○「
脳脊髄液減少症との因果関係を認めた平成22年7月1日岡山地裁判決紹介1」の続きです。
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(2) 損害額の算定
(原告)
本件事故による原告の損害は、次のとおりである。
ア 治療費 金1,003万9,864円
別紙治療費等一覧に記載のとおりである。
イ 通院交通費 金22万5,000円
原告は、○○整形外科に107日間、倉敷中央病院に99日間、倉敷リバーサイド病院に18日間、国立福山病院に1日間、合計225日間通院しており、通院交通費を1日金1,000円とすると、上記金額となる。
ウ 入院雑費 金113万4,000円
原告は、別紙治療費等一覧に記載のとおり、国立福山病院、玉島協同病院、水島協同病院及び平松医院に合計756日間入院しており、入院雑費を1日1,500円とすると、上記金額となる。
エ 休業損害 金1,312万1,856円
原告は、本件事故の日の翌日から少なくとも平成20年9月8日まで合計1744日間就労できなかったから、これに原告の平均賃金である1日金7,524円を乗じると、上記金額となる。
オ 入通院慰謝料 金1,000万円
原告の上記のとおりの入通院期間に照らすと、平成20年9月8日までの慰謝料は、上記金額が相当である。
カ 後遺障害逸失利益 金8,586万4,413円
原告は、現在、頭痛、腰痛及び四肢のしびれがひどく、ほぼ寝たきりの状態にある。食事は自助具を用いれば、臥床したまま自力で摂取できるが、介護が必要なときもある。入浴は困難な状況にあり、ほぼ清拭で済ます状態である。また、筆記は困難であり、その他身の回りの処理についても困難を伴うことが多い。このように、原告は、介護なしではほとんど生活できない状況にあり、自賠責後遺障害等級1級1号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当する。
原告は、本件事故当時、大学卒の満36歳の健康な女子であり、賃金センサス(平成18年)によれば、金550万6,600円の年収を得ることができた。また、原告の病状からすると、労働能力喪失率は100%、労働能力喪失期間は67歳までの31年(ライプニッツ係数15.593)であるから、原告の後遺障害逸失利益は、次の計算により、上記金額となる。
5,506,600×1×15.593=85,864,413
キ 後遺障害慰謝料 金2,800万円
上記1級相当の上記金額が相当である。
ク 弁護士費用 金1,000万円
ケ 合計 金1億5,838万5,133円
コ よって、原告は、被告らに対し、自賠法3条に基づき、連帯して、上記金1億5,838万5,133円の一部である金8,715万9,491円及びこれに対する本件事故の日である平成15年11月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
(被告ら)
全部争う。
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告の脳脊髄液減少症罹患の有無)について
(1) まず、前提事実(4)(6丁以下)において確定したところによれば、脳脊髄液減少症の診断基準に関しては、ガイドラインと診断基準とがそれぞれ公表されているところ、その内容はそれぞれ別紙のとおりであり、そのいずれについても、「今後も1年ごとに改訂作業を続ける予定であり」(ガイドライン)、「引き続き作業部会において一層の検討を重ねる予定である」(診断基準)ことが明記されているというのであるから、未だ暫定的、試行的な性格を有するにとどまっているが、両基準とも、頭部外傷による又はこれに伴う脳脊髄液減少症が存在することは認めているから、その診断基準ないしこれから必然的に生じる脳脊髄液減少症の定義についてはかなりの相違があるとはいえ、頭部外傷により又はこれに伴って脳脊髄液の漏出、減少を生じ、これが頭痛を始めとする種々の症状をもたらすことがあるとの限度においては、医学、医療の世界においても、概ね共通の了解事項となっているものと認められる。
