不貞行為継続を勧めた妻の間女に対する慰謝料請求が棄却された判例紹介
○不貞行為第三者への損害賠償請求が棄却された判例を探しています。棄却された例で珍しい事案の判例がありました。平成26年11月28日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)で、事案等は以下の通りです。
○被告が原告夫Aと肉体関係を持ったことで婚姻生活が破壊されたとして慰謝料請求をした事案で、原告は、被告とAとの不貞を知って間もなく、Aとの結婚継続を選択した上で、被告との交際によりAが柔和になったこと等を理由として、被告がAと私的交際を継続することを望み、被告に対し、執拗にAとの交際の継続を要求していました。
○妻が、夫の愛人に対し、夫との関係継続を執拗に迫っていたとの、およそ信じがたい事情があったことから、判決では、被告がAと肉体関係を持ったことで、原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害したということはできないとして原告の請求を棄却したもので、「正に事実は小説よりも奇なり」を地で行く誠にもって珍しい事案です。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成25年3月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告が原告の夫であるA(以下「A」という。)と肉体関係を持ったことから,原告とAとの婚姻生活が破壊されるなどし,原告が精神的苦痛を被ったとして,原告が,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料等220万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年3月1日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 原告(昭和51年○月○日生まれ)は,平成9年1月20日,A(昭和45年○月○日生まれ)と婚姻し,同年○月○日,同人との間に長女をもうけた(甲1)。
(2) 被告(昭和63年○月○日生まれ)は,平成23年4月,Aの勤務先であった会社(以下「本件会社」という。)に入社し,同年12月から平成24年2月までの約2箇月間,Aが婚姻していることを知りながら,同人と肉体関係を持った(乙5)。
3 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告が,Aが婚姻していることを知りながら,同人と不貞行為に及んだことにより,原告とAとの婚姻生活が破壊された上,両親の不和から長女が高校受験に集中することができなくなり,高校受験に失敗した。
イ 上記アのとおり原告の権利又は利益が侵害されたことにより,原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる額は200万円を下らない。また,被告の不貞行為と相当因果関係のある弁護士費用は20万円である。
(2) 被告の主張
ア 原告の主張アのうち,被告が,Aが婚姻していることを知りながら,同人と不貞行為に及んだことは認めるが,その余は不知。
イ 原告の主張イは否認ないし争う。
被告は,不貞が発覚した直後,原告に対し,Aとの交際を止め,慰謝料100万円を支払うこと,Aと肉体関係を持ったことにより妊娠した胎児を堕胎することを申し出るなどの誠意ある対応を行った。これに対し,原告は,最初から慰謝料を受け取ることは考えていないなどと回答した上,被告に対し,Aとの私的な交際を続けるよう要求し,その要求に従わなければ本件会社に被告とAとの不貞の事実を告げるなどと述べて上記要求に従うことを強要した。被告は,約1年もの間,原告の理不尽な要求に応えるよう努力をした。また,被告は,本件会社を退職したが,Aは現在も本件会社に勤務している上,原告はAと離婚しておらず,同居を継続している。
以上のとおり,原告は,被告とAが私的な交際を続けることを望んでいたこと,原告はAと離婚しておらず,同居を継続していることに鑑みると,被告とAとの約2箇月間の不貞により原告が被った精神的苦痛は僅少である上,被告が約1年の間原告の要求に応えるよう努力したことにより,原告の精神的苦痛は十分に慰謝されたといえる。
第3 当裁判所の判断
1
