H19.2.13福岡高裁脳脊髄液減少症否定判決全文紹介4
2 争点(2)について
(1) 治療費
ア 被控訴人は,本件事故により,頚椎捻挫(外傷性頸部症候群)のほか脊椎髄液漏の傷害を負ったとして治療を受けてきたものであるところ,上記1(4)のとおり,被控訴人に低髄液圧症候群は認められず,その主張の症状は頚椎捻挫(外傷性頚部症候群)によるものであると考えるべきであるから,被控訴人の主張する治療費のうち,低髄液圧症候群の関係の治療費は,本件事故と因果関係が認められないことになる筋合いである。
しかしながら,被控訴人は,自らの症状を訴えて,各医療機関を受診しただけであって,低髄液圧症候群との診断をしてその治療をしたのは医療機関側の判断と責任によるものであるから,被控訴人が現にその関係の治療費を支払っている以上,それを安易に減額することは相当ではない。そこで,以下においては,この点を考慮に入れつつ,本件事故と因果関係のある治療費を算定することとする。
イ 被控訴人は,本件事故後,平成16年9月15日までの間において,次のとおり入通院したこと,その関係で合計98万3341円(t薬品に対する薬代12万5219円を含む。)の治療費を支払ったことが認められる(争いがない,甲9,10,23,46の2,47の2,48(各証),78,79,乙22,23)。
(ア) 平成15年2月10日から同年3月17日までi病院(通院)
(イ) 同年2月12日uクリニック(通院)
(ウ) 同年3月24日から同年5月31日までj医院(通院)
(エ) 同年4月16日から同年5月14日k病院(通院)
(オ) 同年5月15日から同月22日までq病院(通院)
(カ) 同年6月2日から同年7月1日までk病院(入院)
(キ) 同年7月2日から同月10日まで同病院(通院)
(ク) 同年7月11日から同月14日まで同病院(入院)
(ケ) 同年7月15日から同年11月10日同病院(通院)
(コ) 同年7月15日から同年8月23日までj医院(通院)
(サ) 同年7月31日から同年8月14日までq病院(通院)
(シ) 同年8月25日から平成16年9月1日までm医院(通院)
(ス) 同年9月8日から同年10月11日までv病院(入院)
(セ) 同年11月22日から平成16年9月15日まで同病院(通院)
(ソ) 同年12月1日から同月13日までk病院(入院)
(タ) 平成16年7月14日から同月28日まで同病院(通院)
(チ) 同年9月7日から同月15日までj医院(通院)
ウ また,被控訴人は,次のとおり,カイロプラクティック及び鍼灸院に通院したことが認められる(甲51ないし54の各2)。これらは被控訴人の症状を緩和するために行われたものであって,そのうち医師の指示によるもの((ア)及び(イ))については必要な治療として認めることができる。そして,その治療費は合計8万4000円である(52の1,53の1)。
(ア) 平成15年9月16日から同月26日まで,平成16年2月2日から同年7月2日まで oカイロプラクティック
(イ) 平成15年9月29日から同年11月21日まで pカイロプラティック
(ウ) 同年11月22日から同年12月13日まで r鍼灸院
(エ) 同年12月17日から平成16年1月4日まで s治療院
エ 上記イ及びウによれば,治療費として認められるのは合計106万7341円である。
(2) 入院雑費
被控訴人は,上記認定のとおり,96日間入院したものであり,入院期間中の1日当たりの雑費は,1500円が相当であるから,その合計は14万4000円となる。
(3) 通院交通費
通院は,公共交通機関を利用するのが原則であって,症状がそれに耐えられない場合に始めてタクシーの利用が認められる。被控訴人は,相当タクシーを利用しているが(甲24,46の4,47の4,48の3),これらについて,その立証はないし,1日に3,4回利用した日もある(甲48の3)ので,これらのすべてを損害と認めることはできない。
また,その請求には,自動車(自家用車と考えられる。)を利用して公共交通料金に換算したり,駐車料や高速代を含めたりしているものもあるので,証拠(甲24,46の1,4ないし6,甲47の1,4,5,甲49の1ないし3,甲50の1,4ないし6,甲48の4,甲51の1,3,甲52の1,3,甲56の1,2)上の合計額である32万7110円(因果関係を認めなかったr鍼灸院分800円(甲51の1,3),s治療院分3920円(甲54の1,3)を除く。)のうち,16万円の範囲で認めることとする。
