ハーグ条約実施法により常居所地国(米国)への返還を命じた家裁決定紹介1
○ハーグ条約実施法28条1項4号及び5号の返還拒否事由の主張を排斥し,子の常居所地国(アメリカ合衆国)への返還を命じた平成27年2月27日決定(判タ1450号113頁)全文を2回に分けて紹介します。
*********************************************
主 文
1 相手方は,子B,子D,子E及び子Fをアメリカ合衆国に返還せよ。
2 手続費用は各自の負担とする。
理 由
第1 申立ての趣旨
主文第1項と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,子B〈中略〉,子D〈中略〉という。),子E〈中略〉及び子F〈中略〉といい,上記4名の子らを併せて「本件子ら」という。)の母である申立人が,本件子らの父である相手方に対し,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「法」という。)に基づき,本件子らのアメリカ合衆国への返還を求めた事案である。
2 前提事実
本件記録によれば,以下の事実が認められる(以下の資料の引用については,枝番のあるものは枝番を含む。)。
(1)当事者等
申立人及び相手方は,いずれも日本国籍を有する者であり,平成13年*月*日,アメリカ合衆国○○州の方式により婚姻し,同州における婚姻生活中,両名の間に申立外G(平成13年*月*日生。),B(平成15年*月*日生),D(平成18年*月*日生),E(平成20年*月*日生)及びF(平成22年*月*日生)が生まれた。
申立人,相手方,G及び本件子らは,婚姻後,平成26年*月下旬頃まで,○○州に居住しており,同時点で,B,D及びEは同州の小学校に,Fは同州の保育園に在籍していた。
(2)本件子らの連れ去りに至る経緯等
ア 申立人は,平成21年以降,相手方に対する接近禁止命令を複数回申し立てており,平成23年*月には相手方と別居するに至った。
申立人は,平成24年*月*日,○○州○○郡巡回裁判所(以下,単に「裁判所」という。)に相手方に対する3回目の接近禁止命令を申し立て,裁判所は,G及び本件子らについて,申立人に暫定的監護権を付与する旨の接近禁止命令(以下「本件接近禁止命令」という。)を発令した(甲7)。
なお,本件接近禁止命令に係る暫定的監護権の内容は,相手方の養育時間を除き,申立人がG及び本件子らを監護するというものであり,相手方の養育時間については,当初は監督付き養育時間が付与されたが,後に,裁判所の平成25年*月*日付け修正命令により,G及び本件子ら全員について,毎週水曜日の放課後から午後8時までの養育時間,Fを除く4名の子について,金曜日の放課後から日曜日の午後8時までの宿泊を伴う養育時間が付与されている(甲8)。
イ 申立人は,平成26年*月*日(金曜日)開始に係る相手方の養育時間に関し,相手方がG及び本件子らと宿泊付きの面会を行うことを了承した。そこで,相手方は,本件子らと,宿泊を伴う養育時間に係る面会を開始した(なお,Gはこの時の面会に行かなかった。)。
相手方は,週明けの同月*日(月曜日)午後2時に,申立人に本件子らを返すことになっていたが,同時刻になっても所定の場所に現れず,この頃,本件子らを伴い,カナダを経由して日本に入国し(以下「本件連れ去り」という。),現在まで本件子らと共に日本国内に居住している。
なお,アメリカ合衆国は,本件連れ去りの時点において,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の締約国である。
ウ 本件連れ去りの前である平成26年*月*日,申立人の提起していた裁判所の離婚裁判の手続において,申立人に本件子らの単独監護権を認めた上で離婚する旨の和解が成立していたが,本件連れ去り後の平成26年*月*日,裁判所は離婚判決をし,同判決において申立人に本件子らの単独監護権を認めた。
3 争点
上記前提事実によれば,法27条に定める子の返還事由である,本件子ら(いずれも16歳未満である。)の常居所地国がアメリカ合衆国であること,同国の法令によれば本件連れ去りが申立人の監護権を侵害するものであること,本件子らが日本国内に所在していることはいずれも認められる。
