○「
中古車取引価格・買替条件等物損基準昭和49年4月15日最高裁判決紹介」の続きで、その第一審判決である昭和45年11月2日札幌地裁判決(民集28巻3号392頁、交民7巻2号278頁)全文を紹介します。
○この判決は、被害者側に厳しいもので、「
本件被害車両は修復が可能であつたのであるから、これを不能であるとして、新車を購入し、その代金と事故車の下取り価格との差額とを損害として請求することは許されない。」とする被害自動車物損認定基準を通して、被害者の買替代金請求は認めませんでした。
○具体的には、被害者の請求額21万6445円に対して、修理不能なフレームの歪みが生じたとは認められないから、物損額は被害車の修理費2万1300円と事故前の評価額45万1000円から事故後の評価額35万7000円を差し引いた金額としての評価損7万2700円の合計額9万4000円と認定し、これに弁護士費用として2万9400円を損害と認定し、総損害額は、12万3400円としました。
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主 文
一 被告は原告に対し、金12万3400円およびうち金9万4000円に対する昭和42年12月20日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事 実
第一 請求の趣旨
一 被告は原告に対し、金21万6445円およびうち金17万8445円に対する昭和42年12月20日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三 請求の原因
一 事故の発生
昭和42年12月20日午後1時40分ころ訴外坂下則幸は普通貨物自動車(札一ふ8・96号)を運転して札幌市西24丁目通りを南進中、同市北五条西24丁目交差点入口附近路上において、同所で信号待ちのため一時停車中の原告運転の普通乗用自動車(札五や9538号)に追突して原告所有の同車(以下被害車両という。)を破損させた。
二 責任原因
(一) 被告は、その事業のため右坂下則幸を雇傭しており、本件事故は同坂下が被告の事業執行中に起したものである。
同坂下には次のとおり過失があるから被告は民法715条により原告の受けた後記損害を賠償すべき責任がある。
(二) 坂下は時速約40粁で道路中央寄りを走行し、前記交差点にさしかかり左折するため自車の進路を道路左側に変えようとしたが、進路前方には同交差点で信号待ちのため並列して停止している数台の自動車を認め、道路左側の部分は停止中の自動車のかげになり見とおしがきかない状況であつた。このような場合、自動車運転車としては減速除行して追突等の事故発生を未然に防止すべき注意義務があるが、坂下はこれを怠り、停止中の自動車の左側に他の先入車がないものと軽信し、従前の速度のまま道路左側に自車の進路を変更して進入した過失によつて、信号待ちのため一時停止中の被害車両を直前で発見し急制動をかけたが間に合わずその後部に追突した。
三 損害
本件事故により原告は次の(一)または(二)の損害を受けた。
(一)
(1) 被害車両は42年型カローラ四ドアデラツクスの新車で昭和42年9月5日59万2000円で購入し、購入後本件事故まで約4カ月を経過し、走行距離は僅かに3972粁に過ぎないという何らの瑕疵もない新車同様の車両であり、これを買替える必要は全くなかつた。しかし、本件事故により修復できないフレームの歪みが生じ、運転操作に危険を感ずるに至り、被害車両の販売先であり、かつ、自動車修理業者である訴外トヨタパブリカ道都株式会社に鑑定を求めたところ、右故障は一時的に補修し得ても完全なる補修は不可能との回答をえたので止むなく被害車両を35万1000円で下取りしてもらい被害車両と同種、同型、同額の新車を購入した。そのため原告は新車購入代金59万2000円(ただし、これから後記の償却費相当分の6万2555円を差引く。)と右下取り価額の差額17万8445円の追加支払を余儀なくされ、同額の損害を受けた。
(3) 弁護士費用(着手金ならびに成功報酬とも)3万8000円
(二)
(1) 被害車両の修理費用 2万1300円
(2) 事故による被害車両の減価損 15万7145円
