○脳脊髄液減少症と交通事故との関係については、平成21年3月現在では、脳脊髄液減少症提唱者の篠永説が学会において劣勢に立たされているように見え、その結果裁判所における判断も劣勢に立たされているようにも見えます。
日弁連交通事故相談センター東京支部発行いわゆる赤い本2009年版下巻講演録編3頁にも東京地裁民事第27部総括裁判官八木一洋氏が次のように述べています。
もう一つは,傷害又は後遺障害の内容や程度の認定・評価の基準がいまだ整備されるに至っていない事案であり、近時話題にされることが多い低髄液圧症候群あるいは脳脊髄液減少症と呼ばれる疾病に関するものの,その例として挙げ得るものと考えます。この種の事案においては,医学上の知見の最新動向が,訴訟における議論の対象とされ,慎重な審理判断が必要とされるところです。
○要は交通事故被害者の現在の症状と交通事故による傷害との因果関係の問題ですが、現在の症状について交通事故による傷害との発生機序を、脳脊髄液減少症或いは低髄液圧症候群との診断名でを説明するのが合理的か、単なる頸椎捻挫として説明するのが合理的かと言う問題です。現在の判例状況は、脳脊髄液減少症と言う説明では却って不利になるようにも見えるところが,残念なところです。
○この脳脊髄液減少症で交通事故被害者の症状発生機序が説明できると初めて認定されたのは平成17年2月22日福岡地裁行橋支部の岡口判決です。これが平成19年2月23日福岡高裁で覆されたとして脳脊髄液減少症に疑義を呈する側では喝采していますが、その両判決の内容を私なりに勉強して行きたいと思っております。
○先ず平成17年2月22日福岡地裁行橋支部判決から紹介します。
事案は次の通りです。
交差点で信号待ちをしていたX運転車両が,後に停車しその後動き出したY運転車両に追突され、この事故によるXの傷害について当初頚椎捻挫等と診断されて治療を受けていたが,はかばかしくなく,その後紹介された医師に診察してもらった結果,その症状の原因は,脊椎髄液漏(低髄液圧症候群,又は髄液減少症)であることが判明し,事故によって脊椎髄液漏の傷害を負ったして損害賠償請求をした。
髄液漏については,従来,髄液が漏出して減少することで,脳が沈下して頭蓋内の感受組織が下方に牽引されて生じる頭痛を特徴とするので,起立性頭痛を最も特徴的な症状とし,画像診断,髄液圧が一定の数量より低いこと,硬膜外血液パッチによる症状の改善が図られることなどを診断基準としていたが、髄液圧は正常であったり,典型症状の出ない症例があったりするため,それだけでは説明できないとして,その症状を広くとらえようとする篠永説が登場し、地裁判決は,Xには事故前に髄液漏等の症状はなく,他に原因となる事実がないこと,髄液漏は軽微な衝撃でも生じ得,時期が遅れても発症すること,Xの担当医2名が因果関係を認めていることなどから,本件事故により髄液漏等の傷害を負ったことを認め,465万円の損害を認定。
この判決は、判例時報、判例タイムズには掲載されていませんので、その全文を以下に紹介します。
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福岡地裁行橋支部 平成17年2月22日判決
事件番号 平成15年(ワ)第104号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集38巻1号258頁
判 決
原告 甲野太郎
訴訟代理人弁護士 高木健康
被告 乙山次郎
被告 乙山三郎
被告代理人弁護士 塘岡琢磨
【主 文】
1 被告らは、原告に対し、各自、465万4338円及び内392万3272円に対する平成15年10月10日から、内73万1066円に対する平成16年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを9分し、その5を原告の、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第1 請求
被告らは、原告に対し、各自、1040万7441円及び内392万3272円に対する平成15年10月10日から、内648万4169円に対する平成16年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、下記交通事故により、人的損害を被ったとして、被告らに対し、その賠償を求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 平成15年2月8日、福岡県京都郡<地番略>において、原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)が停車しているところに、被告乙(以下「被告乙」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)が追突した(以下「本件事故」という)。
(2) 被告丙は、被告車両の保有者である。
(3) 原告は、同月10日から現在に至るまで、T病院等で治療を継続しているが、低髄液圧症候群、外傷性脊椎髄液漏などと診断されている。
2 争点
(1) 本件事故と原告の傷病との因果関係
(原告の主張)
原告の傷病は、本件事故により、発生したものである。
(被告らの主張)
本件事故における追突は極めて軽微なものであり、また、原告は、本件事故によって「外傷」を受けてないことから、本件事故により原告に上記の傷病が発症することはありえない。
低髄液圧症候群の最も特徴的な症状は、起立性頭痛であるが、原告には、この症状が見られない。また、低髄液圧症候群や脊椎髄液漏は、日常生活上の外力でも発症するものであり、本件事故により発症したとは限らない。
(2) 損害の発症及び額
(原告の主張)
原告は、本件事故により、以下の損害を被った。
ア 治療費 109万5,341円
イ 入院雑費 14万4,000円
ウ 通院交通費 33万3,060円
エ 文書料 2万8,400円
オ 休業損害 560万6,640円
原告は、本件事故の前、母親の看病をしていたものである。
カ 傷害慰謝料 230万円
キ 弁護士費用 90万円
(被告らの主張)
損害の発生及び額は争う。