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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

嗅覚障害のみ14級自賠責認定を他の障害含めて12級認定裁判例紹介

○嗅覚障害に関する判例を探していますが、自賠責では嗅覚障害のみで第14級相当後遺障害等級だったものを、器質性気分障害、高次脳機能障害、視野障害、両目飛蚊症等の眼症状、味覚障害、右上肢前腕のしびれの症状を残す事案で、外傷性脳内出血が確認され、意識障害が存在しているのは確かで、いずれも事故前には存在しなかったことから、これらの障害と事故との因果関係を認め、12級に該当し労働能力は14%喪失と認定した平成18年4月14日神戸地裁判決(交民集39巻2号545頁)の損害認定に関する理由部分全文を紹介します。

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第4 裁判所の判断
1 過失割合について


   (中略)

2 原告の損害について
(1) 原告の損害についての判断は、以下のとおりである。
① 治療関係費
 原告が治療関係費として明示的に主張しているのは別紙治療経過一覧表に記載された49万8310円であるところ、甲5ないし13によれば、原告が治療費として同額の負担をしたことが認められる。
 ところで、上記別紙には一部不明と記載された治療費があり、当該不明の金額は原告が明示的に請求する上記治療関係費の数額に含まれていないことが明らかである。他方、乙5によれば、被告は原告の治療費のうち21万9700円を病院に対して支払済と認められ、原告がこの支払額をも本件事故による治療関係費の損害と主張する趣旨であることは明らかであるから、原告の治療費関係費の損害は上記49万8310円に被告が病院に対して支払をした額を加算した71万8010円と認めるのが相当である。

② 入院雑費
 原告が、本件事故のため、平成13年3月23日から同年4月11日までの20日間、神戸市立中央市民病院に入院したことは当事者間に争いがない。入院雑費の損害は1日1500円とするのが相当であるから、上記入院期間の入院雑費の額は3万円と認められる。

③ 通院交通費
 原告が別紙治療経過一覧表に記載のとおり33日にわたって駿河台日本大学病院に通院したことは当事者間に争いがない。原告は、同通院に当たって往復700円の通院交通費を要したと主張するところ、同額は相当なものと認められるから、原告の通院交通費の額は2万3100円と認めるのが相当である。

④ 休業損害
(ア) 甲20、21の1・2によれば、原告の国籍は韓国であるが、永住者として在留資格を有すること、吉葉正と婚姻して肩書地に外国人登録法4条1項の規定による居住地の登録をしていることが認められ、また、甲22の1ないし12、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、神戸市のスナック「いこいの倉」で時給2000円のアルバイトに従事していたこと、同アルバイトによる平成12年中の収入合計は146万9000円であったことが認められる。
 原告は、自らの生活状況について、夫である吉原正の会社経営が思わしくなくなったことから、友人の多い神戸に来てアルバイトに従事していたが、東京と神戸を往復して、東京に帰ったときは家事労働に従事していたなどと主張しているが、原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時は友人の家に泊まったりしていたというのであり、その具体的な生活実態は証拠上明らかでない。このような事情の下では、原告が平成14年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均賃金である351万8200円の収入を得ていたと認めることはできないというほかなく、原告の年収額は上記の6割に相当する211万0,920円と認めるのが相当である。

(イ) 本件事故後の原告の症状経過は、以下のとおりと認められる。
(一) 原告は本件事故当日の平成13年3月23日、神戸市立中央市民病院に入院した。入院時の原告には意識障害があり、昏迷状態は1日間、見当識障害は3日間継続したが、入院により徐々に改善した。なお、頭部CT検査により外傷性頭蓋内出血が認められた(甲2、3)。

(二) 平成13年8月4日、駿河台日本大学病院において両眼後部硝子体剥離、羞明の診断を受け、両眼後部硝子体剥離が飛蚊症の原因となっているとされた。羞明に関しては眼球には瞳孔を含めて問題がなく、中枢性羞明の可能性があるとされた。視力は右眼左眼とも1.2であった(甲10の1)。