被害車両は右のとおり昭和42年9月5日59万2000円で購入したものであり購入後事故当日までの償却費として6万2555円を控除した52万9445円が事故当時の被害車両の評価額である。ところが、本件事故により被害車両は外形的に補修されてもフレームの歪みが完全に修理できないという状態となり、被害車両の客観的価格は極めて低額に評価され、修理費2万1300円を含め35万1000円と査定された。したがつて前記評価額52万9445円から右査定額35万1000円および修理費2万1300円を控除した15万7145円が本件事故による被害車両の減価損害である。
(3) 弁護士費用(着手金ならびに成功報酬とも)3万8000円
四 よつて、原告は被告に対し、右損害金合計21万6445円および右金員から弁護士費用3万8000円を控除した金17万8445円に対する本件事故発生の日である昭和42年12月20日から支払ずみまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四 請求原因に対する被告の答弁
一 第1、2項は認める。
二 第三項のうち(二)(1)修理費用の点は認め、その余の部分は否認する。原告の主張する被害車両の事故当時の評価額は誤りである。右評価額の算出にあたつては単純に購入価格より事故当日までの減価償却をしているが、一般に自動車は1年を経過すると4割、2年を経過すると6割位価額が低落するもので税法上における減価償却とは著しい差がある。さらに、被告車両の修理費用が2万1300円程度の軽い損傷である以上十分に修理して使用が可能であり、新車と買替える必要はなかつた。
第五 証拠〔略〕
理 由
一 (事故の発生および被告の責任原因)
これらについては当事者間に争いがない。
二 (損害)
(1) 先ず、本件事故により被害車両について修復不能なフレームの歪みが生じたかどうかを検討する。
〔証拠略〕によると、本件事故後原告は被害車両を走行中ハンドルが片方にとられるのを発見し、被害車両の販売先である訴外トヨタパブリカ道都株式会社円山営業所に持ちこみ修理が可能かどうか診断を求めたところ販売を主として担当してきた同営業所長鈴木政一は被害車両に乗つて試走し、ハンドルが右側にとられることを確認し、その原因は被害車両のサスペンシヨンの取付部分やフレームに狂いがあるものと判断したこと、そこで同所長鈴木は原告にその原因を説明し、修理して一時的には直つても、またハンドルのとられる癖が出ることがありうる旨注意したところ原告は今後の運転の危険を感じ、被害車両を下取りに出し、新車と買替えることにしたこと、同所長鈴木は被害車両の下取り価格の査定の際当時査定員として9カ月の経験者の霜鳥光昭に対しハンドルが右にとられる点を指摘したが、右霜鳥はその点を失念してか、査定について所長鈴木の右指摘による欠陥個所を減点の対象として調査しなかつたため同人が作成した乗用車個別査定書のハンドル、ステアリング、フレーム等の個所には事故減点としての記載がなく、したがつて、被害車両の修理見積についても右の点が採り上げられていなかつたこと、同所長鈴木は右査定書、修理見積書に自己が判断した右欠陥個所に関係する記載がないことに気づいたが、当時本件被害車両と同種、同型のカローラ中古車に対する需要が大きく、また被害車両の下取り査定額が多ければ原告の新車買替えを容易にしうるであろうと営業政策の面から考慮し、あえて、その点を訂正するよう右訴外会社に対し注意を与えなかつたことが認められる。
ところで、右所長鈴木の欠陥個所に関する判断が正しかつたかどうかをみるに、〔証拠略〕によると、本件被害車両は右訴外会社において修理のうえ昭和43年3月ころ同訴外会社と同系列の訴外西山自動車工業株式会社で約15年間修理専門を担当してきた笠井富哉の仲介により訴外石橋某に売却されるに至つたが、そのころ被害車両を時速約90粁で試乗した右笠井は走行中ハンドルにふるえを感じたので調査したところ左前輪に狂いがあるのを発見し、ホイルバランスを調整した結果、時速約60粁ではほとんどハンドルのふるえを感じないまでに改善されたこと、その後昭和44年8月の本件被害車両の車検の時期に至るまで持主の右石橋某から売買の仲介の労をとつた右笠井に対し被害車両の異状を訴えることもなく、右車検整備の際はエンジンの調整だけで車検を通過していること、また、同年9月26日ころ日本損害保険料率算定会車両損