(1) 前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告(平成23年12月当時23歳)は,平成23年4月,Aが勤めていた本件会社に入社し,同年11月28日,本件会社の関係者が集まった飲み会でA(平成23年12月当時41歳)と知り合って親しくなり,同年12月から平成24年2月までの約2箇月間,Aが婚姻していることを知りながら,同人と肉体関係を持った(乙5,被告本人)。
イ 被告は,平成24年2月,Aの子を妊娠していることを認識した。被告は,妊娠したことを話したときのAの言動から,同月頃には,同人との交際を止めるつもりであり,同年3月10日,堕胎をした(乙5,被告本人)。
ウ 原告は,平成24年1月10日頃,Aが被告と肉体関係を持っていることを知り,同年2月28日深夜,被告にメールで連絡をとった。被告は,同日から翌29日にかけて,メールで,原告に謝罪し,同人に対し,生活のことを考えると本件会社を辞めることはできないが,今後仕事以外でAと連絡をとらないこと,堕胎することを約束すると申し出た。これに対し,原告は,「それでは貴女の会社に相談させていただく事になりますが,それでもよろしいのでしょうか。」,「申し訳ないと思うなら誠意を示して下さい。」,「私としては現状,貴女の会社に報告する方向で考えております。」などと,被告が誠意ある態度を示さなければ不貞の事実を本件会社に告げることを考えているとの内容のメールを送った(甲6,乙3,原告本人)。
エ 被告は,平成24年2月29日,弁護士に相談した上,原告に対し,メールで,Aとの交際を止めること,堕胎すること,慰謝料として100万円を支払うことを申し出た。これに対し,原告は,同日,被告に対し,メールで,「貴女の申し出はお受け出来ません。なぜなら,最初から慰謝料を頂くことは考えてないからです。貴女は慰謝料や堕胎が責任を取る術とお考えのようですが,残念ながら私の考える責任とは違います。」と伝えた(甲6,乙3,被告本人)。
オ その後,原告は,被告に対し,平成24年3月1日から翌2日にかけて,「言っておきますが,最初からAに対する嫉妬や貴女に対する憎しみはありません。Aと私はそういう間柄なのです。」,「Aは変わりました。それも良い方向へです。長年一緒に居た私が言うので間違いないです。Aを変え,Aの励みになっているのは貴女です。」,「当初からの私の要求を伝えます。これからもAの支え・生きる力になって下さい。これが真の私の要求です。」,「同僚としてではありません。」と,同月4日には「貴女にも感謝しております。Aを変え,救っていただいたのですから。」と,同月5日には「可能な限りAとこまめに連絡を取り合っていただけますか?例え仕事中でもです。」と,同月6日には「私の要求はほぼ受け入れられたと考えているところです。少し含みのある言い方になってしまいましたが,正直まだ不安が残っているためです。しばらく様子を見させていただきたく思います。」と,同年5月11日には「お忘れではないと思いますが,確認の意味で再度要求した旨を記します。私の要求は,同僚としてではなく,これからも貴女がAの力・支えになることです。具体的には,貴女が示した例にもありますが,電話やメールはもちろん,プライベートで二人で会うことなどです。仕事の延長とは考えないで下さい。」と,原告が被告に要求するのは,被告がAとの私的な交際を継続することである旨のメールを送った(甲6,乙3)。
カ 原告は,仕事が忙しく,そのストレスにより自宅で不機嫌な態度をとっていたAが,被告との交際により柔和になったことなどから,今後も被告にAとの私的な交際を継続してほしいと考え,上記の申出を行っており,その際,被告とAが肉体関係を継続しても構わないと考えていた(原告本人)。
キ 被告は,原告が本件会社に不貞の事実を告げることにより失職することを怖れたこと,原告に申し訳ないと思っていたことから,原告の上記申出に対し,できるだけ努力はするなどと返答し,平成25年12月頃まで,Aと私的な交際(ただし,平成24年3月以降は被告とAとの間に肉体関係はなかった。)を続けた(被告本人,弁論の全趣旨)。
ク Aは,平成24年3月31日,被告に対し,「お前は本当のビッチじゃ」,「お前には悪いけど,お前に対してはそれなりのことをさせてもらう 覚悟しとけや」などと被告を侮辱し,畏怖させる内容のメールを送った。被告は,原告に対し,Aから上記メールが来たことを相談するなどしたところ,原告は,同年4月1日から同月3日にかけて,被告に対し,「貴女はAに対して酷いことを言ったことはありませんか?Aばかりが酷いことを言っているのですか?」,「今回の問題が原因で全てが終わるようでしたら私にも考えがあります。よく考えて下さい。」と,被告がAとの交際を止めた場合,被告に不利益な措置をとることを考えている旨のメールを送った(乙3,4)。