他方、本件事故の態様とその後の原告の入院状況等は、既に前提事実(1)(2丁)、(3)(3丁以下)において確定したとおりであり、本件事故は、被告車両が原告車両に追突し、同車両を0.7㍍前方に押し出したというにとどまる。また、甲2ないし4、29、乙25、28によっても、本件事故により、原告車両や被告車両はほとんど破損しておらず、原告車両のリアフロア、リアサイドメンバー等の損傷修理のため、金15万6,880円を要したにすぎないことが認められる。ところが、上記前提事実(3)によれば、原告の入通院(主訴は頚部痛、後頭部痛等である。)は、本件事故の翌日である平成15年11月29日から再度の国立福山病院退院時である平成18年8月2日までだけでも2年9か月以上続いており、しかも、同病院入院時にはほぼ終日臥床状態が続いていたというのであるから、本件事故の態様から予想される衝撃ないしこれによる受傷の程度に比して、原告の現症状が非常に長期化し、重篤化していることは否定できない。
以上を総合して考えると、本件の実質的な争点は、それ自体として未だ暫定的、試行的な性格を有するガイドラインや診断基準の合理性ないし正当性といった点にではなく、また、原告の症状がこれらの基準に当てはまるか否かといった点にでもなく、原告のこのように長期化、重篤化している現症状が上記了解事項である脳脊髄液の漏出、減少によってもたらされたものと認めることができるか否かの点にあるということができる。
なお、本件においては、本件事故以外に原告に上記症状の原因となる出来事があったことを認めるに足りる証拠はないから、脳脊髄液の漏出、減少があれば、これが本件事故に起因すると認めることができる。
(2) よって検討するに、前提事実に加え、乙川医師の証言と弁論の全趣旨(尋問事項回答)によれば、原告は、平成17年12月27日から28日にかけて1回目のRICを受け、同月29日にEBPを受けたこと、平成18年2月23日から24日にかけて2回目のRICを受け、同年3月2日に2回目のEBPを受けたこと、この2度にわたるEBPによっても、原告の症状の改善をみなかったこと、次いで、原告は、同年6月7日から8日にかけてRICを受けたが、同月19日に予定されていた3回目のEBPを受けるのを拒絶したこと、1回目のRICでは、2回にわたってRI(ラジオアイソトープ)の誤注入があり、脳脊髄液の漏出を確認することはできなかったが、乙川医師は、RIの注入時、あらかじめ針先から脳脊髄液が逆流したのを認めていたことから、この逆流した脳脊髄液は漏出した脳脊髄液であろうと想定し、また、当時、予約待ちが3か月程度あり、次のRICを試みるにはあまりに原告を待たせすぎることもあって、上記12月29日のEBPを施行したこと、2回目のRICでは、直接の漏出所見や膀胱内への早期のRIの集積所見は認められなかったが、RIクリアランス(別紙ガイドライン参照)の軽度の亢進を認めて上記3月2日のEBPを施行したこと、3回目のRICでは、脳脊髄液の漏出を認めなかったものの、なおEBPを施行しようとしたが(乙川医師も、尋問事項回答書(平成21年5月作成)において、結果的に不要であったとする。)、上記のとおり、原告に拒絶されたため、これを施行できなかったこと、そして、以上のRIC及びEBP施行の経緯から、乙川医師は、原告には、1回目のRICの時点で脳脊髄液の漏出があり、12月29日の1回目のEBPによりその漏出が減少し、3月2日の2回目のEBPにより漏出が停止したものと判断したこと(ただし、乙川医師も、その判断をすべての医師が是認するわけではないと証言している。)が認められる。
他方、乙川医師の証言と弁論の全趣旨によれば、原告は、乙川医師のいう脳脊髄液減少症(別紙ガイドライン参照)に加え、胸郭出口症候群(上肢や肩甲帯の運動、感覚を支配する腕神経叢と鎖骨下動脈が絞扼されたり、圧迫されたりすることにより、神経障害と血流障害に基づく上肢痛、上肢のしびれ、頚肩腕痛を生じる疾患、日本整形外科学会のホームページによる。)を合併しており、さらに、心因的要素が相当に影響し、また、長期の臥床による廃用性の四肢筋力低下ないし萎縮が進行した結果、原告の症状の長期化、重篤化が生じたものであり、乙川医師は、原告の意図的な詐病により、このような原告の症状の長期化、重篤化が生じているものではないと判断していることが認められる。
