裁判所鑑定心因性視力障害で素因減額が否定された例8
(3)この点被告らは,種々の根拠を挙げてXの右眼の障害は認められない旨主張するが,以下のとおりいずれも採用できない。
(ア)被告らは,Xの受傷機序,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾・不整合等からすれば,Xの視力障害等については詐病の可能性を疑わざるを得ず,Xの右眼には外傷性の視力障害及び視野狭窄は認められない旨主張し,被告らの提出する田村友記子医師(以下「田村医師」という。)の意見書(乙1,7)もこれに沿う内容となっている。
しかし,例えばXの受傷機序等が外傷性視神経症の特徴のそれと異なるとの点については,A回答書及び医学文献(甲第27号証)によれば,外傷性視神経症は前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はあるとの医学的知見が認められるところ,上記認定のXの受傷状況からして,前額部や顔面の打撲があったであろうことは容易に推認できるところである。□△整形外科の診療録(甲21及び乙4・19頁,37頁)によれば,Xが当初から視力低下等の症状を訴えていたことも認められるのであって,Xが本件事故から眼科を受診するまで約2週間が経過しているのは,当初は右目の腫れ・充血のために何も見えなかったのを,充血が引けば回復するものと軽信していたからにすぎないものと考えられる。これらの事情からすれば,受傷機序に関する被告らの指摘は,Xの右目の障害の存在を否定する事情とはいえないと考えられる。
また,オクトパス検査の結果ないしその理解についての指摘も,中心感度のみの低下とはいえないにしても 中心部に感度低下が認められるとはいえると思料されるし,Xの患眼(右眼)の広範囲にわたる大幅な低下があることは被告らの指摘を前提にしても明らかである。オクトパス視野検査の結果については,ゴールドマン視野検査の結果と,オクトパス視野検査のGreysca1e of values図中心である0と0の交差する箇所が黒ずみ,かつComprisonsでの中心点が13dBとなっていること(乙4・54頁)と一致すること,Xの3度のゴールドマン視野検査において,すべて盲点がほぼ同じ位置に見られること(乙4・56,62,73頁)等も認められる。検査結果の信頼性についても偽陰性率とは視野検査中に一度応答のあった部位に最高輝度の視標を提示し答えなかった割合であり,約10ないし15パーセントを超える場合には患者が集中力を欠いたり検査内容を理解していない可能性があるというものであり,必ずしも見えるはずの祝標照度で応答がなかった場合といえるものではないこと,非常に進行した症例では,固視のわずかな変動で偽陰性率が上昇することがあること,偽陽性率と偽陰性率とをあわせてRF(reliability factor)として評価され,このRFが15パーセント以下なら十分信頼性ある測定結果として評価してよいとされていること等の医学的知見が認められる(乙2の5・165ないし166頁)が,Xの平成16年10月26日のXの患眼(右眼)のRFは,偽陽性率は0パーセント,偽陰性率は12.5パーセントである(甲21及び乙4・54頁)から,RFは15パーセント以下である。これらの点をも考慮すれば,Xに対するオクトパス検査結果が直ちに信頼できないものと認めることは困難である。
なお,証拠(乙2の1,6の2)によれば,外傷性視神経症の診断に は,「Swinging flash light test」(視神経の左右差を検出する他党的検査)により相対性瞳孔求心路障害(RAPD)を認めるということが重要なポイントとなること,同テストで検出されるのは硯入力の左右差でありその眼の硯入力低下を絶対的に示すものではないが,その検出される左右差は相当精密である等鋭敏な検査であるとの医学的知見が認められるところ,Xの場合,×○病院での検査結果は異常所見なしと記録されており(乙4・77頁),RAPDは−(マイナス)すなわち陰性となっている(同45頁)。そして,毎回対光反応の検査を受けていたとのXの供述(X本人33頁)に鑑みてもXは同テストを複数回受けていたと認められるが,そうするとRAPDが一度も陽性になっていないというのは,外傷性視神経症の存在に疑問を差し挟むべき事情であるといえる。
また,中心フリッカー値についての指摘も,フリッカー視野計を用いる中心フリッカー値の検査は,視神経機能をみる自覚的検査であるが,各種神経疾患に対する感度が高く,視神経疾患に対する特異度も高いこと,一般に35Hz以上は正常,25Hz以下を異常,26ないし34Hzが要検査とされていること等の医学的知見(乙2の2・259頁)を前提にすれば,Xの中心フリッカー値は左眼が28ないし32Hzであるのに対して右眼は32ないし40Hzであるから(乙4・77頁),健眼(左眼)より患眼(右眼)の方が良好な結果となっているといえ,これも外傷性視神経症の存在に疑問を差し挟むべき事情になりうる点である。
ただし,上記の点を含め,被告らの指摘する医学的知見ないし検査結果等の問題は,そのほとんどが外傷性視神経症についてのものであるところ,Xの右眼の視力低下ないし視野狭窄については,心因性のものである可能性も多分に存する(この点は下記2(1)で検討する)ため,これらがただちにXの右眼の障害の存在を否定する根拠となるものではない。この点,田村医師の意見書(乙1)も,他党的検査結果と自覚的検査結果の 矛盾の有無や視力低下・視野障害の原因となる器質的異常の有無を精査し,異常がなければ心因性視力低下や詐病を疑う旨述べており(3頁),外傷性視神経症でなければ心因性の視力低下がありうることを認めている(ただし,同意見書では心因性視力低下の可能性についてはなぜか検討していない)。