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人身傷害補償担保特約

人身傷害保険に関する平成23年6月3日京都地裁判決要旨紹介

○人身傷害保険は「実損害の補償を目的とする」額で人傷基準算出額の範囲内で認容した平成23年6月3日京都地裁判決(交民44巻3号751頁、自保ジャーナル第1862号133頁)要旨を紹介します。
判決要旨は、①被保険者の死亡により相続人の人身傷害保険金請求につき、人身傷害保険の特徴として、「実損害の補償」、「迅速支払」、低い人傷基準、「消費者契約」をあげ、「訴訟基準により人身損害の全額を認定算出し、この金額から既払い賠償金額を控除し、その残額を保険金額及び人傷基準算出損害額の範囲内で支払うべき保険金額とする考え方が妥当である」とし
②54歳女子Aの死亡損害額は、逸失利益、慰謝料等から損害の填補を控除し、弁護士費用を加え、Yとの間での和解金支払日までの遅延損害金を控除した残金が「契約上の保険金額及び人傷基準算出損害額の範囲内であるから、これをYからXらに基準日において支払われるべき保険金額相当額の合計と認める」とし、Aの人身傷害保険金と認定
したものです。

○この判決は、人身傷害保険の基本的な考え方を次のように判示しました。

第三 当裁判所の判断
1 基本的な考え方

 本件保険のような一般に人身傷害補償保険と呼ばれる損害保険契約においては、個々の保険会社や時期により保険約款や保険勧誘文書類に様々なバリエーションを生じているが、総じて、
①責任割合にかかわらず実損害の補償を目的とすること(以下①という。)、
②速やかに保険金が支払われること(以下②という。)

の2点を大きな特質、特徴とする。

 そして、①でいう「実損害額」とは、被害者に実際に生じた損害額と解され、これは一般に訴訟において認められる損害額と観念され、②の「速やか」というのは、相手方との交渉、ないし責任原因や過失割合についての調査、訴訟等による時間、労力及び費用を要せずにという点を主眼とすると理解される。

 また、本件の人傷保険においても、現在のほかの同種の保険契約においてもおしなべて認められる特徴ないし傾向として、
③保険金額及び保険約款上の損害算出基準は実損害額と同視される一般の訴訟において認定される損害額ないしその算定基準と比較してかなり低いこと(以下③という。)、
④消費者契約の典型であること(以下④という。)
が認められる。

 これらの諸点を重視して、被害者側からの賠償金支払が先行した場合の人傷保険金額の算定方法について検討する。

 まず、人傷基準算出損害額から既払い賠償金額をそのまま差し引くという人傷基準絶対説などとよばれる考え方(本件で被告が主張している考え方)は、被保険者に事故について過失がある場合、③により、①の趣旨が全く没却されることになり、被保険者の予測を通常の予測を大きく裏切り④に対する配慮が著しく欠けることとなるのみならず、保険会社が保険金の支払をせずに放置し、あるいは請求されても支払いを拒否している間に、加害者側との交渉ないし訴訟が落着し、加害者側の賠償金が先に支払われるという②の趣旨に全く反する事例において、不当に保険金の支払いを怠り続けた保険会社の支払うべき負担が軽減されるという非常に不合理な結果を生じるのであり、②の趣旨を没却するとともに信義に反する結果を容認することとなり、まことに不都合である。よって、この見解は不当である。

 ③を前提に①を重視するためには、実損害額として訴訟基準の損害額を算出過程で用いるほかない。また、過失割合を保険金額の算出において考慮する見解(いわゆる比例説)は、②の趣旨と適合しないので相当ではない(また、この見解に従うと、保険金額の算出を巡って、被保険者(事故の被害者)側は、過失が大きいことを主張立証することを通じてできるだけ多くの保険金額を請求し、保険会社は、過失が小さいことを主張立証して、支払うべき保険金額をできるだけ少なく済まそうとするという状況が基本的に常に生じ、これは不合理であるように思われる。)。

 結局、訴訟基準により人身損害の全額を認定算出し、この金額から既払い賠償金額を控除し、その残額を保険金額及び人傷基準算出損害額の範囲内で支払うべき保険金額とする考え方が妥当であると解される。なお、その結果、被告が指摘するような個々の保険約款上の規定の文言との整合性が欠ける点は生じるものの、④を考慮すると、個々の規定との整合性などのいわば技術的問題より①、②の趣旨を損なわないことを重視すべきであるから、規定との整合性は必ずしも重視する必要はないというほかない。


○この判決は、人身傷害保険は、訴訟基準損害額から既払い額を控除した残額を、保険金額及び人証基準損害額の範囲内で支払うべきとの極めてシンプルで妥当な結論でした。ところがこの判決は、二審の平成24年6月7日大阪高裁判決(判タ1389号259頁、判時2156号126頁、自保ジャーナル1875号1頁)により、被害者が加害者乃至その保険会社から損害賠償金を受領した場合、人傷基準損害額に被害者の過失割合を乗じた金額を支払えば足りるとしてして覆されました。現在上告中で最高裁の結論は出ていないようです。高裁判決後2年以上経過していますが、随分時間がかかるものです。

○金額をシンプルにして説明すると、訴訟基準損害額が5000万円、人傷基準損害額3000万円の例で、被害者過失割合が3割のため加害者側から7割相当額3500万円を受領済み後に人傷保険金請求をした場合、京都地裁の考え方では、残金1500万円全部を請求できます。しかし大阪高裁の考え方だと人傷基準損害額3000万円の被害者過失部分3割相当額の900万円しか人傷保険金が出ません。先に人傷保険金3000万円を受領済みであれば、残金2000万円は加害者側に請求して訴訟基準損害額5000万円全額回収できるのに、人傷保険金請求が遅れると4400万円しか回収できないとの結論は明らかに不合理です。是非最高裁で是正して頂きたいものです。