○「
妻から夫不貞行為相手方女性に対する慰謝料請求が棄却された判例紹介1」を続けます。
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第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、証拠(甲3、乙1の1ないし3、2ないし8、原告、被告各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) (当事者らの性格)
ア 原告は、おとなしく静かで口数のすくない性格である。
Cは、末っ子として姉などから可愛がられて育ち、甘えん坊で我が儘なところがあり、また、高級外車を乗り回し派手なところがあるが、社交的で明るく、会話がうまく女性にもてる性格である。
イ 被告は、両親に大事に育てられて、明るく、社交的で積極的な性格であるが、他方、好き嫌いがはっきりし、思いこんだことは行動に起こし、達成しなければ気が済まないところがある。また、赤色の高級外車を乗り回す派手なところもある(この高級外車の色は、Gが購入時にその色の選択を被告に任せ、被告が選んだ色である。)。
(2) (原告とCの婚姻生活)
ア 原告は、Cの姉の紹介で、平成4年8月、Cと知り合い同人から求婚された。
Cは、そのころ、それまで勤めていた製薬会社を辞め、薬局を自営で開業しようとしていた時期であり、婚姻することが事業者としての社会的な信用を高めることになることから、婚姻を決意した。原告とCは、遠距離交際で交際期間も短かったが、平成5年4月12日婚姻した。
イ 原告は、婚姻直後、Cの薬局を手伝ったが、直ぐに長男を懐妊し、出産、育児のために仕事を止め、それからは専業主婦となった。
原告は、毎日、育児や家事に追われることとなったが、Cがそれを手伝うことはなかった。それどころか、Cは、事業が軌道に乗るとともに、夜の付き合いが増え、また、趣味のパチンコ、麻雀に興ずるようになり、帰宅が遅く、夕食を自宅で取らない日も多くなった。そして、Cが経営する薬局は、平成10年までに複数となり、Cはより多忙となった。
ウ 原告は、平成5年、同7年、同9年と一年おきに出産を繰り返し(その間には、一度流産も経験している。)、つわり、出産準備、出産、3人の子育て、食事の準備、掃除及び洗濯に追われる毎日だった。原告は、そのような毎日において、手が回らず、掃除等ができないこともあったが、Cは、自宅が常に整理されていることを求め、原告に不満を持った。
原告は、朝食や夕食の準備を欠かさないようにしていたが、Cは朝食を取らないまま出勤することが多く、また、夕食もCの外食が予定される際には準備せず、子供達と先に済ましており、実際には、一緒に食事することは少なかった。
エ Cは、原告との生活において、〈1〉原告が、昼間の育児、家事により疲労し、夜、Cの要求に応じられず、性交渉を拒否することがあること、〈2〉原告が、おとなしく口数が少ないため、楽しくCと会話ができないこと、〈3〉原告と子供を連れて、自分の兄姉の家族と遊ぶことがあったが、その際、社交性に欠ける原告が、Cの兄姉と談笑できなかったことから、原告に対し不満を持った。なお、原告とCとの性交渉は、平成11年12月ころまであった。
オ Cは、原告が長女(平成7年6月13日生)を懐妊中、某女性と関係を持つようになり、その関係は1年程度続いた。この女性は、Cの子を懐胎したが、Cの姉らが手切れ金を支払い、Cとこの女性を別れさせた。
原告とCは、この問題が発覚した後、話し合い、やり直すことを約した。
カ 原告、C及び子供3人は、平成11年8月、サイパン旅行を楽しみ、原告とCは、その最中、性交渉をもった。
ところが、原告は、平成12年1月にCから離婚を求められ、それを拒否したが、Cは、それから、しばしば夜、帰宅しないようになり、同年6月頃には自宅を出た。
Cは、別居後、原告に対し、毎月70万円の送金をしており、それは現在も続いている。
