○「
裁判所鑑定心因性視力障害で素因減額が否定された例9」の続きです。
今回は、争点2「
Xの右眼の障害と本件事故との相当因果関係の有無」についての裁判所認定で、「以上の点を考慮すれば,本件事故とXの右眼の障害との間には,相当因果関係を認めるのが相当である。」と明確に認められました。
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2 争点2について
(1)Xの右眼の障害の原因・機序について
上記1のとおり,Xの右眼に視力低下及び視野狭窄による障害が認められるとして,それは外傷性によるものであるのか,心因性によるものであるのかが,因果関係の有無あるいは下記5の素因減額の有無等に関わるため,ここで検討する。
ア 上記1(2)ウ及び(3)アのとおり,Xの右眼については,VEPフラッシュテストの結果がXの右眼の異常を示している反面,「swinging flash light test」の検査結果は異常所見なく,RAPDが陰性となっているであるとか,中心・フリッカー値は健眼(左眼)より患眼(右眼)の方が良好な結果となっている等,外傷性視神経症であることにそぐわない結果となっているなど,外傷性という観点でみた場合,障害が存することにつき合致する他覚的検査の結果と合致しない結果が混在しているといえる。
ただし,外傷性視神経障害の鑑別疾患には心因性及び詐病があり,これらとの鑑別の最大のポイントとなるのはRAPDである(本件鑑定書2頁)ところ,これが異常所見なしとの結果であることからは,Xの右眼の障害が心因性のものであることを示している。
イ 医学的知見としても心因性による視力低下ないし視野狭窄がありうることが認められる。
すなわち,田村医師の意見書(乙1)においても,上記のとおり,他覚的検査結果と自覚的検査結果の矛盾の有無や視力低下・視野障害の原因となる器質的異常の有無を精査し,異常がなければ;心因性視力低下や詐病を疑う旨述べており(3頁),外傷性視神経症でなければ心因性の視力低下がありうることを認めている。
また,視野狭窄についてもむ・因性のものがありうることが示されている(甲29・67頁)。
ウ そして,上記の状況をふまえて,本件鑑定書は,結論部分において「外傷による直接の傷害とは認められにくく」としたうえ,「その他の心因性等に起因するものとするのが妥当である」とし,「唯一心因性等についてであれば心的ストレス等によりこれ程度の進行が見られても矛盾しないと考えられる」(3頁10ないし11行目)とし,そして総括部分において「100%外傷性視神経症によるものではないと言い切れないにしても,現在の通常医学レベル常識をもって判断するならば交通事故による直接的な外傷ではなく,心的ストレス等による心的視機能障害の可能性が高いと判断するのが妥当と思われる」としている。
エ これらをふまえるならば,Xの右眼の視力低下及び視野狭窄という障害は,外傷が影響を与えている可能性は否定できないが,心的ストレス等による心的機能障害,すなわち心因性によるものであると認めるのが相当である。
(2)相当因果関係について
次に,Xの右眼の障害が心因性によるものであることを前提に,本件事故との相当因果関係について検討する。
上記認定のとおり,Xは,本件事故の衝撃により右眼窩付近がスチール製のバーに衝突したうえ,車外に放り出され,アスファルト舗装された地面に右顔面を強打し,その結果右眉の上下に脂肪が露出するほどの裂傷を生じ,右眼は充血し,大きく腫れ上がったものである。Xは,本件事故2日後の平成16年10月4日に□△整形外科を受診した際から右眼の異常を訴えていたが,同月12日ころになってようやく右眼を開けられるようになったものの,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼はかすんで見えない状況でさらに1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した。このような事故状況及び負傷状況からすれば,Xが本件事故それ自体ないし負傷による苦痛等で多大な心的ストレスを受けていたであろうことは容易に椎認されるところであるから,これに沿うXの供述(甲19びX本人)は信用性が認められる。
また,これも上記認定のとおり,Xは本件事故当時,負債を抱えていたものではあるが,その前年ころから自らの努力により業績も回復し,苦境の際に協力を得た債権者や取引先への支払ないし返済を進めていた矢先に本件事故に遭ったものであり,この支払ないし返済のために入院を指示されながら拒否して帰宅したが,結局右眼と右肩の負傷等によりその後大工の仕事はできなかったというのであるから Xの述べるとおり,かかる心的ストレスも大きなものがあったと認められる。
そして,かかるXの心的ストレスの大きさにかんがみれば,右眼の視力低下及び視野狭窄という障害を発症することは不自然なことではない。
他方で,本件の全証拠を検討しても,Xにおいては,本件事故後,本件事故に匹敵するものはもちろんのこと,右眼の障害を発症させるに値すると思料される心的ストレスの要因は何ら認められない。
以上の点を考慮すれば,本件事故とXの右眼の障害との間には,相当因果関係を認めるのが相当である。