上記事実によれば、原告に脳脊髄液の漏出があることは、RICによる客観的な所見等によってすべての医師が是認する程度にまで確認することはできず、その点は乙川医師自身が認めるところであるが、前提事実(3)(3丁以下)において確定したとおりの原告の主訴や入通院状況に加え、上記認定のとおりのRICの所見とこれについての乙川医師の判断や同医師による原告の症状の長期化、重篤化に関する説明を参酌すると、原告の症状が原告の単なる心因的要素によってもたらされていると考え、あるいはそれによって説明し尽くすことは困難であり、むしろ、原告には客観的に脳脊髄液の漏出、減少があり、この脳脊髄液の漏出、減少による(乙川医師のいう意味での)脳脊髄液減少症を基本疾患として、胸郭出口症候群を合併し、これに原告の偏った性格に由来する心因的要素(被告ら指摘の各証拠のほか、これを示唆する証拠は多数ある。)が影響し、さらに、長期の臥床による廃用性の四肢筋力低下ないし萎縮が加わったがために、原告の症状の長期化、重篤化を生じたものと認めるのが相当というべきである。
(3) この点、被告らは、乙川医師の見解ないし判断を批判する甲18、39の1・2の各意見書を提出する。
しかしながら、甲18は、脳脊髄液減少症をまったく考慮に入れていないし、同号証が指摘する丙川医師が平成15年12月5日と同月9日に原告の就労を許可したとの点についても、○○整形外科の診療録(甲20の2)の各同日欄には「仕事に出てもよい」との記載があるものの、当時の原告の握力が右9.5㌔㌘、左5.5㌔㌘であることも記載されていることにかんがみると、乙川医師の証言するとおり、このような状態で原告が就労可能であったか甚だ疑問というべきであるから、甲18の意見をたやすく採用することはできない。
次に、甲39の1・2は、医学的見地からガイドラインの診断基準や乙川医師の見解等を批判するものであるが、専らこれに終始するものであって、原告の症状が脳脊髄液の漏出、減少によってもたらされたものと認められるか否かを具体的に検討するものとはなっていない。そして、甲39の1・2によれば、結局のところ、原告の症状をすべて心因的要素に帰する結果となっており、その説明としては甚だ不十分なものとなっているため、これもまたたやすく採用することはできない。
さらに、被告らは、甲29を援用し、本件事故の際、原告車両に作用した加速度は1.13ないし2.26Gであり、加速度が3G未満の場合、いわゆるむち打ち症状が1か月を超える例はないとして、原告の症状の長期化、重篤化を疑問とするが、乙33、114によれば、軽微な外傷によっても、少なくともガイドラインないし乙川医師のいう脳脊髄液減少症を引き起こすことが認められるし、そもそも甲29自体、脳脊髄液減少症に係る一般的知見を踏まえたものとなっていないことに照らすと、これもまたたやすく採用することはできない。
なお、乙川医師らが玉島協同病院に宛てた平成18年8月2日付け診療情報提供書(甲23の200頁)には、傷病名として「脳脊髄液減少症」との記載があり、その下欄に「正直なところ現在の症状が、脳脊髄液減少症によるものか否か確信はありません」との記載があるが、乙川医師の証言によれば、この記載は、当時、原告が神経因性膀胱にかかっており、尿閉気味であったことから、この神経因性膀胱が脳脊髄液減少症によるものか否か確信がないとの趣旨で記載されたものと認められるから、前記認定、判断を覆すものではない。
(4) 以上の次第によれば、原告は、本件事故により、脳脊髄液の漏出、減少を生じる疾患に罹患し、これによる頭痛等により、長期の入通院を要することとなったものと認められるから、被告らは、原告に対し、自賠法3条に基づき、その損害を賠償すべき責任があるというべきところ、原告の症状が長期化、重篤化したのは、前記のとおり、原告自身の心因的要素や長期の臥床による廃用性の四肢筋力低下ないし萎縮(これが原告自身のリハビリへの意欲やその実践の不足によって生じたものであることは明らかであるから、これによる損害の拡大について、原告も責めをおうべきである。)も重大な影響を与えたものであるから、民法722条2項の類推適用により、その損害額中8割を減額するのが相当である。
