○「
線維筋痛症因果関係を認めた平成22年12月2日京都地裁判決全文紹介1」の続きです。
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原告は、脇道から本件交差点に進入する際に停止線の前後で2度にわたり停止して、安全確認を行い、その際に一応被告運転のトラックと思われるトラックを認識したが、すぐ近くにまではせまっていなかったので発進して進入を開始したと供述しているところ、脇道からの町道に対する見通しはかなり悪く、町道を走行する車両の有無を全く確認しないで、原付バイクで本件交差点に進入することは考えにくいことなどから、原告の上記供述は一応信用できると考えられ、これに反する証拠はない(原告の供述どおりであるとすると、原告が被告運転のトラックを認識して発進を決意してから衝突地点の×に至るまでおよそ4ないし5秒程度の時間がかかると推定され、被告運転のトラックの速度が時速30㌔であると仮定すると、原告の停止安全確認地点からは30㍍ないし40㍍程度手前に見えることになり、少し間があると思っても不自然ではない距離である。)。
上記認定の事実関係をもとに衝突状況及び衝突原因を検討する。まず、衝突地点が前方の交差点より30ないし40㍍程度手前であることから、交差点での左折のためのハンドル操作を開始する地点としては早すぎ、被告運転のトラックの左折のための進路変更が接触の原因とは考えにくく、原告が交差点進入後、道路と並行に進路を修正して車線の左端近くに進路を保つことが遅れて被告トラックの進路に接近し、あるいは、合流直後にふらつくなどして、原告車の方から被告運転のトラックに接近したことが接触の直接の原因であると推認される。
被告運転のトラックの方の速度が速く、また、速度差がある程度あったと推認されるにもかかわらず、被告運転のトラックの左前部角ではなく、側面部に接触箇所があるということは、原告運転のバイクがある程度の速度で車線中央に向けて移動していたことを推認させることからも、上記認定の事実関係は確実であると考えられる。そうすると、本件事故の主要な原因(過失)は、原告の交差点進入時の安全確認義務違反及び交差点進入後の安全のため進路を車線の左に保つ義務違反にあり、付随的な過失として、被告の前方を十分注意して他の車両との接触を回避するためにブレーキないしハンドル操作する義務の不履行が認められる。なお、被告は原告車の存在を認識することなく原告車と接触したと供述しており、被告に注意義務違反(前方注視不十分及び回避行動の遅れ)があったと推認される。
ウ 過失割合
上記ア及びイにおいて認定したことからすると、交通整理の行われていない優先道路と非優先道路との(丁字路)交差点における優先道路を直進する四輪車と左方の非優先道路から優先道路に左折のために進入する単車との事故であり、基本的な過失割合は、単車(原告)側7:四輪車(被告)側3と解するのが相当である。被告は、四輪車同士の優先道路と非優先道路との丁字路交差点における事故において、非優先道路から進行してくる車両の基本的な過失割合を9割とする有力な見解(別冊判タ16号全訂四版、【95】)に依拠して、これに原告側が単車であることから10%修正して、原告側80%が相当であると主張するが、同文献においては、確かに172頁で丁字路交差点においては、四つ角交差点と比べ、主として対向右折車との安全確認をする必要がないことなどから、突き当たり路から進入する車両の責任が相対的に重くなるべき要素があることについて一般的説明が記述されているものの、上記の【95】の類型の四つ角交差点の場合にあたる事故類型については、【82】でやはり基本割合を90:10としており、この類型で四つ角交差点と三差路交差点の違いのみにより過失割合に差を設けていないのであり、これは、優先道と非優先道との交差点においては、もともと対向右折車との安全確認の必要性が乏しいことなどによるものと解される。したがって、優先道路と非優先道路の交差点における優先道路を直進する四輪車と非優先道路から交差点に進入する単車との事故類型についての【123】よりさらに、本件事故において単車側を不利にすべき根拠は、同文献の前提とする考え方に依拠する限りはないというべきである。したがって、同文献において、本件事故について参照すべき図は、優先道路と非優先道路の四つ角交差点において、優先道路から進入する四輪車と非優先道路から進入する単車との事故類型についての【123】であろうと考えられる。なお、同文献によると、この類型では、単車70:四輪車30が基本となる過失割合とされ、単車側の一時停止した上での安全確認の履践は、修正要素とならない。本件においては、基本的過失割合を修正する要素となるべき特段の事情は認められない。