ケ その後,原告は,被告に対し,平成24年6月18日には「今までお二人の行動を調べさせてもらいました。」,「Aと仕事以外で会っていないこと,メールや電話もほとんどしていないことは分かっております。」,「要求は拒否と受け取りました。別の形で責任を取って頂きます。」と,同年8月25日には「誕生日に関わらず,貴女達はまともに会ってません。恐らく,連絡を取り合うこともしてません。」,「ここで分かることは,私の要求を受け入れるつもりは一切ないということです。」,「Aが練炭と七輪を購入し隠し持っているのが分かりました。
Aは確実に自殺を考えていると思います。それは貴女が原因です。」,「話の内容によっては表沙汰にならないよう配慮をする必要性もなくなるでしょう。その時は行動に移すつもりです。不倫に対する一般的な制裁をするつもりです。貴女もAも罰を受けるべきです。」,「よって,会社にお伺いするかもしれませんが,予めご了承下さい。」と,Aと私的な交際を継続するとの原告の要求に被告が従っていないことから,本件会社に不貞の事実を告げることを考えている旨のメールを送った(乙3)。
コ Aは,平成24年12月頃から,被告に対し,卑猥な内容や被告を畏怖させる内容のメールを送るようになり,平成25年2月頃には被告の会社のパソコンを無断で開き,被告が第三者に宛てて送ったメールを閲覧した(乙4,5,弁論の全趣旨)。
サ 被告は,平成25年1月頃以降,Aとの接触を避けるようになったが,Aからは被告に対し引き続き上記コのようなメールが送られた。被告は,同年4月2日,同僚の立会の下,Aと話し合った際,同人から電話で原告と話すように言われ,不安と恐怖を覚えて過呼吸になり,救急車で病院に搬送された(乙5,被告本人)。
シ 原告は,Aとの接触を避けるようになった被告に対し,同年4月1日には「要求が通らない場合の覚悟が抽象的というのであれば,はっきり言わせていただきます。法的措置を考えています。恐らく,会社やご家族に知られることになるでしょう。このまま泣き寝入るつもりはありません。A一人の責任ではないことを重々承知して下さい。」と,被告が原告の要求に従わない場合,法的措置をとることや本件会社や被告の家族に不貞の事実を公表することを考えているとの内容のメールを送り,同月8日には「恐らく貴女は,私が先日伝えた法的措置や会社やご家族に知られることを避けたくて仕方ないのでしょう。」,「本当に避けたいのであれば,取引を提案します。Aが退職を辞めるよう説得して下さい。貴女の力のみで,もちろん下手な小細工なしでです。もし成功するのであれば,私は全てから手を引こうとも考えております。」と,法的措置や本件会社及び被告の家族への不貞の事実の公表をされたくないならば,原告の要求に従うことを求める旨のメールを送った(乙3,弁論の全趣旨)。
ス 被告は,平成25年4月11日,原告に対し,これ以上,Aとの私的な交際を継続せよとの原告の要求に従うことはできない旨文書で通知した(甲2)。
セ 原告は,平成25年7月3日,被告に対し,代理人弁護士を通じ,被告とAとの不貞行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料として200万円を支払うことを求める旨,文書で通知した(甲3の1・2)。
ソ 被告は,本件会社でAに被告の行動を見られることに耐えられなくなったことなどから,平成26年2月28日,本件会社を退職した。Aは,現在も本件会社に勤務している(原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)。
タ 原告とAとは現在も同居して婚姻生活を営んでおり,原告からAに対し離婚調停,離婚訴訟等が提起されたことはない(弁論の全趣旨)。
(2)
ア 以上の認定事実を前提として,以下,判断する。