本件の争点は,次のとおり,法28条の返還拒否事由の有無である。
(1)重大な危険(法28条1項4号)
(相手方の主張)
ア 本件連れ去りに至るまでの間,〔1〕申立人が本件子らに暴行を加える,〔2〕Gが本件子らに暴行を加えることがあるのに,申立人が適切な対応をとらない,〔3〕申立人が,本件子らに対し,日本語を使わせない,嘘をつくことを強制する,相手方が虐待者である旨告げるなど心理的虐待を加える,〔4〕FやBの皮膚疾患の治療を怠る,本件子らを自動車内に残したまま買い物をするなどのネグレクト(育児放棄)に及ぶ,〔5〕危険な運転行為をする,G及びBを恫喝する,申立人の同居人や友人が本件子らに暴行を加えたことについて対応を怠るなどの事情があり,これらに照らすと,常居所地国において本件子らが申立人から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれ(法28条2項1号)がある。
イ 申立人は,アメリカ合衆国に滞在するための有効なビザを所持しておらず,今後もビザを取得できるか疑わしい。このように,申立人がアメリカ合衆国に滞在できないおそれがあるから,申立人が同国において本件子らを監護することが困難な事情(法28条2項3号)があるといえる。
ウ これらを考慮すると,本件子らを返還することによって,その心身に害悪を及ぼすことその他本件子らを耐え難い状況に置くこととなる重大な危険(法28条1項4号)があるといえる。
(申立人の主張)
ア 申立人が本件子らに身体的暴行や虐待を加えたなどの事実はなく,その多くは日常的なきょうだいげんか等によるものであるし,申立人は,子らのけんかや皮膚の疾患等にも適宜の対応をしていた。なお,子らの生活状況については,DHS(Department of Human Services。○○州の機関であり,家庭内暴力や虐待等の報告を受けた場合,DHS所属のケースワーカーが,裁判所等他の機関と連携をとりつつ,家族の生活状況の調査,評価,虐待等の問題に対する対応及び関係機関に対する報告を行う。)の調査を経ているが,申立人の虐待は認定されていない。
また,本件子らが返還された後も,アメリカ合衆国においては,DHS,警察,裁判所等の関与によって,本件子らの保護が図られる体制が整っている。
イ 申立人は,現在Uビザ(アメリカ合衆国内における家庭内暴力に係る犯罪被害等について,その捜査や起訴に協力する者及びその家族に対して発行されるビザ(乙15,16))を申請しており,これが承認される見込みである。また,Uビザの申請に係る審査結果が出るまでは,申立人がアメリカ合衆国外に退去させられることはない。
ウ したがって,法28条1項4号の返還拒否事由は認められない。
(2)子の異議(法28条1項5号)及び裁量による返還(法28条1項ただし書)
(相手方の主張)
本件子らは,いずれも常居所地国に返還されることを拒んでいるから,法28条1項5号の返還拒否事由があるといえる。なお,E及びFについて,年齢及び発達の程度から,それらの子の意見が尊重されないとしても,きょうだいを引き離すことは,法28条1項4号に該当する。
(申立人の主張)
少なくとも,E及びFについては,その意見を考慮すべき成熟度が認められない。B及びDについても,相手方が,本件連れ去り以降,申立人と本件子らとの接触を一切拒否しているとの事情に照らすと,その意見は,相手方の一方的な影響を受けたものであるといえるから,考慮すべきではない。
仮に,B及びDにつき,法28条1項5号の返還拒否事由が認められるとしても,相手方が申立人及び本件子らに暴力や虐待を行ってきていることや,現在,申立人が本件子らの単独親権者に指定されていることなどの事情に照らすと,アメリカ合衆国にB及びDを返還することが子の利益に資すると認められるから,裁判所の裁量により両名は同国に返還されるべきである。
第3 争点に対する判断
1 重大な危険について
(1)本件記録及び上記認定事実によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件子らの連れ去りに至る経緯等