したがって、被告の責任を認めた上、過失相殺を認め、過失相殺割合は、7割とするのが相当である。
2 争点(2)(原告の損害)について
(1) 原告は線維筋痛症に罹患しているか否か
関係証拠(略)によると、線維筋痛症について、以下のとおり認められる。線維筋痛症は、一連の全身痛を呈する非炎症性リウマチ疾患で、広範囲の筋骨系の疼痛・こわばり・疲労感を主たる症状とする病気である。アメリカリウマチ学会の診断基準である18箇所の圧痛点のうち11箇所以上で圧痛が認められる場合に線維筋痛症と診断することが我が国の医学界でも基本的に承認されている。不定愁訴が続くとされる患者について、この病気が疑われることが多いことなどもあって、診断には困難が伴うともされるが、既に確立した病状、診断基準と理解してよいと認められる。原因及び発症機序については必ずしも解明されていないが、遺伝的要因に、精神的ストレスや外傷ないし手術等による肉体的苦痛が続くことなどが誘因となって発症に至るという基本的理解が有力であり、交通事故による負傷後、これを誘因として発症したと思われる症例は相当数医学文献、医学論文で紹介されている。原因ないし発症機序が必ずしも十分解明されていないこともあり、治療方法は、対症療法を中心としたものとなるが、治療による治癒ないし症状の改善が一定程度期待できるとされる。
なお、非常に普及しているコンパクトな医学成書「c」においても一項目が設けられている。
証拠(略)によると、原告の継続的で改善しない腰部、大腿部、背部、肩部、頸部などの痛み、こわばりを中心とし、日常生活に支障を来す深刻な症状について、まず、C外科の戊田五郎医師が、線維筋痛症の可能性を認識し、原告にこの病名を説明し、原告が自分で線維筋痛症を診断治療できるのは「心療内科」であるということなどを知って、病院を探し、いくつかの病院に診断を受けに行った後、E病院心療内科を知り、原告は、平成16年8月3日に同科を受診して、線維筋痛症の疑いがあると診断され、同月16日から同年9月27日まで同科に入院して精査治療を受け、その後も通院加療した。その過程で、同年8月16日には、同科医師により、18箇所の圧痛点を加圧して圧痛箇所を検査することが行われ、11箇所以上で圧痛があることが確認された。
18箇所中11箇所以上で圧痛が認められるかどうかの検査については、同科において、複数の医師が関与して、行われた。
以上によると、原告が線維筋痛症に罹患しており、腰部、背部、肩部、頸部などの痛みないしこわばりなどの症状(京都府の身体障害認定において、「体幹機能障害」とされている点と概ね重なると考えられる。)は、この病気の症状であると認められる。
なお、原告は、本件事故による負傷の結果としての後遺障害である線維筋痛症の症状の1つないしこれと関係のある後遺障害として、京都府の身体障害認定において認定された「右膝関節の機能全廃」をあげているようであるが、証拠中にある本件事故後入通院治療を受けた各医療機関の医療記録を精査しても、右膝の問題を具体的に症状ないし治療対象として記述している箇所は、C外科の医療記録に、平成14年12月21日以降に「両膝関節炎」が治療対象とされ、同傷病について、平成17年5月17日に治療が終了したとされ、平成17年7月30日以降に、「右脛骨近位端骨折後」、「両変形性膝関節症」が治療対象とされていること以外には見当たらない。そして、原告は、平成17年5月19日に側溝に落ちて右脛骨の膝関節に近い部分を骨折し、A病院において、約2ヶ月の入院治療を受けているところ、その間の医療記録は、本件訴訟においては証拠として提出されていない。また、自賠責保険の後遺障害認定における判断において、右膝の機能上の問題を全く検討していない。
