本文へスキップ

小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

その他交通事故

柔道整復師施術過誤についての損害賠償請求が否定された東京地裁判例紹介1

○柔道整復師の施術を受けて1日半経過後に、激痛、右手小指の痺れ等の頸椎椎間板ヘルニア症状が出た場合において、椎間板ヘルニアの既往症があることを知っていたとしても、柔道整復師において事前に医学的検査をし、医師の指導を受けつつ施術をすべき注意義務はなく、施術に不適切な点があったことを推認することはできないとされた平成25年4月11日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)全文を3回に分けて紹介します。




***************************************

主  文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 被告Y2の請求を棄却する。
3 訴訟費用及び補助参加の費用は,被告Y2に生じた費用の2分の1と原告,被告Y1社,被告現代海上及び補助参加人に生じた費用を原告の負担とし,被告Y2に生じたその余の費用と被告治療協会に生じた費用を被告Y2の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨

1 第1事件
(1) 被告Y1社及び被告Y2は,原告に対し,連帯して3960万2064円及びこれに対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 被告現代海上は,原告に対し,被告Y2に対する上記(1)の判決が確定したときは,3960万2064円及びこれに対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 第2事件
 被告治療協会は,被告Y2に対し,被告Y2に対する上記1(1)の判決が確定したときは,3960万2064円及びこれに対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 第1事件は,被告Y1社の経営するa整骨院(以下「被告整骨院」という。)において,その従業員であるD(以下「D」という。)から施術を受けた原告が,同施術によりそれまで潜在的なものにすぎなかった頚椎椎間板ヘルニアの症状が出現したと主張して,被告Y1社及びその代表者である被告Y2に対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)等に基づく損害賠償として,連帯して3960万2064円及びこれに対する不法行為日である平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告Y2の被告現代海上に対する保険金支払請求権を代位行使して,被告現代海上に対して,原告と被告Y2との間の判決確定を条件に上記損害賠償金及び遅延損害金と同額の保険金の支払を求める事案である。

第2事件は,被告治療協会の会員である被告Y2が,被告治療協会の提供する会員保障制度に基づき,原告と被告Y2との間の判決確定を条件に上記損害賠償金及び遅延損害金と同額の保障金の支払を求める事案である。

1 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがないか,又は弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者等

ア 原告は,平成20年6月25日当時,31歳で,以前にプロのキックボクサーとして活動していたこともある男性である。
イ 被告Y1社は,被告整骨院を経営する有限会社である。
ウ 被告Y2は,被告Y1社の代表取締役であるとともに,被告整骨院の院長であり,あん摩マッサージ指圧師免許,はり師免許及びきゅう師免許を有し,これらの施術を業として行う者である。
エ Dは,柔道整復師免許を有し,被告整骨院の従業員として柔道整復を業として行っていた者である。
オ 補助参加人は,柔道整復師免許を有し,被告整骨院の従業員として柔道整復を業として行っていた者である。
カ 被告現代海上は,損害保険業等を業とする株式会社である。
キ 被告治療協会は,手技療法に関する研修事業等を業とする一般社団法人である。なお,本件施術当時は有限責任中間法人であった。

(2) 診療経過
ア 原告は,平成20年6月24日,被告整骨院を受診した。初診時の診療録(乙A2)には,患者の訴えとして,右膝について「5日前に格闘技にて右下腿をひっぱられると同時に足をひく。にて亜脱臼した感じがした。」との記載,頚部について「頚痛 寝違えたような感じ 疲労性」との記載がある。また,原告は,椎間板ヘルニアないしその疑いがあることを被告整骨院において告げており,上記診療録には「CTLヘルニア」(頚椎,胸椎,腰椎ヘルニア)との記載がある。

 原告は,同日,補助参加人からマッサージないしこれに類する施術(以下,それが法律上の柔道整復やマッサージに該当するかを問うことなく「マッサージ等」という。)を受けた。診療録(乙A2)には,同日付けの補助参加人の施術について「頚軽め」等の記載がある。