(3) (被告とGの婚姻生活)
ア 被告は、大学4年生だった昭和60年当初、友人の紹介でGと交際するようになり、Gの求婚を受け、昭和62年5月5日に婚姻した。
イ Gは、婚姻後、会計士として仕事に忙殺される毎日を送り、被告は、家事、育児に専念した。Gは、多忙な中、それでも週末や休日には家族と過ごすようにし、盆や正月の休みにはしばしば家族で出掛けるなどしていわゆる家庭サービスに努め、また、長女や二女の私立学校入学準備のための親子面接の練習などに相応の協力をしたりしていたが、性交渉は少なく、平成5年からの5年間は全くなく、さらに、家庭内での会話は、被告からの一方通行で、Gからの話はほとんどなく、そのうち、被告から話しかけることも少なくなり、最小限に挨拶を交わす以外には会話のない日が続く状態となった。Gは、家族で出掛けても、出掛けた先で何することもなく寝ている状態だった。
ウ 被告は、前記(1)記載の性格、人生観もあって、婚姻生活というものに、余暇には社交的、活動的に過ごし、夫婦関係はより親密な愛情あふれたものを望んでいたことから、平成5年以降、Gへの不満、失望感は鬱積していった。
(4) (被告とCとの交際関係)
ア 被告とCは大学の同級生で、大学時代は共通の男女の同級生などの仲間を交えて親しくしていた。
Cは、その大学時代、たくさんの女性を連れて歩き、友達として多数の女性と付き合い、また、複数の女性と恋人関係にあった。
被告は、そのようなCの様子をみて、Cを異性として強く意識しながら、Cに恋の告白をすることはできなかった(Cに恋の告白をすることは、被告にとって、自己がCの回りにいる女性と同列になることを意味し、自尊心が許さなかったものである。)。
ところが、Cも、被告に関心を寄せ、異性としても意識していたため、被告とCは、2人だけでいるときには、家族のことや色々なことを真剣に話し合って親交を深め、時に、口吻を交わした。
そういう2人ではあったが、Cには、上記のとおり、他に交際中の女性がおり、また、被告も、他に交際を始めた男性がいたこともあり、2人が恋人として継続的に付き合うことはなかった。
イ 被告とCは、大学卒業後も、他の同級生と共に、毎月1回程度集まって、親交を続けていたが、被告が、Gの求婚を受けて婚姻した後は疎遠となった。
そうはいっても、被告とCとは、お互いに意識する関係にあり、その後も電話では連絡を取ることがあり、さらに、Cは、二女F(平成9年10月27日生)の名前を被告から採り、被告は、Cの子供らの出産等の際には祝い物を送って親交を続けた。
ウ 被告とCは、平成10年3月、もう1人同窓生を加えて、幹事役として大学の同窓会の準備のために会うこととなり、夕方、横浜に集まった。その帰りは、Cが被告を自車に乗せて送ることになり、その車中で、被告は、Cから、家庭はうまくいっているのかなどと尋ねられた。
被告は、これを聞いて、外からみれば幸せな生活を送っているようにみえるかもしれないが、家庭生活がうまくいっていないとか、Gとの性交渉もなく離婚も考えているなどと、涙ながらに、鬱積していたGへの不満等を打ち明けた。
Cも、従前から、妻として、異性としての原告に満足していなかったため、被告と同じように、自分も外からみればどうか分からないが、家庭がうまくいっていないと打ち明けた。
エ 被告とCは、その後、同窓会で会ったり、電話で話を頻繁にするようになった(被告とCは、大学生時代から特殊な感情を有していたのであり、その2人が、意識したか否かはおくとして、自分の家庭がうまくいっていないと打ち明ける相手に、お互い自分を異性として受け入れる可能性をみいだし、この時期に、2人が急速に接近したことは容易に推認することができる。)。
オ 被告は、平成10年秋には、Cから誘われて、Cの兄が新しく開店する薬局でアルバイトを始めることとなり、その準備の手伝いをするため、Cと日中頻繁に会うようになった。