これらを総合すると、京都府の身体障害認定において障害として認定された右膝関節の機能全廃は、本件事故とは無関係なものであり、平成17年5月19日の転落事故による脛骨の膝関節より部分の骨折との関連で生じた障害である可能性が高い。よって、原告の線維筋痛症の症状としても、本件事故と相当因果関係がある後遺障害としても右膝の機能障害は認められない。そして、原告には歩行障害があると認められるが、これについては、本件事故と相当因果関係がある線維筋痛症の症状等と、本件事故とは無関係な骨折によると思われる右膝の後遺症とが相まっていることが推認され、本件事故と相当因果関係が認められる範囲は、一定程度に限定されるものとすべきである。
(2) 原告の線維筋痛症は、本件事故と相当因果関係がある疾病か否か上記(1)の認定に加え、原告は、本件事故前には、いわゆる不定愁訴とよばれるような体調の不良で日常生活に支障があったような形跡はなく、概ね健康な人であったこと、線維筋痛症が重い負傷を有力な誘因の1つとするという見解及び交通事故による負傷から線維筋痛症の発症に至ったとされる症例が相当数紹介されていること、原告の主治医らは、原告の線維筋痛症の発症を本件事故と関連のあるものと認識していることなどをふまえて検討すると、原告の線維筋痛症の発症に、本件事故によって負った骨盤骨折等の重傷による肉体的精神的ストレスが作用している蓋然性が優にあると認められ、したがって、本件事故と相当因果関係がある傷病と認められる。
(3) 症状固定時期及び後遺障害の内容について
本件事故による原告の負傷等についての症状固定の時期について検討する。
まず、本件事故による直接的な傷病は、骨盤骨折、第5腰椎横突起骨折という骨折と、それと伴って生じた骨盤周辺の筋挫滅である。骨折については、平成14年2月28日にA病院に転院しリハビリを開始している時点で概ね癒合していることが確認されており、同病院で1ヶ月ほどリハビリした同年4月初旬頃にはレントゲン及びMRI検査で正常すなわち骨折部の骨癒合は順調に進んでいることが確認され、その後、骨折部位周辺の痛みを原告は訴え続けるが、画像所見その他で、骨癒合に問題が生じているという形跡はなく、平成15年には骨癒合は良好に完了したものと判定された。したがって、事故後4ないし5ヶ月経過時に、骨折部位自体は、骨癒合により治癒したと認められる。
次に、筋挫滅についてであるが、この傷害がいつころ治癒ないし症状固定に至ったかについては、各医療機関の医療記録を精査しても判然としないが、平成15年中から平成16年にかけて、A病院整形外科などで、原告が訴える強い痛みなどの症状に対応する所見が全く見られないと医師から伝えられ、自分の深刻な症状について医学的原因が明確にならないことに落胆しながら、C外科の戊田五郎医師から線維筋痛症という病気の可能性があると聞き、いくつかの心療内科で診察を受けるなどし、同年8月にE病院で診察を受けるに至っており、筋挫滅による症状も遅くとも平成16年夏ころまでには、治癒ないし症状固定に至ったものと認められる。
そして、線維筋痛症であるが、この病気は、治療に長期間を要することが多く、かつ、症状はある程度一定した内容のものが続く特質があるので、症状の内容の変動が乏しくなり、線維筋痛症とする確定的な診断を受けた時点で、概ね症状固定として扱い、ただし、その後の治療費も基本的に必要な治療とみなし損害として認めることとすべきである。
E病院心療内科において、線維筋痛症の標準的な診断方法である18箇所の圧痛点中11箇所以上に圧痛を確認したのが平成16年8月16日であり、その後、同科に入院するなどしており、遅くとも同年中には、同科において、原告を線維筋痛症とする確定的な診断がされたものと認められる。また、そのころには、原告の症状は大きな変動はなくなってある程度一定なものとなっていたと医療記録上認められる。
以上によれば、原告の本件事故による負傷は平成16年の末ころには、線維筋痛症の症状である腰部、大腿部、背部、肩部、頸部の痛みないしこわばり、めまい、不安、長距離の歩行や長時間座るなど一定の姿勢を保つことは相当に困難が伴うなどを後遺障害として残し、症状固定したものとするのが相当である。原告のこの後遺障害は、自賠責保険の後遺障害等級上で相応するものを検討すると、7級4号の「神経系統の機能に傷害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当すると認められる。