2 争点(2)(損害額の算定)
(1) 原告の損害額について検討する。
まず、乙川医師の証言によれば、原告は、平成18年6月7日から8日にかけて実施された前記3回目のRICにおいて、脳脊髄液の漏出が停止していることが確認されたことが認められるから、原告の症状固定日は、遅くとも原告が国立福山病院を退院した同年8月2日と認めるのが相当である。
また、原告は、前提事実(3)(5丁)において確定したとおり、ほぼ終日臥床し続けている状態にあるから、労働能力喪失率は100%と認められる。
以上を前提に具体的に損害額を算定することとする。
ア 治療費 金358万0,991円
症状固定日である平成18年8月2日までに要した治療費が損害となるところ、別紙治療費等一覧記載の証拠によれば、○○整形外科、あさひクリニック、倉敷中央病院(以上合計金83万9,701円)、国立福山病院(合計金260万9,190円)及び玉島協同病院(ただし、平成18年3月30日から同年6月6日までの分、合計金13万2,100円、乙156の1ないし4)の治療費を合計すると、上記金額となる。
イ 通院交通費 金20万7,000円
原告は、○○整形外科に107日間、倉敷中央病院に99日間及び国立福山病院に1日間、合計207日間通院している。通院交通費は1日金1,000円とするのが相当である。そうすると、通院交通費は、上記金額となる。
なお、原告の倉敷リバーサイド病院への通院(平成17年7月26日から平成19年1月31日まで)は、同病院への通院が必要であったことを認めるに足りる証拠がないから、その通院交通費を損害額に計上することはできない。
ウ 入院雑費 金33万円
原告の平成17年12月26日から平成18年8月2日までの国立福山病院及び玉島協同病院への入院日数は合計220日間である。入院雑費は1日1,500円とするのが相当である。そうすると、入院雑費は、上記金額となる。
なお、同日以降の玉島協同病院への入院と水島協同病院及び平松医院への入院は、症状固定日以後の入院となるから、入院雑費を損害額に計上することはできない。
エ 休業損害 金735万8,472円
原告は、その入通院状況等からすると、本件事故の日の翌日である平成15年11月29日から症状固定日である平成18年8月2日までの合計978日間就労できなかったから、これに原告の平均賃金である1日金7,524円を乗じると、上記金額となる。
オ 入通院慰謝料 金360万円
原告の上記のとおりの入通院状況等やその期間に照らすと、入通院慰謝料は、上記金額が相当である。
カ 後遺障害逸失利益 金4,158万1,122円
原告の基礎収入は、1日金7,524円、1年金274万6,260円である。
原告は、38歳時である平成18年8月2日に症状固定したから、67歳までの29年間(ライプニッツ係数15.141)が労働能力喪失期間となる。労働能力喪失率は、前記のとおり、100%である。
以上によると、原告の後遺障害逸失利益は、次の計算により、上記金額となる。
2,746,260×1×15.141=41,581,122
キ 後遺障害慰謝料 金2,800万円
上記1級相当の上記金額が相当である。
ク 上記アないしキの合計 金8,465万7,585円
(2) 原告の損害額については、前記のとおり、民法722条2項の類推適用によりその8割を減額するのが相当であり、上記クの金8,465万7,585円を8割減額すると、金1,693万1,517円となる。
弁護士費用は、金170万円が相当である。
そうすると、これらの合計は金1,863万1,517円である。
第四 結論
よって、原告の被告らに対する各請求は、連帯して金1,863万1,517円及びこれに対する本件事故の日である平成15年11月28日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条、65条を、仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所 裁判官 近下秀明