(ア)申立人は,平成21年*月頃,相手方からの虐待等を理由として,裁判所に,相手方に対する接近禁止命令を申し立て,同命令を得た(甲28,48)。
なお,○○州における接近禁止命令とは,相手方が申立人に接触することなどを禁止する旨の裁判所の命令であり,申立人が提出する申請書や裁判官による申立人との質疑応答により,相手方の虐待等の事実が認められることが発令の要件とされている。また,相手方は,命令に異議がある場合には,裁判所に対し,ヒアリングの手続を求めることができ,ヒアリングが求められた場合には,裁判官が申立人及び相手方双方の証言を聞いた上で,接近禁止命令の要件を満たすかを判断することとなる(甲28)。
申立人は,平成21年*月頃,相手方に対する接近禁止命令の申立てを取り下げた。
(イ)申立人は,平成23年*月中旬頃,DHSに対し,相手方に対する身体的虐待について報告したことから,DHSが申立人らの生活状況について調査を開始した。
この頃,相手方は,DHSの保護措置により,自宅を出て申立人及び子らと別居するようになった。
なお,この頃の調査に係るDHSの報告書(甲24)には,DHSのケースワーカーが申立人,相手方及び子らから監護に係る事実関係や意見を聴取した内容や,それらの調査に基づき,相手方の申立人や子らに対する身体的虐待や家庭内暴力が認められたことなどが記載されている。
また,同月,申立人は,裁判所に相手方に対する接近禁止命令(2回目)を申し立て,同命令を得た(甲28)。
平成24年*月頃,DHSは,裁判所に対し,子らの監護が適切でないとして裁判所の管轄下に移す旨の申立てをした(甲15)。この申立てを受けて,裁判所の委託を受けたDHSが,申立人や子らに対する生活状況の調査等を行い,その結果を裁判所少年部へ報告するようになった(甲15,47)。なお,裁判所少年部が子らの監護に関与する状況は,平成25年*月頃まで継続した(乙48)。
平成24年*月頃,DHSは,相手方が申立人や子らに対し虐待を加えまたは加えるおそれがある旨の調査結果をまとめ,申立人に報告している(甲16)。
同年*月頃,申立人は,相手方に対する接近禁止命令の申立て(2回目)を取り下げた(甲47)。
(ウ)同年*月頃,申立人と相手方が自宅において口論になるなどし,警察やDHSが介入する事態となった。こうした事態を受けて,申立人は,同月*日,本件接近禁止命令の申立てを行い,同命令が発令された。
相手方は,本件接近禁止命令に対して,裁判所にヒアリングの手続を求め,裁判官に対して意見を述べるなどした。なお,この頃,相手方も,申立人に対する接近禁止命令の申立てをし,申立人の子らに対する暴力があった旨主張したが,同申立ては裁判所により却下されている(甲28,47)。
以後,相手方は,基本的には裁判所が定めた養育時間に沿って,申立人と連絡を取りながら,子らとの面会交流を継続した。なお,Gは,遅くとも平成25年*月頃,相手方との面会に行かなくなり,以降,相手方とGとの面会は,ほぼ行われていない(甲19,相手方本人)。
(エ)同年*月頃,申立人は,裁判所に対し,相手方との離婚を求める裁判を提起した。
離婚裁判の手続においては,申立人,相手方の各代理人弁護士の間で,裁判所少年部での手続において収集された資料等の開示を踏まえて協議がされた。
相手方は,離婚裁判手続の当初は,子らの監護権を主張する意向を有していたが,相手方の代理人であったH弁護士の助言もあり,子らの監護権者を申立人とすることに同意しつつ,子らとの面会交流を充実させるとの方針を有するに至った。そして,申立人と相手方は,平成26年*月*日,同離婚裁判の手続において,申立人が子らの単独監護権者となり,相手方は,宿泊を含む子らとの面会交流(養育時間)ができるという条件で離婚する旨の和解をした。
なお,和解後も,申立人と相手方の代理人間で,養育時間に係る細則や金銭面に係る離婚条件についての協議が継続していた(乙49)。
(オ)