原告は,被告がAと肉体関係を持ったことにより,原告とAとの婚姻生活が破壊された旨主張する。この点,夫婦の一方と肉体関係を持つことが他方配偶者に対する不法行為となるのは,それが他方配偶者の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するということができるからである(最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決参照)。そして,原告は,被告とAとの不貞を知って間もなく,Aとの婚姻共同生活を維持することを選択した上で,被告との交際によりAが柔和になったことなどを理由として,被告がAと私的な交際を継続することを望み,被告に対し,執拗にAとの交際の継続を要求し,その交際において同人らが肉体関係を持つことを容認していたことに鑑みると,被告がAと肉体関係を持ったことにより,原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害したということはできず,また,原告に慰謝されるに値する精神的苦痛があったと認めることもできない。
原告は,被告がAと肉体関係に及んだことにより,原告とAとが不和となり,長女が高校受験に集中することができなくなり,受験に失敗したとも主張するが,被告がAと肉体関係に及んだことと長女が高校受験に失敗したこととの間に相当因果関係を認めることはできない。
イ
(ア) また,被告とAとが肉体関係を持った期間は約2箇月間と短いこと,被告は,不貞が発覚した直後,原告に対し慰謝料100万円の支払及びAとの交際を止めることなどを申し出たにもかかわらず,原告が慰謝料の支払は同人が被告に求める責任のとり方ではないなどという理由でこれを拒否したこと,原告は被告に対し,1年以上にわたり,被告がAとの私的な交際を継続するとの要求に従わない場合は不貞の事実を被告の勤務先である本件会社に告げるなどと述べて,被告にAと私的に交際することを強要しようとしたこと,被告は,不貞の発覚前にAとの交際を止める意思を固めていたにもかかわらず,また,Aから卑猥な内容や被告を畏怖させる内容のメールを送られるなどしながらも,原告に不貞の事実を公表されることを怖れて,約10箇月間にわたり,Aとの私的な交際の継続を余儀なくされたこと,被告はAに行動を見られることなどに耐えられなくなり本件会社を退職したこと,原告は,現在もAと同居して婚姻共同生活を営んでいることに鑑みると,仮に,原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても,これを行使することは信義誠実の原則に反し,権利の濫用として許されないものというべきである。
(イ) 原告は,被告とAとの不貞の事実を本件会社に報告することは違法ないし不当ではないから,原告が被告に対し,原告の要求に従わない場合は不貞の事実を本件会社に告げると述べたことは強要には当たらない旨主張する。しかしながら,原告が,本件会社に被告とAとの不貞の事実を報告する合理的な理由は見当たらず,その目的は被告に私的な制裁を加えることにあったと認められるところ,このような目的で被告が他人に知られたくない不貞の事実を本件会社に告げることはプライバシー等の被告の人格権を侵害するものとして違法と評価され得るものである。また,上記行為が違法であると否とにかかわらず,原告は,被告が不貞の事実を本件会社に告げられるのを怖れていることを知った上で,同人に対し,本件会社に不貞の事実を告げられたくなければ原告の要求に従うよう求め,その意に反して義務のない行為をさせたといえるところ,かかる事実は,原告の被告に対する損害賠償請求の許否の判断に当たり考慮されるべきであるといえる。
また,原告は,被告が原告との間で,同人の要求をAに言わないと約束していたにもかかわらず,その約束を破った上,Aと真摯に交際するつもりがなかったにもかかわらず,真摯な交際をしているかのように見せかけた旨主張する。しかしながら,被告が,その意に反してAとの私的な交際を継続していたことは上記認定のとおりであり,その交際が真摯なものと評価できるか否かは上記判断を左右するものではない。また,被告は,原告から,同人と被告とのやりとりをAに知らせないでほしいと言われていたところ,平成24年4月,原告からの連絡が来ないようにするため,Aに対し原告とメールでやりとりしていることを話し,原告を刺激するような問題を起こさないで欲しいと告げたが(乙5),原告から執拗にAとの交際を強要されていた被告が上記行動に出たことには無理からぬ事情があるといえるから,かかる事実は上記判断を左右するものではない。
2 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 山原佳奈)