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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

加害行為前の被害者身体的特徴の過失相殺類推適用否定判例解説

○「加害行為前の被害者疾患を過失相殺類推適用で斟酌した判例解説」で、「常に被害者側の立場で、損害賠償請求訴訟を扱っている私としては、体質があっても交通事故がなければ損害は発生しなかったのですから、体質のせいで減額されるのは腑に落ちません。」と記載しておりました。持って生まれた「体質」は、本人に何らの責任はないと思うからです。

○これについて、平成8年10月29日最高裁判決(判タ931号164頁、判時1593号58頁)は、不法行為により傷害を被った被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有しており、これが、加害行為と競合して傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、この身体的特徴が疾患に当たらないときは、特段の事情がない限り、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと判示しました。

○事案は、以下の通りです。
・加害車両の運転者であるY1は、Xの運転する自動車に自車を追突させた
・Xは、本件事故により、運転席のシートに頭部を強く打ちつけ、頸椎捻挫、頭頸部外傷症候群による視力低下などの傷害を被った
・Xは、平均的体格に比して首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるという身体的特徴をを有していた
・この身体的特徴に本件事故による衝撃が加わりXの傷害が発生し、又は被った傷害について症状の拡大に寄与した
・Yらは、本件事故とXの症状との因果関係などを争い、Xの首が長いという身体的特徴が本件交通事故と競合して原告の傷害を発生させ、また、この身体的特徴及びXの心因的要素がその症状を悪化ないし拡大させたとして、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して原告が賠償を受ける損害額を減額すべきであると主張


○原判決は、本件事故と原告の症状との因果関係を肯定し、Xが被った損害額を認定した上、交通事故と被害者の身体的特徴が競合して被害者の傷害が発生し、あるいはその身体的特徴が損害を拡大させた場合には、被害者の被った損害の全部を加害者側に負担させることは公平の理念に照らし相当ではないので、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、被告らに負担させるべき損害額を減額すべきであるとし、首が長いという身体的特徴及び心因的要素を斟酌し、本件事故により原告が被った損害のうち4割を減額するのが相当であると判断しました。

○Xは、損害額の算定に当たり過失相殺の規定を類推適用して被害者の身体的特徴を斟酌するのは、その身体的特徴の寄与が過失相殺における被害者の過失と同程度に被害者に落ち度であるといえる場合に限るべきであり、Xの首が長いこと及びこれに伴う多少の頸椎不安定症は、何ら非難されるべき落ち度ではないから、Xの首が長いという身体的特徴を斟酌して損害額を減額すべきではないとして上告しました。

○本判決は、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているとして、交通事故の被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないとして、Xの首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるという身体的特徴は疾患に当たらず、本件において右特段の事情が存するということはできないので、この身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でないとして、原判決のX敗訴部分を破棄し、心因的要素の斟酌など損害額全般につき更に審理を尽くす必要があるとしてX敗訴部分を原審に差し戻しました。

○交通事故の被害者が加害者等に損害賠償を請求する事案において、被害者が事故前から有していた「疾患」については、「加害行為前の被害者疾患を過失相殺類推適用で斟酌した判例全文紹介」記載の通り、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができるとされていますが、被害者に疾患とまではいえない身体的特徴があり、これが交通事故と競合して被害者の傷害を生じ、又は損害を拡大させた場合について、この身体的特徴を斟酌することができるかどうかについては、判例の立場は明らかではなく、下級審の判断も分かれていました。

○本判決は、交通事故の被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないとして、平成4年判例は、「疾患」の場合に限定し、その理由は、通常人の平均値から著しくかけ離れていない身体的特徴は、個体差の範囲として当然にその存在が予定されているとしました。身体的特徴による損害の発生又は拡大を加害者に負担させることが公平の観念に合致するという判断が前提と思われます。

○問題は、「疾患に当たらない身体的特徴」なのか、或いは「疾患」に該当するのかの判断です。本判決は、「疾患に当たらない身体的特徴」であっても「身体的特徴を斟酌すべき特段の事情」があれば斟酌できるとも言ってますが、「特段の事情」とは如何なる場合は明らかにしておりません。その要件を一律に定義することは、大変困難だからと思われます。いずれにしても、身体的素因、身体的特徴、心因的素因の違いも具体的場面で区別することは相当困難であり、大変、難しい問題です。