婚約中から婚姻後まで継続不貞行為配偶者への損害賠償を認めた判例紹介
○原告前妻が、婚姻直後、被告前夫が婚約中から婚姻成立後も他の特定の女性との間で男女関係を継続していたことを知ってしまったことから協議離婚を余儀なくされたことについて、婚約当事者の負うべき守操義務に違反するとして、不法行為に基づき約960万円の損害賠償を求めたました。
○この事案について、原告と被告はそれぞれ婚約相手と異なる人物と性的関係を持たないという守操義務を負っており、原告の被告に対する信頼を被告が裏切ったことは明らかであり、原告が被告の不貞の事実を婚約中に知ったのであれば、被告との婚約を破棄し、結婚式を挙げることはせず、新婚生活を送るために準備もしなかったであろうことから、原告は、婚約中の被告の不貞を理由にして、不法行為に基づき、損害賠償を求めることができるとして、被告に対し約358万円の支払を命じた平成25年2月14日佐賀地裁判決(判時2182号119頁)を紹介します。
○慰謝料のみでは300万円の請求に対し200万円を認め、その他引っ越し費用約130万円、結婚式費用約88万円が認められましたが、結納金が控除され、弁護士費用が40万円認められています。
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主 文
一 被告は、原告に対し、357万7624円及びこれに対する平成24年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、960万0024円及びこれに対する平成24年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 第一項につき仮執行宣言
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、婚姻直後、前夫である被告において婚約中から婚姻成立後も他の特定の女性との間で男女関係を継続していたことを知ってしまったことから、被告の背信行為により婚姻成立後わずか約1か月で婚姻関係を継続することが不可能となって協議離婚を余儀なくされたことについて、婚約当事者の負うべき守操義務に違反するとして、不法行為に基づき、被告に対し、婚姻前に被告の上記行為を知っていれば挙行することのなかった結婚式費用196万2210円、準備することもなかった新婚生活のために家具・電化製品の購入にかかる費用・新居への引越費用のうち168万7814円、慰謝料500万円及び弁護士費用95万円の損害合計960万0024円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成24年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提事実(当事者間に争いのない事実)
(中略)
第三 当裁判所の判断
一 前記前提事実並びに《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(1)原告(昭和63年生)は、歯科医院に勤務していたが、平成19年夏、印刷会社に勤務していた被告(昭和59年生)と知り合い、被告から結婚を考えているから真剣に付き合ってほしいと言われ、結婚を意識しながら被告との交際を続け、平成21年12月には、被告の実家で、被告から「何でも話し合える夫婦になろう。絶対嘘はつかない家庭にしよう。一生大事にする。」との原告に宛てた手紙を被告の実家で読んでもらい、被告から結婚の申し込みを受けたものと受け取った。その後、原告は、被告との間で、結婚式のことや、将来のこと、子供のこと、家族のことなどを話し合った。
(2)被告は、平成22年始めころ、原告の実家を訪れ、原告とその両親の面前で「結婚させてください」と原告との婚姻を申し入れ、さらに、同年7月にも、原告の実家を訪れ、原告とその両親の面前で、「結婚させて下さい。」「一生大事にします。」と原告との婚姻を申入れ、原告の両親から婚姻の承諾を得た。
(3)原告と被告は、平成22年夏ころから、結婚式場を探し、同年8月29日には佐賀市内の結婚式場を予約し、式場の予約金5万円を折半して式場に支払った。原告と被告は、式場の予約後、それぞれ勤務しながら結婚式の準備をしたが、平成23年2月には、双方の両親と共に、佐賀市内の料理店において、結婚に向けた話し合いを持った。
(4)原告と被告は、同年4月、原告の婚約指輪と二人の結婚指輪を購入した。
(5)被告は、同年5月22日、結納をし、結納セット等を購入して原告の実家に持参し、結納金100万円を原告の両親に手渡した。
(6)原告と被告は、結婚後の新居も探し、被告の実家に近いアパートを新居に決めた(アパートの契約費用は被告が負担した。)。原告は、新居が職場から遠いこともあって、同年6月には職場を退職した。
(7)原告と被告はそれぞれ結婚式や新婚生活の準備をした。原告は、別紙「結婚費用一覧」のとおり家具・電化製品等を購入し、実家から新居へ引越をした。
(8)原告と被告は、同年7月7日に婚姻届をし、同月24日には100名を超える招待客を迎えて結婚式を挙行し、同月26日から同月29日にかけて新婚旅行に出かけた。なお、新婚旅行費用は被告において負担した。