(4) 各損害項目について
以下、1円未満の端数が生じたときは、各項目毎に1円未満切り捨てにより端数処理を行う。
ア 治療費等 273万3,253円
当事者間に争いがなく、被告において支払済みである治療費(文書料を含む)270万9,975円、義肢費用2万3,278円の合計273万3,253円のほか、被告により支払われていないが、本件事故と相当因果関係があると認められる治療費が、C外科の平成17年以降の分、D病院分、平成17年3月18日より後のE病院分として、ある程度生じているとうかがわれるが、その医療費の額を示す証拠がない。なお、C外科の平成17年7月30日以降の医療費には、同年5月の右脛骨骨折を原因とする治療に関するものも含まれていると考えられる。
イ 入院雑費 30万3,000円
1,500円×202日=30万3,000円
入院日数については、上記認定事実によると本件事故と相当因果関係が認められる入院治療日数は、B病院分が平成13年11月20日から平成14年2月28日まで合計101日、A病院分が平成13年11月20日及び平成14年2月28日から同年4月27日まで合計60日、E病院分が平成16年8月16日から同年9月27日まで合計43日であり、ただし、上記の通り、平成13年11月20日と平成14年2月28日が転院の関係で重複しており、これらの合計日数から2日差し引くと、本件事故による入院実日数は合計202日と算出される。
ウ 通院費 4万3,670円
原告は、被告が交通費名目で支払済みの争いのない4万3,670円に加えて、立替ケアタクシー代として、21万3,520円が損害としてあると主張し、被告はこれを争うところ、ケアタクシーを利用した具体的事実、回数、及びその単価について、具体的立証がされていない。よって、通院費としては、上記のとおり争いのない金額にかぎり計上する。
エ 休業損害 1,089万5,500円
休業損害については、本件事故発生時から、症状固定時期と認めた、平成16年12月末日までの3年と1ヶ月と11日を全休扱いとし、原告は、事故時、主婦であり、平成13年から平成16年までの女性全年齢平均学歴計の平均賃金を参照し、基礎収入は年収350万円として計算することとする。
350万円×(3+1÷12+11÷365)=1,089万5,500円(なお、1÷12の値は、0.083、11÷365の値は0.030とそれぞれ端数処理した上で計算した。)
オ 後遺障害逸失利益 1,738万2,791円
後遺障害逸失利益については、平成16年12月末日の症状固定時に原告は63歳であり、原告は女性で事故当時主婦であったので、基礎収入は、平成16年の賃金センサス、女性全年齢、学歴計の年収額である350万2,200円とし、労働能力喪失率は、自賠責保険後遺障害7級に相応する56%とし、63歳女性の労働可能年数は12年とすべきであるからそのライプニッツ係数8.8632を用いて計算する。
350万2,200円×0.56×8.8632=1,738万2,791円
カ 傷害慰謝料 300万円
入院202日(6ヶ月半強)、通院約30ヶ月(約2年半)、傷害の内容治療経過を考慮すると、傷害慰謝料の額は300万円が相当である。
キ 後遺障害慰謝料 1,000万円
本件事故発生時は、平成13年11月20日であり、原告の後遺障害は、自賠責保険後遺障害等級上は、7級に相当するものである。
ク 上記アからキまでの合計 4,435万8,214円
3 過失相殺
4,435万8,214円×0.3=1,330万7,464円
4 損益相殺
1,330万7,464円-651万6,923円=679万541円
5 弁護士費用相当額(67万円)を加算
679万541円+67万円=746万541円
6 結論
以上によれば、本件請求は、746万541円及びこれに対する平成13年11月20日以降支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないので、訴訟費用の負担については、概ね請求額中の認容部分の割合に応じて主文のとおり定めて、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成22年10月14日) 京都地方裁判所第4民事部 裁判官 柳本つとむ