○「
加害者代位請求についての昭和57年9月28日最高裁判決全文紹介」の続きで、この裁判の第一審である昭和53年11月30日東京地裁判決(判例タイムズ382号118頁、判例時報924号115頁)の一部を紹介します。
通事故の被害者の遺族が原告として加害車の所有者有限会社Aに対し損害賠償を請求するとともに、有限会社Aが自家用自動車保険契約を結んでいた東京海上火災保険株式会社に対し、第一次的に保険金の直接請求を求め、第二的に有限会社Aに対して有する損害賠償請求権を被保全権利として有限会社Aに代位して、同社が東京海上にに対して有する保険金の支払請求を求めた事案です。
○原告は、保険契約の第三者であるその物の所有者に直接の保険金請求権を認める商法667条(当時)の類推適用で、東京海上に対する直接請求権があると主張しましたが、本判決は、商法667条が他の責任保険のすべてに類推適用しうるものでないこと、被保険者において被害者に保険金の直接請求権を与える意思があるとみることはできないこと、約款が一定の条件のもとに被害者の保険会社に対する直接の損害賠償請求権を認めていることなどから、被害者の保険金直接請求権を否定しました。
○また、有限会社Aに対して有する損害賠償請求権を被保全権利として有限会社Aに代位して、同社が東京海上にに対して有する保険金の支払請求についても、被保険者の保険者に対する保険金請求権は、損害賠償責任額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき、または裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときに発生し、これを行使することができると規定されており、本件においては、右いずれの条件も満たされていないことが明らかであるから、被保険者たる被告有限会社Aの抽象的保険金請求権はともかく具体的保険金請求権はいまだ発生しておらず、したがつて、原告らが被告東京海上に対し、被告有限会社Aの保険金請求権を代位行使するに由ないとして排斥しています。
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主 文
一 被告有限会社Aは原告らそれぞれに対し、各金1058万円及びこれに対する昭和52年4月1日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告有限会社Aに対するその余の各請求及び被告東京海上火災保険株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告有限会社Aとの間に生じたものは、これを5分し、その2を原告らの、その余を同被告の負担とし、原告らと被告東京海上火災保険株式会社との間に生じたものは全部原告らの負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
(中略)
四 次に被告東京海上に対する請求について判断する。本件保険契約が昭和51年度約款にもとづくものであることは当事者間に争いがない。
1 原告らは、右約款中に被害者の保険金直接請求権を定めた条項は存在しないが、責任保険の目的等から司法的規制を加え、約款を補充して直接請求権を認めるべきであると主張する。
その点に関し、商法667条は保険契約の第三者であるその物の所有者に直接の保険金請求権を認めており、右は責任保険すべてに類推適用されるべきであり、また責任保険の本質は被保険者である加害者の免責請求権にあるが、その法的構造は「加害者の自己のためにする保険契約であると同時に被害者のためにする保険契約であつて、加害者の免責利益と被害者の損害賠償利益との両者が競合的に付保された契約」で、保険契約締結における被保険者の意思としては、自己自身の免責を目的とするとともに被害者の満足をも目的とし、むしろその本体は被害者の満足にあるのであつて、加害者の免責の利益はその反射的効果にすぎないから、約款上その定めがないとしても被害者の保険金直接請求権が認められるべきだとする見解があり、法制上右の請求権を認める国のあることも併せ考えると、右見解にも傾聴すべき面がないでもない。
しかしながら、商法667条が賃借物に関する保険の規定であることはその文言上明らかであり、また契約締結の強制されるわが国自動車損害賠償責任保険において、損害賠償請求権についてではあるが、被害者の直接請求権を認める条項(自動車損害賠償保障法16条)を改めて設けていることなども併せ考えると、右商法667条が他の責任保険すべてについても類推適用されるべきであるとは解し難く、また責任保険の性格についても、責任保険契約はそもそも自己が将来損害賠償義務を負担することによつて損害を被る場合に備え、その損害を填補することを目的とするもので、契約締結の当事者、特に被保険者において右の目的意思のほかに第三者たる被害者のためにする意思ならびに被害者に保険金の直接請求権を与える意思をも同時に有するものとは考えられず、また規範的にかかる意思があつたものとみるべきであるとすることも、意思主義をそこまで拡張して解釈することは疑問であり、当裁判所としては、原告らの挙げる諸点を考慮に容れても、なお前記のような積極的見解を採ることはできないものといわざるを得ない。
さらに実質的に考慮しても、当裁判所に顕著な51年約款はその第1章第4条において、被保険者と損害賠償請求権者との間で賠償責任額につき判決の確定または裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときという前提条件付きではあるが、被害者の保険者に対する直接損害賠償請求権が定められており、そのほか(1)被保険者またはその相続人が破産または生死不明のとき、(2)被保険者が死亡しかつその相続人がいないとき、さらに(3)損害賠償について被保険者またはその相続人と折衝できないときは、被害者はそれらの手続を経ずに直ちに保険者に対し直接損害賠償請求ができる旨定められているから、敢えて解釈により約款を補充してまで被害者の保険金直接請求権を認めなければならない必要性はないものというべきである。
したがつて、その点において原告らの保険金直接請求権を理由とする請求は理由がないものというべきであるが、なお附言するに、仮に本訴請求が保険金請求ではなく、損害賠償請求であるとしても、前記のように約款上損害賠償を直接請求できる場合が列挙されており、本件においてはそのいずれの場合にも当らないから、右請求も認められないものといわざるを得ない。
2 次に、原告らは、被告山龍青果に代位して被告東京海上に対し保険金の支払を求めると主張する。
しかしながら、前記約款第4章第17条によると、被保険者の保険者に対する保険金請求権は、損害賠償責任額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき、または裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときに発生し、これを行使することができると規定されており、本件においては、右いずれの条件も満たされていないことが明らかであるから、被保険者たる被告有限会社Aの抽象的保険金請求権はともかく具体的保険金請求権はいまだ発生しておらず、したがつて、原告らが被告東京海上に対し、被告有限会社Aの保険金請求権を代位行使するに由ないものというべきである。
もつとも、右約款に定めるように被保険者の具体的保険金請求権につき条件を附する、いわゆるノー、アクシヨン、クローズの効力については争いのあるところであり、証人○○の証言によると、右条項は本件のような代位訴訟を避けるため改正したものであることが認められるが、右約款においては前記のように被害者の直接損害賠償請求権が一応規定されていて、被害者の利益保護について手当てがなされているから、敢えて右約款をもつて無効と解すべき理由はないものというべきである。そうだとするならば、原告らの被告東京海上に対する本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がないものというベきである。