(9)原告は、新婚旅行から戻り新婚生活を送っていたが、同年8月22日、被告が仕事に出かけた後、被告が置き忘れていった被告の携帯電話を見たところ、別紙「女性とのメール内容」記載のメールを含む、被告とある女性との間で交わされた多数のメール(その内容は、大半は被告が当該女性をホテルに誘うなど会うことを目的とするものであり、同年6月17日以前のもの、同年8月19日以降のもの、この間の期間のものなど上記別紙のメール以外のものも多くあり、上記別紙のメールは原告において見たメールのうちの携帯電話で写したものにすぎない。)を発見し、この女性との間のメールのほか、被告が別のサイトで女性になりすまして他の女性とメールのやりとりをしたり、さらに、メールは消えているものの履歴だけが残っているものも見つけた。原告は、これらのメールを発見したものの、そのメールの内容は余りにも酷くて読むに耐えず、被告から裏切られたと思い、惨めで悲しくて涙が止まらなかった。
(10)原告は、前同日、被告の帰宅を待ち、被告に事実関係を確認すると、被告は別紙「女性とのメール内容」のメールをやりとりしていた女性と性的関係のあったことを認めた。原告は、被告が不貞行為について反省するような態度を示さなかったので、不貞の事実を確認すると、その場で、新居を出て、車で熊本に住む兄夫婦方に赴き、上記事情を話した。
(11)原告は、以後、被告の住む新居で生活することはなく、事実関係を知らない両親に心配させないようにするため、熊本の兄夫婦方と実家を往復する生活を送り、ガソリン代、ビジネスホテル宿泊代、高速道路料金等の費用については被告から生活費のために渡されていた被告名義の預金通帳から金員を引き出して遣ったが、この引き出しについては被告の了解は得ていなかった。原告が同年8月28日から同年10月28日までの計五回にわたり引き出した金額は、合計48万2000円であった。
(12)原告は、前記のとおり、結婚式後わずか一か月で、被告の不貞が発覚し、被告に裏切られたことを知り、強い精神的衝撃から体調を崩し、全身に蕁麻疹が広がり、不眠状態が継続したため、同年9月12日に病院を受診したところ、精神的なストレスが誘因であるとの診断を受け、治療を受けている。
(13)原告は、被告の背信行為を知り、被告との婚姻生活を継続することは不可能と判断し、被告に離婚届出用紙を送付したところ、被告がこれに応じたため、同年11月11日、被告との協議離婚が成立した。
(14)原告は、同年11月7日、被告から前記家具等の引き取りを求められたため、これを実家で預かってもらった後、これらについては被告との交際や結婚生活を思い出し嫌悪感を抱いてしまうので将来において使用することはとてもできなかったため、上記家具等を一括して引き取ってくれる業者等を探し、平成24年2月12日、最も高値で買い取ってくれた業者に50万円で売却した。
二 婚約の成立時期について
婚約は、原告と被告との間に将来結婚しようという合意があれば成立し、その成立要件として結納や婚約指輪の交換などの儀式までは必要でないと解すべきところ、前記一で認定した事実によれば、被告が原告の両親に対し原告との結婚の承認を得た後の平成22年8月29日には、原告と被告は結婚式場の予約をしたのであるから、この時点で、原告と被告との間で将来結婚しようとの合意が客観的・外部的にも明確になったということができる。
そうすると、原告と被告との間の婚約は、遅くとも平成22年8月29日には成立したとみることが相当である。
三 被告の原告以外の女性との性的関係について
前記一の認定事実によれば、被告は、婚約成立後の平成23年6月17日から同月21日にかけて、松子という名前の女性に対し、性的関係を持つことを執拗に誘っていることが認められ、別紙「女性とのメール内容」のメールのやり取りの内容によれば、被告と当該女性との間に、このメールのやり取り時期よりも前に性的関係があること、しかも、性的関係を持った回数は、被告の自認する平成23年5月上旬の一回に止まらず、相当な回数であることが十分推認される。そうすると、被告は、原告との婚約成立後に当該女性との間で相当な回数の性的関係を持ったことが認められる。
四 被告の不法行為による損害について
原告と被告は、婚約が成立したのであるから、正当な理由のない限り、将来結婚するという合意を誠実に履行すべき義務を負っているから、それぞれ婚約相手と異なる人物と性的関係を持たないという守操義務を負っていたというべきところ、被告は婚約成立後、松子という名前の女性と性的関係を持ち、しかも、結納後も、当該女性に対し執拗に性的関係を持つことを執拗に求めていたのであるから、婚約相手である原告の被告に対する信頼を裏切ったことは明らかである。原告が、被告の不貞の事実を婚約中に知ったのであれば、被告との婚約を破棄し、結婚式を挙げることはせず、新婚生活を送るために準備もしなかったであろうこと、さらに、被告の不貞により多大な精神的苦痛を被るであろうことは当然に予測し得たというべきである。
そうすると、原告は、婚約中の被告の不貞を理由にして、不法行為に基づき、相当因果関係にある損害として、次の損害の賠償を求めることができるというべきである。
(1)新婚生活のために購入した家具・電化製品、新居への引越費用 129万5414円
