○「
訴訟での過失責任否定・5割過失相殺主張が慰謝料増額事由」で、「本件訴訟の始まった時点においては、本件事故における被告の過失が大きく、過失相殺の5割になるなどということはあり得ないことを十分に認識していたというべきである。そうすると、上記のような本件訴訟における被告の主張は、正当な権利主張を逸脱したものというべきであり、慰謝料の増額事由に当たると解される。」とした平成21年9月11日名古屋地裁判決(判例時報2065号101頁)を紹介していました。
○同様に訴訟に至り過失を争った事例で、過失を争うこと自体が不誠実として、慰謝料算定に考慮するとした事案として、福岡地裁八女支部平成24年3月15日判決とその控訴審である福岡高裁平成24年7月31日判決(判例時報2161号54頁)を紹介します。
事案は、丁字路交差点横断中にB運転自動車に衝突され、頭蓋骨骨折等の重傷を負い、最終的に自賠責等級第3級3号の後遺障害を残したA(8歳)が、運転者Bとその任意保険会社Cに対し、約2億5593万円の損害賠償を求める訴えを提起し、一審でAの過失割合10%として約1億1911万円の支払が認容されたものです。
○C保険は、示談交渉段階では、Aの過失割合35%、Bの過失割合65%として過失相殺した上での示談提案をし、これ以上の増額を求める場合は訴えを提起されたいと促しました。ところが、訴訟になるとC保険は、Aの直前飛び出しが衝突の原因で、Bは取り得る限りの衝突回避措置を取っているので過失はない、Bの不法行為責任を認めた示談交渉段階での主張(権利自白)は撤回すると主張し、本件では過失判断が容易でなく、示談段階では厳密な検討を行わなかったことに相当な理由があり、自白の撤回は禁反言の法理に反しないと主張しました。
○この主張に対し、福岡地裁八女支部平成24年3月15日判決では、確かに自白の撤回は禁反言の法理に反すると断じることは困難であるが、C保険担当者は、示談交渉段階でBの過失争う姿勢は示しておらず、事故態様の概略も認識しており、訴訟の段階で突如過失を争うことでAの父母においては、かようなC保険の対応に憤り、Aの将来を思うと不安でならない状況に陥っていることからすると、C保険の対応は不誠実であり、この事情は慰謝料算定に当たっては考慮されるとして、入通院慰謝料270万円、後遺傷害慰謝料2100万円を認めました。
○入院127日(約4ヶ月)、通院期間2年3ヶ月日通院日数7日修正通院通院月数0.8ヶ月の入通院慰謝料金270万円は、日弁連青本基準125〜232万円からすると相当程度高額ですが、等級3級相当後遺障害の慰謝料金額は、日弁連青本基準1800〜2200万円からすると、2100万円はさほど高額ではありません。おそらく保険会社としては、示談交渉時は、示談成立のために過失割合について相当譲歩しても、裁判になった場合、その譲歩を撤回することが実務で良く行われているため、訴訟での過失責任否定の度に慰謝料を上げられたのではたまったものではないとして、控訴したと思われます。
○ところが、福岡高裁平成24年7月31日判決は、一審判決を支持して、「
(C保険は)事故から3年経った後にも、控訴人Bに過失があることを前提として示談交渉がなされていたことを考えれば、不誠実な態度であるとのそしりを免れない。被控訴人の親権者らは、以上のような控訴人らの態度の変更に憤り、被控訴人の将来を思うと不安になるというのであって、このような心情に至ったのも無理からぬところである。よって上記事情を斟酌し、後遺症慰謝料を2100万円とした原審の認定は相当である。」と判示しました。妥当な結論です。
○示談交渉時に認めていたBの過失を訴訟段階に至って撤回し、無過失を主張したのは担当弁護士の主導か、C保険自身の方針かは不明ですが、示談交渉時の過失割合65%を50%程度に減じる主張なら兎も角、ゼロと主張するのは明らかに行き過ぎであり、これによって訴訟が煩瑣になり、時間もかかることは明らかであり、このような態度に慰謝料を増額するのは、当然と思います。私もこのような事案に当たったら大いに活用します(^^)。