(三) 平成14年9月から10月にかけて、駿河台日本大学病院において器質性気分障害、高次機能障害、頚部外傷後遺症、高血圧症の診断を受け、高次機能検査では遂行機能障害があるとされた(甲9の1)。

(四) 駿河台日本大学病院における平成15年3月5日の後遺症診断において、原告には両眼後部硝子体剥離、羞明(中枢性)があるとされ、症状の改善は期待できないとされた(甲18)。

(五) 駿河台日本大学病院における平成15年3月12日の後遺症診断において、原告には器質性気分障害、高次機能障害、頚部外傷後遺症があるとされた。高次機能障害については高次機能検査で異常があるとされ、意欲の低下、入眠困難、不安発作の出現があるとされた。また、ストループテストで遂行機能障害とされ、抑うつについては薬物療法で改善する可能性があり、高次機能障害に関しては認知リハビリテーションが必要とされた(甲16)。

(六) 駿河台日本大学病院における平成15年3月19日の後遺症診断において、原告には味覚障害と嗅覚障害があるとされた。前者については電気味覚検査で閾値上昇とされ、後者については基準臭覚検査で検知閾値正常、認知閾値上昇とされた(甲14)。

(七) 駿河台日本大学病院における平成15年5月20日の後遺症診断において、原告には左第3腰椎横、頚椎捻挫があり、右前腕の痺れ、感覚の鈍麻があるとされた。もっとも、筋力低下、運動制限は認めなかった(甲15)。

(八) 神戸市立中央市民病院における平成15年5月27日の後遺症診断において、原告には左外傷性視神経症、左同名半盲の診断がされ、自覚症状として視野障害、まぶしさを訴えているとされた。裸眼視力は右眼1.2、左眼0.9、矯正視力は右眼1.5、左眼1.2であった(甲17)。

(九) 上記各証、甲29、原告本人によれば、原告は本件事故後、感情のコントロールができず興奮しやすくなり、人に会うのが怖くなったりするなど、外部との交渉が困難な状態に至っている。

(ウ) 別紙治療経過一覧表記載のとおり、原告は、本件事故日である平成13年3月23日から同年4月11日まで20日間、神戸市立中央市民病院に入院し、その後同年4月13日から症状が固定した平成15年5月27日まで約2年にわたって通院を継続したと認められる。しかし、この通院期間における実通院日数は42日であって、平均的にはおおよそ1か月に2度の通院頻度に過ぎない。
 先に認定したところによれば、原告が本件事故によって被った傷害はその部位が多様であり、その程度も一定程度深刻なものであると認められるが、上記現実の通院頻度、後に認定する原告の後遺症程度にかんがみるときは、本件事故発生日から症状固定までの間に原告に生じた減収の額は、当初の20日の入院期間については基礎年収の100%、退院の翌日である平成13年4月13日から症状固定日である平成15年5月27日までの2年45日については、その期間を通じて40%の減収があったと認めるのが相当である。

 以上によれば、原告の休業損害は、年間基礎収入額を先に認定した211万0920円として、下記算式による数額(円未満切捨。以下も同じ)を合算した190万8502円と認められる。
 211万0920×20/365=11万5666/(211万0920×2+211万0920×45/365)×0.4=179万2,836

⑤ 入通院慰謝料
 先に認定した原告の傷害内容、治療経過、通院頻度その他本件に現れた事情を考慮して、入通院慰謝料の額は180万円をもって相当と認める。

⑥ 逸失利益
(ア) 原告の後遺症については、損害保険料率算出機構が14級相当の判断をしていることは先に認定したとおりである。乙1、3によれば、損害保険料率算出機構の上記結論は、原告の症状のうち嗅覚障害は本件事故の外傷によるものであることが否定し難く、嗅覚脱失との評価は困難であるものの嗅覚減退が存在するとして14級相当を認定するが、器質性気分障害、高次機能障害、視野障害、両眼飛蚊症等の眼症状、味覚障害、右上肢前腕のしびれ等は、本件事故外傷によりこれら症状が生じたことの客観的な証明と評価できる異常所見が認められないことから、いずれも自賠責保険における後遺障害と評価できないとの判断に基づくと認められる。
 すなわち、乙1、3においても、先に認定した原告の後遺症診断が言及する各種の症状はその存在が否定されていないが、同証によれば、これらは本件事故を起因とするものとは認められないというのである。

