6時半頃,□□病院の□□医師に仕事の面談をし,その際,交通事故の症状を告げたところ,同医師から,整形外科の担当医に話を通しておくから,翌日朝一番で整形外科を受診するよう告げられた。
原告は,午後7時頃,会社に帰り,上司に自宅まで送り届けてもらった。
原告は,帰宅後,症状がひどくなったが,□□医師に翌日の受診を手配してもらったことから我慢して,横になった。
(4) □□□□クリニック受診
原告は,平成20年7月9日午前,会社の先輩に車の送り迎えをしてもらい,□□□□クリニックを受診し,□□□□医師の診察を受けた。原告の症状は,頸部痛,嘔気があるがしびれや筋力の低下はなく,頸椎可動域良好であった。めまいの訴えはなかった。原告は,同医師から頚椎捻挫の診断を受け,安静を指示され,ロキソニンを処方された。また,リハビリをした方がよいと言われ,□□□クリニックを紹介された。(甲85)
(5) □□□クリニック受診
原告は,欠勤し,平成20年7月11日から同月18日まで,5回,タクシーで□□□クリニックに通院し,電気治療を受けた。原告は自宅で横になって休み,会社の先輩に家事をしてもらった。
(6) □□□□クリニック再受診及び□□病院入院(甲85,86)
原告は,平成20年7月19日,□□□クリニックを再受診し,頸部痛,だるい状態,浮動感,力が入らない,めまいを訴え,坐位もつらい様子であり,1週間位の予定で,安静入院となった。
原告は,同日から平成20年10月4日まで□□病院に入院した
原告は,同年7月22日,項頸部から頭部にかけての鈍痛を訴え,同月23日,□□□□医師により,頸髄不全損傷の診断をうけ,安静度を上げて,坐位禁止,ギャッジアップは30度までとされ,ベッド上でのリハビリとされた。原告は,その後,しばしば頭痛を訴えるようになり,立位でめまい,頭痛が増悪する症状がみられた。同月25日,頭部,腰部MRI検査を受けたところ,わずかにL5-S1レベルの椎間板の左後方への突出がみられ,左神経孔の狭小化が認められ,その他に明らかな異常所見はなかった。同年8月7日,安静度を上げることとされ,めまい,頭痛の様子を見つつ経過観察とされ,作業療法継続となった。同日以降,原告の頭痛がひどく,ベッドのギャッジアップも困難な状態もあった。
同年8月26日以降の□□□□医師の所見では,脊髄の器質的障害は否定的であり,不定愁訴は自律神経系の障害と肩甲骨の筋力低下からくるものであり,心因性の症状が疑われた(甲86・70頁以下)。
原告は,同年9月以降,改善傾向が見られたが,視覚からの情報や,音に対し過敏,頭痛,吐き気につながりやすいとされ,自宅復帰は比較的早期にできても,仕事(車の運転,文献を読む,パソコン)は難しい状態とみられた(甲86・91頁以下)。原告は,一定程度症状の改善がみられ,同年10月4日退院した。
原告は,同年8月頃,職場の先輩から低髄液圧症候群ではないかと言われ,医師に聞いたが,そんな病気はないと否定された。
原告は,退院後,実家の両親のもとで暮らし,同年12月26日まで□□病院に通院したが,原告の症状は,再び悪化した。
原告は,音が頭に響くことから,同年11月28日,耳鼻咽喉科□□クリニックを受診し,目に痛みを感じたことから,平成21年1月に2回,□□□□眼科を受診した。また,平成21年1月8日から同年10月28日までマッサージ施設に通所した。
(7) 山王病院での治療
原告は,□□□□クリニックの医師に相談し,「交通事故後,頭痛,吐き気,めまい等持続しています。低脊髄圧症候群疑っています。」との記載のある診療情報提供書を作成してもらい,平成21年2月12日,山王病院を受診し,A医師の診察を受け,脳脊髄液減少症の可能性が高いと診断を受けた。同年3月3日,同病院に入院し,RI脳槽シンチグラフィー検査を受け,髄液漏れが確認されたとして,低髄液圧症候群と診断された。原告は,同月4日にブラッドパッチ治療を受け,6日に退院した。
原告はその後8回のブラッドパッチ治療及び2回のアートセレブ治療を受け,更にその後,平成25年7月11日及び平成26年3月にフィブリン糊パッチ治療を受けた。
フィブリン糊パッチ治療とは,血液が出血して表面の血液が固まる場合,血液中にあるフィブリノゲンがトロンビンに結合してフィブリンという糊状のものに変わっていくことによるという機序を応用したもので,血液製剤を精製してフィブリノゲンを取り出したフィブリノゲン製剤とトロンビンを使ってフィブリン糊を作って漏れているところを防ごうという新しい治療である。その方法は,フィブリノゲンとトロンビンを適当な尺度で薄めて硬膜外にブラッドパッチと同じように針を刺してゆっくり入れ,脊髄全体の漏れているところを塞ぐというものである。試験管レベルの実験で,血液で閉じて塞ぐ圧より,フィブリン糊は3倍くらい効果があることが確かめられた(A20頁)。
原告は,1回目のフィブリン糊パッチ治療により,症状が大幅に改善した。フィブリン糊パッチ治療3か月後の原告の状態は,日常生活で動けるような状態になり,気候の変化で悪化する日はあるが,1週間のうちの大半はかなり支障のない形で動けるようになっていた(A40頁)。
原告は治ったかと思っていたが,平成26年1,2月から症状が出て,同年3月28日,2回目のフィブリン糊パッチ治療を受けた。
原告は,この間の平成23年9月1日付けで退職となった。
(8) その他の通院等
原告は,かゆみ,湿疹等の症状のため,平成21年4月13日から平成23年3月28日まで,□□皮膚科クリニックへ通院し,軟膏薬の処方を受けた。
原告は,肩こりの緩和のため,平成22年1月19日から同年3月31日まで合計17回□□鍼灸接骨院に通院し,電気治療,マッサージの治療を受けた。
原告は,平成26年4月11日,□□眼科を受診し,まぶしさを遮断するための虹彩付ソフトコンタクトレンズを注文した。
(9) 原告の既往症
原告は,本件事故前の1年位まえから,左下肢痛,腰痛により□□□□病院及び□□病院に通院し,検査を受けたことがある。(甲86・9頁,132頁)
2 被告らの責任
本件事故は,被告□□が前方不注視により,信号で停車中の原告車両に被告車両を追突させたものであるから,被告□□は,原告に対し,民法709条及び自動車損害賠償保障法3条により,原告に生じた損害の賠償責任を負い,被告車両に任意保険を付保していた被告は,保険契約の約款により,原告に対し,損害を直接賠償する責めを負うと認められる。