a 相手方は,平成26年*月頃以降,DHSに対し,DHSが子らに対する虐待について適切な対応をしていない,DHSの対応が差別的であるなどと苦情を申し立てる,申立人の滞在資格について調査すべきである旨上申する,DHSの相手方に対する連絡や調査に関し通訳を要求するなどした(甲50)。
これを受けて,DHSは,申立人,相手方及び子らとの面談等により子らの生活状況を確認する,相手方との面談等の際に通訳を同席させるなどの対応をした(甲50)。
また,相手方は,同年*月*日頃,DHSの担当者に対し,Gが本件子らを虐待していること,申立人のGに対するネグレクトがあることなど複数の事情を挙げ,本件子らの監護状況に係る問題について調査を求める旨のメールを送信した(乙53)。なお,相手方は,これに対する回答を得ないまま本件連れ去りに及んでおり,それまでの間,DHSに回答を催促したり,調査状況を問合せたりはしていない(相手方本人)。
b 相手方は,平成26年*月頃,離婚裁判においてG及び本件子らの監護権を得たいと考えるようになり,上記H弁護士に,申立人の滞在資格について確認した上で,相手方が離婚訴訟において監護権を得るための手続をするよう依頼した。同弁護士は,相手方に対し,申立人の滞在資格に関する情報を得ることが困難であることや接近禁止命令されているなどの事情を踏まえ,そうした手続は控えた方が良い旨回答した(乙50,54)。
その後,相手方とH弁護士の関係は次第に悪化し,相手方がH弁護士を介さずに直接裁判所に連絡をすることもあった(乙51)。
c 裁判所は,平成26年*月*日,上記(エ)の和解に基づき,申立人と相手方との離婚を認めるとともに,申立人に対し,子らの単独監護権を与える旨の判決をした(甲9)。同判決は,子らの養育計画に関し,相手方に子らとの宿泊を伴う養育時間を付与するとともに,養育時間に関する雑則や子らの監護に係る申立人及び相手方の権限等についても定めるものであった。
(カ)申立人は,平成26年*月*日,本件の申立てをした。
本件申立て後,申立人は,本件子らとのスカイプの方法による面会を求め,代理人を介するなどして相手方と協議したが,相手方は本件子らの意向に反するなどとしてこれに応じず,結局,本件連れ去り後,現在に至るまで,申立人と本件子らとの間では,何ら交流がない状況にある。
イ 子らの監護状況等
(ア)申立人の監護状況等
a 平成24年*月頃,申立人は,DとEを自宅に残したまま,自動車を運転して,バス停まで他の子を迎えにいくことがあった。この件は,申立人の弁護士によりDHSに報告され,DHSにより申立人のネグレクトと評価された。
こうした事情を踏まえ,DHSは,同年*月,裁判所少年部の手続において,申立人のネグレクトを追加した内容の修正申立書を提出し(甲47),同年*月付けの報告書に,申立人に子らに対するネグレクトのおそれがある旨記載した(乙43)。
b 平成24年*月頃,申立人は,自動車を駐車する際,他の自動車と接触する事故を起こしたが,そのまま現場を立ち去った(甲47)。この事故は,後に民事的に処理された。
c 平成24年*月頃,当時申立人と同居していたI氏が,申立人不在の折,Gの首をつねることがあり,Gの首に指先大の傷を負わせた(乙36,37)。この傷を見た相手方がDHSに通報したところ,申立人もDHSからの指摘で事情を把握するに至り,程なくしてI氏を自宅から退去させた(甲42,47)。
(イ)平成24年*月ないし*月頃撮影の写真によれば,Gの足(乙17),Eの額(乙18)及びFの額(乙19,20,21)について,若干肌の一部が変色している状態が認められ,また,Fの背中に痣様のもの(乙23)が生じている。
これらの写真に係る子の状況については,相手方がDHSに報告し,DHSによる調査がされたが,原因は明らかになっておらず(相手方本人),また,本件全資料によっても,上記傷が相手方の主張するような申立人の行為によって生じたとは認められない。
(ウ)平成24年*月頃撮影の写真(乙29)によれば,Fの膝裏に肌荒れがあり,平成26年*月から*月頃撮影の写真(乙33,34,35)によれば,Bの腕や足に湿疹が生じており,Bは,腕や足に包帯様の布を巻くなどしている。
申立人は,こうした肌の疾患について,医師の診察を受けさせる,処方された薬を塗布するなどの対応をしていた(甲42)。