(イ) しかし、先に認定した原告の後遺症診断が言及する各種の症状が、本件事故に起因するものと認められないという上記判断には容易に左袒し難い。原告に本件事故による外傷性脳内出血が確認され、意識障害が存在したことは先に認定したとおりであり、羞明は中枢性のものであると判定され、ストループテストにおいては高次脳機能障害の症状である遂行機能障害が診断されており、器質性気分障害、左外傷性視神経症の診断もされているのであるから、これらは本件事故による頭部外傷の結果発現したと認めるのが相当である。先に認定した後遺症診断中の意欲の低下、入眠困難、不安発作の出現等の症状は、原告本人尋問の結果によってもその存在を認めることができるが、これら症状は脳外傷による高次機能障害の結果としてむしろ一般的なものと判断することができる。

 甲29、原告本人によれば、甲14ないし18が言及する原告の後遺症のうち少なくとも器質性気分障害、高次機能障害、視野障害、両眼飛蚊症等の眼症状、味覚障害、右上肢前腕のしびれ等は、本件事故以前に原告に存在しなかったことが明らかであり、本件事故以外にこれら症状の発現の原因となった事実が存在することは本件において全く窺うことができない。これらの事情によれば、嗅覚障害のほか、原告に見られる器質性気分障害、高次機能障害、視野障害、両眼飛蚊症等の眼症状、味覚障害、右上肢前腕のしびれはいずれも本件事故によって生じた原告の後遺症と認めるのが相当である。

 そして、その程度は、自動車損害賠償保障法施行令の別表第二の第12級に相当するものであり、原告はこれら後遺症によって14%の労働能力を喪失したと認めるのが相当である。


(ウ) 以上を前提に原告の逸失利益について検討するに、その基礎となる年収は、休業損害の算定の場合と同じく211万0920円とするのが相当である。また、その労働能力喪失割合は、先に述べたところからすると14%と認めるのが相当である。原告は症状固定時46歳であるが、その14日後に47歳になることから、稼働期間は20年と見るのが相当であり(なお、この点に関しては、原告自身、稼働期間を20年と主張している。)、ライプニッツ係数はこれに対応する12.462を採用するのが相当である。
 そうすると、原告の逸失利益の数額は下記算式により368万2879円(円未満切捨。以下も同じ。)となる。
 211万0920×0.14×12.462=368万2879

(エ) 後遺症慰謝料
 上記認定の原告の後遺症程度からすると、後遺症慰謝料は290万円とするのが相当である。

⑦ 物損
 原告は、本件事故によってロレックス製腕時計が損傷したと主張し、これの修理費用として61万8450円の請求に及んでいる。甲23の1・2はその修理見積書であるというのであるが、同証に記載された時計が原告の所有であることを認めるに足りる証拠はなく、同費用を原告の損害と認めることはできない。

(2) 以上によれば、本件事故による原告の損害は、弁護士費用を除いて1106万2491円となる。
 本件事故には原告に7割の過失が存在すると認めるべきこと前記のとおりであるから、これを過失相殺すればその額は331万8747円となる。
 乙5によれば、被告が加入する保険会社は、原告に対し損害の填補として78万0998円を支払済と認められる。そうすると、これを控除した原告の未填補損害額(弁護士費用を除く)は253万7749円となる。
 原告は弁護士費用の請求にも及ぶところ、上記にかんがみると弁護士費用のうち25万円は本件事故と相当因果関係のある原告の損害と認めるのが相当である。
 以上によれば、弁護士費用を含めた原告の未填補損害額は278万7749円となる。

3 よって、原告の被告に対する請求は、278万7749円及びこれに対する本件事故の日である平成13年3月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
(口頭弁論終結日 平成18年2月10日)
   神戸地方裁判所第1民事部
       裁判官 川谷 道郎