過失相殺と損益相殺等の前後関係−過失相殺対象損害範囲
○交通事故による傷害で数ヶ月入院して、1年以上通院したような場合、自賠責保険或いは任意保険から損害の一部の支払を受けるほかに、労災保険から休業補償金、各種健康保険から医療給付金等の支払を受ける場合があります。
例えばAさんが、通勤途中の交通事故で6ヶ月入院し何回か手術をして高額の医療費がかかり、その後1年程度通院して症状固定となって後遺障害12級程度になったところ、労災認定を受けて入院中に労災保険から休業補償金が300万円、医療給付金200万円の合計金500万円給付を受けた場合を想定します。
○Aさんの交通事故では、Aさんにも40%過失があった場合、全損害から40%が控除されて、最終損害賠償金額が決まります。Aさんが加害者Bさんの任意保険会社に対し、損害賠償請求する場合は、既に支払を受けた労災保険給付休業補償金300万円、医療給付金200万円を控除して請求するのが一般です。
Aさんの損害が、休業損害300万円、医療損害200万円、その他の慰謝料・逸失利益等の損害が1500万円あった場合に、40%の過失相殺の対象となる範囲に労災保険給付休業補償金300万円、医療給付金200万円合計500万円が含まれるのかどうかが問題になります。
○Aさんが、受領済み休業補償金等を控除した残金1500万円を全損害とした場合、Aさんの過失割合40%が控除されると、1500万円×0.6の900万円の請求となります。
ところが、Aさんの全損害が、受領済み休業補償金・医療給付金合計500万円も加わると2000万円になり、その40%が控除されると2000万円×0.6−500万円=700万円となり、200万円も減額となります。
ですから、この500万円が過失相殺の対象となる損害に含まれるかどうかはAさんにとっては大きな問題です。
○ところで労災保険給付がなされると給付した金額の限度で、その損害賠償請求権は、Aさんから労災保険金を給付した国に移ります。弁済による代位と説明されます。加害者Bさんは、国から500万円の支払請求を受ける立場になりますが、あくまで自分の過失の範囲内ですから、60%相当額即ち300万円が支払義務に留まるはずです。
○Bさんは、Aさんからの1500万円の請求に対しても60%相当額の900万円を支払えば足りるとすると、国に対し、300万円、Aさんに対し900万円の合計1200万円を支払うことになりますが、Aさんの全損害が2000万円として1200万円支払うのは当然のことです。
○しかし、Aさんの全損害が、労災保険給付金額500万円も含めた2000万円を全損害として、これの60%相当額の1200万円がAさんのBさんに対して請求出来る損害で、且つ、労災保険給付額500万円を全額受領したとして損益相殺した場合、1200万円から500万円を控除した金700万円しかBさんに請求出来なくなります。Bさんは、本来、2000万円の60%相当額1200万円支払わなければならないところ、Aさんには700万円、労災には300万円の合計1000万円だけ支払えば良いことになります。
○この結果は明らかに不当です。労災が支払った500万円の内本来のBさんの負担額300万円との差額金200万円は、Bさんの債務を消滅させるために支払ったことになるからです。Aさんからすれば、労災給付金500万円の内200万円は本来Aさんが労災保険料を支払った結果として、その保険として受け取るべきものですから、Bさんに負担させるべき300万円を超えた金200万円はAさんのために支払われべきです。
○しかるにBさんのために、Bさんの債務を消滅させるために支払われたと同じ結果になるとの見解は不当と思いますが、何と、平成元年4月11日最高裁はこの不当な見解を支持している如くです。別コンテンツで解説します。