イ 原告は,同月25日,Dからマッサージ等(以下,同日のDの施術を「本件施術」という。)を受け,その後,被告Y2からはり治療を受けた。

ウ 原告は,同月27日午前2時半頃,右肩甲骨付近に激痛を感じ,右腕の肘から小指にかけて痺れるようになった。原告は,同月27日及び28日,被告整骨院に来院し,同症状に対して補助参加人からマッサージ等の処置を受けた。

エ 原告は,同月29日,医療法人社団桐光会調布病院の救急外来を受診した。頚椎MRI上,C5
6頚椎椎間板ヘルニアが認められた(甲A4)。

オ 原告は,現在,右手小指の痺れ,感覚異常(温水が冷たく感じる。),右手の握力の低下及び頚部の痛み等を訴えている。

(3) 被告治療協会の会員保障制度(以下「本件会員保障制度」という。)
 被告Y2は,本件施術実施当時,被告治療協会に入会していた(平成19年6月1日入会,平成21年12月末退会)。

 「日本治療協会入会のご案内」と題する書面(乙C2)には,1枚目に,被告治療協会が提供する主な福利厚生の1つとして「会員保障制度の適応」があり,その内容として「本会会員に法律上の賠償責任が発生した場合にその賠償金額を本会が保障いたします。そのために本会は損害保険会社と賠償責任保険の包括契約を締結しており,損害保険会社から支払を受けた保険金全額を会員へお支払します。」等の記載,会員保障内規(乙C2・3枚目)に,「本会は,本会会員が,日本国内において手技療法または民間手技施術を遂行することにより,利用者の生命もしくは身体を害し,または財物を滅失,き損もしくは汚損したことによって生じた法律上の賠償責任を負うことにより被る損害に対し,契約する保険会社より払い受ける保険金全額を会員へ支払ます。但し,支払の対象は,会員資格を有する期間内に発生・発見された事故とし,支払い条件は本会が包括契約する損害保険会社への保険金請求時点において会員資格を有する場合に限ります。」との記載,「会員保障制度について」と題する頁(乙C2・4枚目)に,「保障は個人が対象です本制度は会員個人をサポートするものです。責任者(院長・店長またはオーナー)のみ入会頂いてもスタッフの方は利用できません。本会では施術スタッフ全員に入会頂くことをお勧め致します。」との記載がある。

 また,「入会申込書の記入にあたり」と題する書面(丁6)には,「会員として当会の福利厚生を受けられるのは申込書をご記入頂いた方のみです。代表の方のみがご入会頂いても,スタッフの方は会員とはみなされません。JHAでは,スタッフ全員の入会をお勧めしております。」との記載がある。

(4) 被告治療協会と被告現代海上との間の損害保険契約
 被告治療協会と被告現代海上は,以下のとおり,損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(丙4,5)。
ア 被保険者 被告治療協会及びその会員

イ 保険期間 平成19年9月10日から平成20年9月10日まで

ウ 保険の対象となる損害 被保険者の手技療法等の業務遂行に起因して第三者の身体・生命・財物に損害を与えたときに被保険者が負うべき法律上の損害賠償責任

エ 填補限度額 1事故1億円 年間総填補限度額3億円

オ その他の保険条件

(ア) 賠償責任保険普通保険約款(以下「本件普通保険約款」という。)に準拠

(イ) 柔道整復師,はり師,きゅう師,あん摩・マッサージ・指圧師特別約款〈国家資格者用〉(以下「本件特別約款」という。)に準拠
a 1条「当会社は,賠償責任保険普通保険約款(以下「普通保険約款」といいます。)第1条(責任の範囲)の規定にかかわらず,被保険者またはその使用人その他被保険者の業務の補助者が,日本国内において,柔道整復,はり,きゅう,あん摩・マッサージもしくは指圧等の手技療法業務(以下「業務」といいます。)を遂行することにより,他人(当該業務の対象となる者をいいます。)の身体の障害(障害に起因する死亡を含みます。以下「事故」といいます。)が発生した場合において,被保険者が法律上の賠償責任を負担することによって被る損害(以下「損害」といいます。)に対して,保険金を支払います。」(丙5・13頁)。

b 3条「当会社は,被保険者が第1条(当会社のてん補責任)の業務の遂行につき,所定の資格を有しない場合には,当該業務の遂行に起因して被保険者が被る損害に対して,保険金を支払いません。」(丙5・13頁)