((4) 文書料
証拠(甲57の1ないし4)によれば,被控訴人は,2万8400円の文書料を要したことが認められ,その全額について,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
(5) 休業損害
ア 証拠(甲8,原審での被控訴人)によると,被控訴人(生年月日省略)は,大学を卒業して平成10年4月から半年ほど就労したが,母親の介護をするため,仕事を辞め,それからは,自宅で一日中母親の面倒を見ながら家事に従事する生活を続けていたこと,本件事故により,被控訴人は,母親の世話がほとんどできなくなったこと,母親は平成15年4月2日に死亡したこと,被控訴人はその後も就職していないこと,以上の事実が認められる。
イ 上記のとおり,被控訴人は,本件事故に遭うまでの間,母親の介護をしながら家事労働に従事していたのであり,以前は就職していたことでもあるから,母親が死亡してその介護から解放されるならば,改めて就労する意思と能力はあったものであって,上記休業期間においても就労する蓋然性はあったものということができる。しかるに,本件事故を機に,それが不可能になったというのであるから,その間の休業損害が発生していることになる。
ところで,被控訴人は,上記事実によると,母親の生存中は,本件事故により,母親の介護など家事労働の労働能力の50%の制約があったと考えるべきであり,その後の期間は昨今の就職事情から短期間に適当な就職先が確保できたかは疑問もあるので,その期間の休業損害については,平均賃金の70%の範囲で,これを損害と認めるのが相当である。その計算の基礎に,平成15年の賃金センサス女子労働者全年齢平均の年間賃金額である349万0300円を用いて算出すると,平成15年2月9日から母親が死亡した同年4月2日までの53日分が25万3405円(円未満切り捨て,以下同じ),その後の分が356万1061円(1年と167日分)で,合計381万4466円となる。
(6) 傷害慰謝料
本件事故の状況及びそれによる衝撃の程度,被控訴人の受傷の内容及び上記入通院日数,その他本件に現われた諸事情を勘案すると,本件における慰謝料は150万円とするのが相当である。
(7) ところで,控訴人らは,被控訴人の症状の異常な長期化は,心因的要素が影響していると主張する。確かに,上記1(2)のとおり本件事故は軽微なものであり,被控訴人の受けた衝撃も強度であったとは考えられないことからすると,被控訴人の頚椎捻挫の症状が長期化した背景には,被控訴人の心因的要素があると考えざるを得ない。そうであれば,損害の公平負担の観点からして,民法722条を類推して,その損害のうち治療費と文書料を除いた額の5割を減ずるべきである。そうすると,106万7341円+2万8400円+(14万4000円+16万円+381万4466円+150万円)×0.5=390万4974円が損害となる。
(8) 弁護士費用については,本件訴訟の経緯や認容額を考慮して40万円とするのが相当である。
(9) 以上によると,被控訴人の損害として認められるのは,合計430万4974円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金である。
3 ところで,被控訴人は,訴状においては392万3272円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成15年10月10日)からの遅延損害金を請求していたが,その後,請求を拡張したことに伴い,同拡張分についてはその旨の準備書面を原審口頭弁論期日で陳述した日の翌日(平成16年9月29日)から請求していたものである。したがって,上記認容額のうち392万3272円に対しては平成15年10月10日から,その余の38万1702円に対しては平成16年9月29日から,各支払済みまでの遅延損害金を支払うべきものである。
そうすると,上記結論と異なる原判決は変更を免れない。その限度で本件控訴は一部理由があるが,本件附帯控訴は理由がないから棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西理 裁判官 有吉一郎 裁判官 吉岡茂之)