○「
離婚訴訟中の面接交渉を認めた平成元年8月14日千葉家裁審判全文紹介」の続きです。
平成元年8月14日千葉家裁審判では、別居して離婚訴訟が係属中の夫婦の夫が求めた長男との面接交渉申立てを認容していましたが、その審判に対する即時抗告申立事件において、夫婦が少なくとも事実上の離婚状態にある場合には民法766条を類推適用すべきであるとした上、原審判が認めた面接交渉は子の福祉を損なうおそれが強いので、現時点ではこれを許さないことを相当とする余地があり、また、仮に許すとしても家裁調査官等を関与させる等の配慮が必要であるとして、原審判を取り消して差し戻した平成2年2月19日東京高裁(家月42巻8号57頁)全文を紹介します。
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主 文
原審判を取り消して、本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。
理 由
一 当事者の申立て及び主張
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙1「即時抗告申立書」記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は、別紙2「答弁書」記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 抗告人は、別居中の夫婦間において、子を監護・養育を行っていない一方が、これを行っている他方に対し、その子との面接交渉を求める権利を認める法規は存在せず、このような場合について家事審判法9条1項乙類4号を類推する余地はない、との主張をする。しかし、少なくとも夫婦が事実上の離婚状態にある場合には、子の監護のために必要な事項を家庭裁判所が関与して定める必要性において、離婚している場合と変わるところはなく、子の福祉のためにも民法766条を類推適用すべきであり、したがって、子を監護する者に対して、その子との面接交渉を求めたが、協議が調わないときには、家庭裁判所の審判を求めることができると解すべきである。したがって、抗告人の右主張は採用しがたい。
2 しかし、一方の監護下にある子を、他方と面接させることは、常に子の福祉に適うものとはかぎらず、特に、事実上の離婚状態にあり、離婚訴訟で係争中の夫婦間においては、離婚後における以上に、面接を子の福祉に適う形態で実施させること自体に困難があり、しかも、その面接が子の情緒的安定に影響するところは大きいものとみなければならない。したがって、事実上の離婚状態に至った経緯、別居期間、別居後の相互の関係、子の年齢等の諸般の事情を慎重に考慮して、当該時点における面接を許すべきかどうか、それを許すべきであるとしても、いかなる形態における面接を許すべきかを、面接を求める親の側の事情よりも子の側の事情を重視した上で、判断すべきである。
3 そして、記録によれば、本件については次のとおりの事実が認められる。
〈1〉 相手方(昭和22年6月12日生)と抗告人(昭和26年9月28日生)とは、昭和59年11月24日に婚姻届出をした夫婦であり、昭和61年4月9日に長男Aが出生した。
〈2〉 相手方は商事会社営業担当社員、抗告人は公立中学校の国語担当の教員であり、婚姻当初は相手方の肩書住所地にある相手方の実家で、その両親と同居し、昭和61年11月相手方名義で抗告人肩書住所地のマンションを購入して、転居し、夫婦と子とで生活するようになったものであるが、相手方と抗告人とは、婚姻当初から性格の不一致や相手方の母親との関係等が原因となって争いが絶えなかったが、昭和62年6月、長男Aが病気の際に、相手方が飲酒して深夜に帰宅したことから、両者間で口論となった挙句、相手方が前記実家に泊まった事件をきっかけとして、夫婦仲は一層悪化し、相手方は、しばしば実家に泊まるようになり、同年9月13日以降は、完全に実家で暮らすようになって、以来、別居状態が継続している。
〈3〉 相手方は、別居状態になった直後の同月15日に千葉家庭裁判所に夫婦関係調整の家事調停を申立て、その期日において、双方とも離婚自体には異存がないことが確認されたが、財産分与や子の問題で課整がつかず、右調停は昭和63年1月28日不成立に終わった。そこで、相手方は、同年4月、千葉地方裁判所に、婚姻を継続しがたい重大な事由があるとして離婚訴訟を提起し、これに対し、抗告人も、同年9月、離婚を求める反訴を提起し、現在、係争中である。右訴訟において、相手方は、抗告人の自己中心的な性格とそれによる身勝手な言動が婚姻関係破綻の原因であり、Aの親権者としても不適格である、と主張しており、これに対し、抗告人は、相手方が異常なほど母親に依存的で、家事、育児等の家庭生活の維持について非協調的であったことが婚姻関係破綻の原因であり、相手方は真にAのためを思って親権者の指定を求めているのではない、と主張している。
〈4〉 相手方は、昭和63年4月に保育園を突然訪れ、在園するAに面会して写真を撮ったりしたが、Aは、相手方が父親であることをすぐには思い出せなかった。また、相手方は、別居以後その時までは、抗告人に対してAとの面接を求めたことはなく、また、この時以後も、Aと会ったことはなかった。ところが、相手方は、昭和63年10月28日に、本件面接調停を申立て、平成元年2月9日右調停は不成立となった。
〈5〉 本件審判手続において、相手方は、週1回程度のAとの面接を求めているのに対し、抗告人は、相手方と面接させることは、やっと精神的に安定してきたAをいたずらに動揺させることになるとして、強く反対している。
4 3に認定した事実によれば、相手方と抗告人の婚姻関係は、当初から安定したものではなく、すでに完全に破綻しているとみざるをえず、また、Aの監護についても、相互の信頼は全く失われているとみるべきである。そして、相手方が別居した昭和62年9月時点では、Aは1歳5か月であり、その後、相手方が本件面接調停の申立てをした昭和63年10月までの1年以上の間、相手方がAと会ったのは、前記保育園で短時間の面会をしたときだけである。そして、この間、Aは、抗告人の下で生育され、一応安定した生活を送ってきたが、相手方に関する情報は全く与えられなかったものと推認される。このような状況の下で、幼齢(本件調停申立時・2歳6か月、現時点で3歳9か月)のAを相手方と面接させるには、現にAを監護する抗告人が協力することが不可欠であるが、前記のとおり、Aの監護に関しても相互の信頼関係は全く失われ、抗告人は面接自体に強硬に反対している現状にあり、それを期待することは困難である。
したがって、Aが父親(相手方)についての認識を欠いている現状を改善したいとの相手方の心情は理解しうるところであり、また、相手方がAの監護を行えなくなった事情(別居に至った事情)については、相手方に同情すべきところがあるとしても、その面接は、Aの精神的安定に多大の悪影響を及ぼすものとみるべきであり、子の福祉を損なうおそれが強いと判断される。そうであれば、現時点での面接は、子の福祉をはかるために、これを許さないことを相当とする余地があり、また、仮に面接を許すとしても、子の福祉を極力損うことがないようにするため家庭裁判所調査官等を関与させる等の配慮が必要であると判断される。
三 結論
以上によれば、抗告人に対し、このような配慮をすることなく、予め相手方の指定した日に3時間以上、相手方をAに面接させることを命じた原審判は、失当といわざるをえないから、これを取り消し、さらに審理を尽くさせるため、本件を千葉家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克巳 河邉義典)