2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) Dの注意義務違反の有無(争点1)
 (原告の主張)

ア 椎間板ヘルニアの症状がある者に対してマッサージ等を実施する場合には,既往の潜在的症状を発現ないし増悪させる危険性が高いことから,施術者には,レントゲン検査等により事前に十分な医学的検査をし,医師の適切な指導を受けつつ,これを実施すべき注意義務がある。
 本件において,Dは,原告に頚椎椎間板ヘルニアの症状があることを知りながら,上記注意義務を怠り,事前に十分な医学的検査をしたり,医師の適切な指導を受けたりすることなく,本件施術を行った。

イ 本件施術は手で首や肩を軽く揉む程度のものではなく,Dは,頚椎の上を直接,手の平のような柔らかい部分ではなく指の関節のような硬い部分を強く押し当ててゴリゴリと動かすような態様で施術を実施した。Dが原告に対し強さを聞きながら施術を実施した事実もない。原告は,施術中に痛みを訴えていないが,それは痛みがなかったからではなく,強い痛みを覚えたものの,Dが一生懸命に施術を行っているように感じられ,また,そのような痛みを伴う施術であるのかもしれないと思ったために耐えていただけである。

(被告らの主張)
ア 椎間板ヘルニアの症状がある者に対してマッサージ等を行う場合に,原告が主張するような一般的注意義務はない。

イ Dが頚椎の上を直接施術した事実はないし,本件施術は約10分程度強さを聞きながら首や肩を軽く手で揉む程度のものであるから,本件施術により潜在化していた椎間板ヘルニアが顕在化するといった事態が起きることはあり得ない。

(2) 上記(1)の注意義務違反と結果との因果関係(争点2)
(原告の主張

 上記1(2)ウのとおり,原告は,本件施術を受けた2日後に,わずか31歳の若さで突然本件のような重篤な症状に見舞われたのであるから,同症状は,被告整骨院での本件施術を力学的負荷として,頚椎椎間板ヘルニアが増悪したことにより発生したものであることは明らかであり,本件施術と原告の負った障害との間には相当因果関係が存在する。なお,原告に痛みが現れたのは本件施術後1日以上経過してからのことであるが,それは,椎間板ヘルニア周辺が炎症を起こし,更に腫れが起こり,徐々に神経根を強く圧迫するようになったためと考えられる。

 なお,原告は,21歳の頃,佑朱堂土橋整骨院において椎間板ヘルニアの疑いを指摘されたが,それ以来,キックボクシングのプロとしての活動を行いつつも,何の症状も出ることがなく,身体活動にも何ら制限のない生活を送ってきたのであり,また,本件施術当時には既に現役を引退しており,練習にはたまに顔を出す程度であったし,最後に練習に顔を出したのは本件施術の一週間以上前のことであり,最後の練習から本件施術に至るまでに頚部に特段の力学的負荷が加わる活動は行っていない。原告が被告整骨院を受診した目的も,膝の治療であって,補助参加人から「他に気になるところはありませんか。」と尋ねられたため,頚部及び腰部の疲労感を申告しただけであって,痛み等を申告したわけでもない。

(被告らの主張)
 本件施術の内容は上記(1)において主張したとおりであり,施術内容からして本件施術によりヘルニアが出現することはあり得ない。また,原告は,本件施術中や直後に痛みや身体の不調を訴えていないし,そもそも施術後1日以上も経過して痛みが出ること自体,医学的経過としてあり得ないのであって,仮に現在原告に症状があったとしても,本件施術とは無関係である。