そして、被告とCは、同年冬までには、2人で会うと口吻を交わすようになり、平成11年夏までには、肉体関係を持つようになった。
カ 被告とCは、同年12月中に、一緒に、そのころ愛知県下に転居していたCの姉のところに出向き、これまでの経緯を報告するとともに今後のことについて相談し、応援を得た。
Cは、平成12年1月に原告に離婚を申し出たが、原告は同意を拒んだ。そのため、Cは、平成12年6月頃から、原告や子供らと別居し、現在の被告肩書地のマンションに1人で住むようになった。
被告も、平成12年9月15日、子供2人を連れて自宅を出て、上記のマンションに引越し、以後、被告と2人の子供、Cは同居し、夫婦、親子同然の生活をしている。
なお、被告とCは、被告の子供2人を連れて、同年冬には仲良くスキー旅行を楽しんだ。
キ 他方、被告も、平成12年3月20日頃には、Gに対して離婚したいと申し出た。Gは、何とか考え直してくれと懇願したが、被告の離婚の意思は固く応じようとしなかった。
被告は、現在も、Cのことを一生愛し続けると思うし、現状を解消することは考えられないと述べる。
2 以上の認定事実に基づいて、以下に検討する。
(1)
ア 前記の認定事実によれば、Cは、原告について、家事や親戚付き合いの点で妻としての原告に不満を持っていた上、女性好きで節度に欠けるCとしては、異性としての原告にも満足していなかったところ、平成10年春の同窓会の打合せの際に、大学生時代から特殊な感情をもっていた被告と久し振りに会い、お互いに配偶者との結婚生活について不平不満を打ち明けることとなり、お互いが相手方から、異性として認められる可能性を感じたことから、大学生時代からの気持ちが膨れあがり、関係を深めることとなり、口吻を交わし、平成11年の夏までには肉体関係を結ぶまでとなり、以後、被告もCも、お互いの配偶者と離婚した上、被告とCとの再婚を望むようになり、先ず、Cが原告に離婚を求め、それが応じられないと分かると、自宅から出て1人でマンション住まいを始め、被告及びその子供2人を迎え入れ、現在に至ったことが認められる。
イ ところで、後述するとおり、Cが被告と口吻を交わし、肉体関係を結ぶに至った時点においては、原告とCの婚姻関係は破綻しておらず、被告とCの一連の行為、すなわち、口吻を交わし、肉体関係を含む親密な交際を勧め、Cが原告と別居するに至った一連の行為は、原告の有していた婚姻共同生活の平和を害するものであり、違法、有責な行為と謂わざるを得ない。
ウ しかし、本件は、原告の主張するように、被告が主導して、Cを積極的に誘惑して現在に至ったわけではなく、むしろ、被告とCの大学生時代からの特殊な関係から、男女の情愛に基づいて、ある意味では、自然に肉体関係まで至ったと解することができる事例であるが、だからといって、上記のとおり、それが原告の権利又は法律上保護に値する利益を侵害したのだから、不法行為が成立しないとは謂うことができない。
エ なお、原告は、被告とCが同居後、夫婦、親子らしく生活していること、及び、被告が不退転の意思を表明していることをもって不法行為の一部を構成していると主張するが、これらのことは、それまでの侵害行為の効果にすぎず、新たに原告の権利や法律上保護に値する利益を侵害する行為ではないから、不法行為を構成しない。
(2)
ア 被告は、原告とCの婚姻関係は、遅くとも被告とCが肉体関係を持つようになった時点では完全に破綻していたのであり、被告に対する損害賠償請求権は生じないと主張する。
しかし、前記認定事実によれば、原告とCの婚姻生活は、次々に3人の子供が生まれ、他方、Cがそれを手伝うことはなく、原告は出産、育児及び家事に追われて多忙だったと容易に推認することができ、他方、Cは、原告に育児、家事を任せっきりにし、自分の方は忙しく仕事をこなしながらも、某女性と付き合って好き勝手なことをして、原告からそれを許してもらった状況にあり、また、Cは、平成11年8月に家族旅行を行い、平成11年末までは、原告との間に性交渉があり、夜は基本的に帰宅し、原告に家事、育児を任せていたのだから、Cには縷々不満なところがあったとしても、被告とCが、口吻を交わし肉体関係を持つようになった時点では、原告とCとの夫婦関係は、未だ破綻していなかったと認めるのが相当である。
