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面会交流・監護等

親権に基づく妨害排除請求としての子の引渡請求は権利濫用とした判例紹介

○離婚した父母のうち子の親権者と定められた父が法律上監護権を有しない母に対し親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることが権利の濫用に当たるとされた平成29年12月5日最高裁決定(裁判所ウェブサイト)全文を紹介します。

○離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方は,民事訴訟の手続により,法律上監護権を有しない他方に対して親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができます(昭和45年5月22日最高裁判決、判時599号29頁)。しかし、民法第820条(監護及び教育の権利義務)は、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」としており、「子の利益」が最優先です。

○家庭裁判所における子の監護に関する処分としての子の引渡請求は、子の利益を害するおそれについて十分な審理を行った上での家庭裁判所の認定・判断が期待できるところ、その方法を取らず、民事訴訟の手続による親権に基づく子の引渡請求を本案とする民事保全処分としての子の引渡しを求めても簡単には認められないとの結論は極めて正当です。

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主  文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。 

理  由
 抗告代理人○○○○の抗告理由について
1 本件は,離婚した父母のうちその長男(以下,単に「長男」という。)の親権者と定められた父である抗告人が,法律上監護権を有しない母(以下,単に「母」という。)を債務者とし,親権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として,長男の引渡しを求める仮処分命令の申立てをした事案である。

2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人と母は,平成22年9月,長男をもうけ,婚姻の届出をした。
(2) 母は,平成25年2月,長男を連れて抗告人と別居し,それ以降,単独で長男の監護に当たっている。
(3) 抗告人と母は,平成28年3月,長男の親権者を抗告人と定めて協議離婚をした。
(4) 母は,平成28年12月,東京家庭裁判所に対し,抗告人を相手方として,長男の親権者を母に変更することを求める調停の申立てをした。
(5) 抗告人は,平成29年4月,母を債務者として,本件申立てをした。

3 原審は,本件申立ての本案は,家事事件手続法別表第2の3の項所定の子の監護に関する処分の審判事件であり,民事訴訟の手続によることができないから,本件申立ては不適法であるとして却下すべきものとした。

4 しかしながら,離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方は,民事訴訟の手続により,法律上監護権を有しない他方に対して親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができると解される(最高裁昭和32年(オ)第1166号同35年3月15日第三小法廷判決・民集14巻3号430頁,最高裁昭和45年(オ)第134号同年5月22日第二小法廷判決・判例時報599号29頁)。
 もっとも,親権を行う者は子の利益のために子の監護を行う権利を有する(民法820条)から,子の利益を害する親権の行使は,権利の濫用として許されない。

 本件においては,長男が7歳であり,母は,抗告人と別居してから4年以上,単独で長男の監護に当たってきたものであって,母による上記監護が長男の利益の観点から相当なものではないことの疎明はない。そして,母は,抗告人を相手方として長男の親権者の変更を求める調停を申し立てているのであって,長男において,仮に抗告人に対し引き渡された後,その親権者を母に変更されて,母に対し引き渡されることになれば,短期間で養育環境を変えられ,その利益を著しく害されることになりかねない。

 他方,抗告人は,母を相手方とし,子の監護に関する処分として長男の引渡しを求める申立てをすることができるものと解され,上記申立てに係る手続においては,子の福祉に対する配慮が図られているところ(家事事件手続法65条等),抗告人が,子の監護に関する処分としてではなく,親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない。

 そうすると,上記の事情の下においては,抗告人が母に対して親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求めることは,権利の濫用に当たるというべきである。

5 以上によれば,本件申立ては却下すべきものであり,これと同旨の原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,原決定の結論に影響を及ぼさない事項についての違法をいうものにすぎず,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官木内道祥の補足意見がある。

 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
 親権は,子の監護及び教育をする権利であると同時に義務であって,子の利益のために行使されるべきものである(民法820条)。所有権が対象に対する排他的支配権であって,権利であるが故にその行使を妨害されないという妨害排除請求権が認められるのとは異なり,単に親権者であることからその親権の行使が認められるのではなく,その行使が子の利益のためにするものであってはじめて権利の行使として許容される。親権の行使が「子の利益を害するとき」は民法834条の2による親権の停止の事由となり,親権そのものが停止されるに至るのであるから,親権を行使する個々の場面でも,子の利益を害するものが許されないことはいうまでもない。

 父と母のいずれが子を監護することが適切かを子の利益を基準として定め,適切な者への子の引渡しを求める手続としては,家庭裁判所の子の監護に関する処分及びそれを前提とする保全処分という手続がある。この手続においては,子が15歳以上であれば必ずその陳述が聴取され(家事事件手続法152条2項,157条2項),子が15歳未満であっても,子の陳述の聴取,家庭裁判所調査官による調査その他の適切な方法によって子の意思の把握がはかられ,子の年齢及び発達の程度に応じて,その意思が考慮されなければならないのであり(同法65条),実務上,ほとんどの場合に,家庭裁判所調査官が関与し,子の意思の把握に大きな役割を果たしている。更に,子に意思能力があれば,裁判所は職権で子を利害関係人として手続に参加させることができ,子の手続代理人として弁護士を選任するなどして子の意思を手続に反映させることも可能である(同法42条3項,23条2項)。このように,家庭裁判所は,子の利益のために後見的な役割を果たすことがその職責とされているのである。

 これに対し,民事訴訟の手続による親権に基づく子の引渡請求の本案訴訟及びそれを本案とする民事保全処分においては,権利の存否及び保全の必要性について,専ら,当事者(本件でいえば,子の父と母)が裁判所に対して主張と証拠の提出を行わなければならず,裁判所が子の利益のために後見的役割を果たすことは予定されておらず,そのための道具立ては用意されていない。

 父と母の間における子の引渡請求という紛争においては,子の利益という観点から,また,当事者の負担及び手続の実効性の観点からも,家庭裁判所における手続こそが本来的なものとして設けられているのである。
 本件では,現在7歳となる子は,平成25年2月の別居以来,4年以上,母が単独で監護に当たっており(少なくとも本年3月末までは)母による監護について抗告人である父があらかじめ同意しており,その監護態様に異議が述べられたことがあるとは認められない。本件の申立てにおいても,母による監護が子にとって不相当であるという疎明はされていない。すると,そのような監護状態にある子を主たる監護者である母から引き離して抗告人に引き渡すことは,抗告人が親権者であるとはいえ,子の利益を害するおそれがあるというべきである。

 抗告人が家庭裁判所における子の監護に関する処分としての子の引渡しを求めるのであれば,子の利益を害するおそれについて十分な審理を行った上での家庭裁判所の認定・判断が期待できるが,抗告人は,あえてその方法によることなく,民事訴訟の手続による親権に基づく子の引渡請求を本案とする民事保全処分としての子の引渡しを求めているのであり,そのことからは,抗告人への子の引渡しが子の利益を害するおそれがあることを否定する事由を見いだすことはできない。
 このような抗告人の親権に基づく母に対する子の引渡請求は,子の利益のためにするものということはできず,権利の濫用として許されないものである。
 (裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 山崎敏充 裁判官 戸倉三郎 裁判官 林景一)