新婚生活を送るために必要な家具・電化製品等を婚約者がそれぞれの収入や財産に応じて準備することは通常一般に行われているところであり、また、新居への引越も通常行われているところ、《証拠略》によれば、原告は被告との新婚生活のために、別紙「結婚費用一覧」のとおり、家具と電化製品を購入し(被告が購入した品物は、新婚家庭用としては同種の品物と比較して特別高価な物とは窺われない。)、また、実家から新居への引っ越し、これらの購入費用及び引越費用として合計218万7814円を支出したことが認められる。他方、弁論の全趣旨によれば、原告は、冷蔵庫、エアコン、炊飯器、掃除機、羽毛布団の五点(購入金額39万2400円)については、自ら貰った祝儀から購入費用を負担したことが認められる。原告は、被告と結婚しなければ祝儀を貰うことはなかったのであるから、上記祝儀金額は損益相殺として損害から控除すべきである。
そして、《証拠略》によれば、原告は、被告から引き取りを要求された、離婚により不必要となった上記家具・電化製品の保管に困り、これらを50万円(この金額で売却したことはやむを得ないとみられる。)で処分したことが認められる。
以上によれば、原告は、離婚により不必要になった家具・電化製品の購入と新居への引越にかかる損害については、218万7814円から祝儀による購入分39万2400円と上記処分金額50万円を控除した129万5414円を損害として賠償を求めることができる。
(2)結婚式費用 88万2210円
弁論の全趣旨によれば、原告は結婚式の費用として、ドレス代として88万2210円、吹奏楽団謝礼金として10万円、招待客の車代として3万円を支出したこと、原告は上記吹奏楽団謝礼金と招待客の車代は自らが招待客から贈与された祝儀から支払ったこと、さらに、原告は招待客から贈与された祝儀95万円を被告の求めに応じて被告に渡したことが認められる。原告は、被告の不貞を知っていたら挙げることのなかった結婚式のためにドレス代を支出する一方で、結婚式を挙げなかったら贈与されなかったであろう祝儀を招待客から贈与されており、損益相殺の見地に照らし、上記祝儀は原告の主張する損害から控除すべきである。
以上によれば、原告は、被告に対し、結婚式に要した費用については、ドレス代88万2210円を損害として賠償することができる。
(3)慰謝料 200万円
《証拠略》によれば、原告は、3年以上に及ぶ交際期間を経て、多くの招待客の祝福を受けて希望に満ちあふれた結婚生活に入った直後、被告が婚約成立後に別の女性と性的関係を持ち,結婚後もその女性を誘っているという重大な背信行為を知って驚愕し、被告に裏切られたことによる屈辱と絶望のどん底に陥り、そのため体調を崩し、精神的ストレスにより全身に蕁麻疹が広がり、継続した不眠状態となり医師の治療が必要とするまでになったものであり、被告の不貞行為により原告が被った精神的苦痛は多大であるということができる。
原告のこの精神的苦痛を慰謝するには、原告と被告との婚約期間、被告の背信行為の重大性、原告の被った精神的苦痛の大きさなど本件に現れた諸般の事情を総合勘案すれば、原告が被告に対し請求し得る慰謝料額は200万円を下らないというべきである。
(4)以上(1)ないし(3)の合計 417万7624円
(5)結納金等の控除
ア 被告は、前記のとおり結納金として100万円を原告に贈与しているところ、結納金は将来の結婚を前提として贈与するものであるから、損益相殺の見地に照らし、結納金100万円は損害から控除すべきである。なお、結納金は、婚姻の成立を確証し、婚姻が成立した場合の当事者及び当事者の家族の信愛を厚くするという目的でなされる贈与であると解されるが、本件のように、婚姻成立後わずか約1か月で婚姻関係が破綻していることや、原告において婚姻が成立しなかったことを前提とする損害の賠償を求めていることに照らし、結納金は損害から控除するのが相当である。
イ 被告は、原告が被告名義の通帳から引き出した48万2000円をもって原告と被告との夫婦間の財産的清算は終了していると主張しているが、被告の不貞行為を知って精神的に混乱した原告がいわば原告の兄に救いを求めるために実家と熊本に住む兄方宅を往復することなどに支出した必要費用であり、被告の不貞行為に起因する損害といえるものである。そうすると、この通帳から引き出した金員を原告の請求する損害から控除するのは相当でない。
(6)(4)から(5)を控除した金額 317万7624円
(7)弁護士費用 40万円
本件の事案の内容、請求額、認容額、審理の経緯など本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は40万円が相当である。
(8)以上損害合計 357万7624円
五 まとめ
以上によれば、原告の本件請求は、357万7624円及びこれに対する平成24年5月30日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。
六 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 川野雅樹)
別紙 結婚費用一覧《略》
別紙 女性とのメール内容《略》