Cは、平成12年1月頃より、原告との家庭生活を放棄したが、これは、もっぱら被告との親密な交際が原因となったと判断せざるを得ない。
イ さらに、被告は、遅くてもCと肉体関係を持つようになった時点では、Cやその兄姉から、原告とCの夫婦関係は完全に破綻していると聞いていたので、そのように判断していたと主張する。
しかし、前記認定事実によれば、被告とCは、大学生時代から特殊な感情を持ち合っており、お互いにとって、夫婦関係がうまくいっていないという話題は、その真偽がどうあろうと関係なく、お互いに異性として意識し合い受け入れるための切掛であり、同窓会の打ち合わせ後の会話は、被告及びCにとって、その真偽は重要なことではなかったと解されるのであり、被告が自己の主張に沿う供述をし、陳述書(乙8)にその旨を記載しても、たやすく信用できない。すなわち、被告及びCが、お互いの夫婦関係についてその真実を確認しようとしたとは解し難く、不法行為の成立は免れられない。
(3)
ア そこで、本件においては、不法行為が認められ、原告の精神的苦痛について賠償義務が生じることになるから、その賠償金額を論じなければならないところ、次のことを留意する必要がある。
すなわち、貞操義務(民法752条)は、婚姻の基本であるが、それは、本来、夫婦間の問題であり、価値観の多様化した今日にあっては、性という優れて私的な事柄については法の介入をできるだけ抑制して、個人の判断、決定に任せるべきであるし、その貞操義務は婚姻契約によって生じ、一方配偶者の他方配偶者に対する一種の債務不履行の問題であって、貞操請求権は対人的、相対的な性格を有し、夫婦の一方の他方に対する貞操請求権を侵害するか否かは、他方の自由意思に依存するものであるから、一方配偶者の被侵害利益を第三者による侵害から法によって保護すべきであるというのは、些か筋違いと謂うべきであるし、学説上も、一方配偶者から、不貞の第三者に対する賠償請求は制限すべきであるというのが有力説又は多数説となっている。
特に、本件においては、前記前提事実のとおり、原告は、第1次的に責任を負うべきCに対して、賠償請求をしないと陳述しており、配偶者に対して宥恕しながら、第三者である被告にだけ賠償請求するものであり、不均衡の感を否定できないし、被告とCが、肉体関係を含む親密な交際に至ったのは、ある意味では自然な情愛によるものであり、殊更に、被告が、原告の権利又は法律上保護に値する利益を侵害しようとして、Cに近づいたともいえない。
また、前記認定事実のとおり、Cは、別居後の平成12年7月頃より、原告に対して、毎月70万円を送金しているところ、証拠(乙1の3、原告本人)によれば、原告は現在、上記送金で生活をしており仕事をしておらず、Cは年収1000万円から2000万円の間にあり、それに原告は14歳未満の子供3人と暮らしていることに照らすと、適正婚姻費用は毎月42万円になるのであって、送金額のうちでそれを超える額、すなわち、少なくても月額20万円(3年間で720万円)程度は、名目はどうあれ実質的には、被告とCによる不貞及び婚姻生活破壊の被害弁償(慰藉料)として支払われていると解するのが相当である。
イ そこで、これまで論じてきたことによれば、被告が原告に対して賠償すべき額は、さして高額にならないところ、本件においては、原告が、既に適正婚姻費用を超える金額を毎月受領しており、原告の精神的苦痛はそれにより実質上、填補されているのであるから、被告が、それとは別に、原告に対して支払うべき金員はないものと判断する。
3 以上の次第により、原告の請求は理由がないからこれを棄却する。
(裁判官 遠藤浩太郎)