害登録鑑定人の資格を有する門田弘、あるいは自動車修理に6年の経験を有する入江英也が本件被害車両を点検したところ被害車両にはサスペンシヨン、フレームとも特別の異状がなく、ホイルベースが左右5、6粍の誤差がある程度との判断を下していること等の事実を総合して考えてみると、本件事故後被害車両の走行の際ハンドルがとられたのはホイルバランスが狂つていたとも考えられるし、また、フレームに何らかの狂いが生じたとしても、ホイルベースの左右の誤差が5、6粍の全くの軽度のものであり、被害車両の普通の操縦方法、速度に従つて運転走行するに何らの支障のない程度のものであつたものと認められ、被害車両に修復不能の欠陥があるとした前記所長鈴木の判断は正確性を欠いていたものといわざるをえない。右認定に反する〔証拠略〕は信用しない。
(2) 次に、原告の受けた損害額について検討する。
右認定のとおり本件被害車両は修復が可能であつたのであるから、これを不能であるとして、新車を購入し、その代金と事故車の下取り価格との差額とを損害として請求することは許されない。(ただし、本件の請求においては、新車価格から原告主張するところの償却費相当部分を減額して価格を算出しているので、結局修理費と評価損との合算額の範囲内において請求をするという形をとつているが、原告は本件事故による車両損害として結局、修理費用および事故による評価額の減少部分を請求しうるに過ぎないというべきである。
(イ) 原告主張の修理費用2万1300円については、被告の争わないところである。
(ロ) 次に、本件事故による被害車両の減価損についてみる。原告は被害車両の購入時から事故当日までの減価償却費6万2555円を控除した額をもつて被害車両の事故直前の評価額と主張するが、〔証拠略〕によると、本件事故当時自動車の販売業界においては、新車購入後数カ月経過しただけであり、走行距離数が僅かな新車同様な車であつても新車の販売価格の2割以上に減じた価額に評価されるのが通例であることが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。また、〔証拠略〕によると、本件被害車両の事故当時の基準価格(最高の販売価格)は45万円前後(両査定の平均値は45万1000円)であることが認められ、これによると新車価格の2割3分弱程度の減少として評価されているが、〔証拠略〕とをあわせ考えるならば、右減価の割合は概ね妥当であり、本件事故当時被害車両の評価額は右45万1000円を上回わることがないものと推認されるので、これをもつて被害車両の評価額とするのが相当である。
しかして、〔証拠略〕によると、被害車両の事故現状のままの査定額は35、6万円(〔証拠略〕との両査定の平均値は35万7000円)であることが認められ、これを下回ることがないものと推認されるので本件事故後の被害車両の被害現状のままの評価額は右35万7000円であるとするのが相当である。
そうすると、本件事故による被害車両の評価額低下による損害は、右事故前の評価額45万1000円と被害現状による評価額35万7000円の差額9万4000円から前記修理費用2万1300円を控除した額7万2700円であると解するのが相当である。
右認定に反し、評価落ちは3万4000円であるとする証人霜島光昭の証言、あるいは、4万2000円であるとする証人大西正男の証言または修理費用の2、3パーセントだけ評価減があるとする〔証拠略〕は何れも信用しない。
(ハ) 弁護士費用。〔証拠略〕によると、原告は本件訴訟追行を弁護士村部芳太郎に委任し同弁護士に対し着手手数料として2万円を支払い、成功報酬として勝訴部分の1割の割合による金員を支払うことを約束したことが認められ、被告に対し弁護士費用として賠償を求めうべき額は2万9400円をもつて相当と認められる。
三 よつて、被告は原告に対し、右損害額合計12万3400円および弁護士費用2万9400円を控除した9万4000円に対する本件不法行為の日である昭和42年12月20日から支払ずみまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条、仮執行の宣言につき同法196条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 梅原成昭)