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子の引渡仮処分審判を覆した平成15年1月20日東京高裁決定全文紹介

○「人身保護法による子の引渡請求適用範囲限定最高裁判決全文紹介」の続きです。
平成5年10月19日最高裁判決(判タ832号83頁、判時1477号21頁)で適用範囲が限定的に解釈されたため子の引渡を求める審判前の紛争解決制度としては、審判前の保全処分が利用されるようになっています。しかし、これも要件が大変厳しいものです。

○母から父に対する子らの引渡しの仮処分を認めた審判に対する即時抗告審において、審判前の保全処分を認容するには、本案の審判申立てが認容される蓋然性と保全の必要性が要件となるところ、子らは、父の下で一応安定した生活を送っていることが認められるから、家事審判規則52条の2の定める保全の必要性を肯定すべき切迫した事情を認めるに足りる疎明はないものとして、原審判を取り消し、子らの引渡しを求める申立てをいずれも却下した平成15年1月20日東京高裁決定(家月55巻6号122頁)全文を紹介します。

○子の決定によれば、子の引渡しを求める審判前の保全処分が認められる要件は、
①子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるとき
②本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないとき
で、具体的には、
①子に対する虐待、放任等が現になされている場合、
②子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合

に限定され、大変、厳しいものです。

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主  文
1 原審判を取り消す。
2 被抗告人の本件申立てをいずれも却下する。

理  由
第1 本件抗告の趣旨及び理由

 本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状(写し)記載のとおりであり、これに対する被抗告人の反論は、別紙答弁書(写し)記載のとおりである。

第2 当裁判所の判断
1 前提となる事実

 本件記録及び関連事件記録(横浜家庭裁判所横須賀支部平成13年(家)第××1号、第××2号、第××3号子の引渡し申立事件)によれば、次の事実が一応認められる。
(1) 抗告人と被抗告人は、昭和63年1月20日に婚姻の届出をした夫婦であり、両者の間には、事件本人B(昭和64年○月○日生)、同C(平成3年○月○日生)及び同D(平成5年○月○日生)の3人の子がいる。
 抗告人は、ガソリンスタンドを経営しており、被抗告人は、婚姻以来、専業主婦であり、同居中は、被抗告人が主として事件本人らの養育に当たっていた。

(2) 夫婦関係が不和になった原因については当事者間に争いがあり、いずれか一方に有責原因があるとは認められないが、抗告人と被抗告人は、次第に不和となり、抗告人が被抗告人に対して暴力を振るうこともあった。また、平成9年7月に被抗告人は乳ガンと診断されたが、その治療中に抗告人が配慮を欠く言動をしたことなども、抗告人と被抗告人の不和を深めたものと考えられる。

(3) 平成12年9月に抗告人が従業員のEと2泊3日の旅行に出かけたことが発覚したことから、被抗告人は、離婚を決意し、同年10月24日、単身で実家に帰り抗告人と別居した。被抗告人は、同年10月5日に心因反応により2か月程度の心身の療養が必要との診断を受け、医師から心身が衰弱しているのでまず治療に専念して自己の心身の健康の回復を図ることが大切であると助言されたこともあって、やむなく事件本人らを抗告人の下に残して単身で家を出て別居した。

 被抗告人は、家を出る際、事件本人らに対しては、体調が悪いので遠方の病院に行くことになったとの説明や日常生活の注意事項を記載した置き手紙を残し、また、抗告人に対しては、「離婚の種別」「夫が親権を行う子」「妻が親権を行う子」「証人」の各欄は空欄のまま自己の署名押印をした協議離婚届とともに、「離婚の種類(協議離婚、調停離婚等)については今後を待ちたいと思う」、「(事件本人らの親権については)『公的な法機関』によって裁可の決定を待つことにしましよう」などと記載した置き手紙を残した。

 その後、被抗告人は、同年11月17日、婚姻費用分担調停事件(横浜家庭裁判所横須賀支部平成12年(家イ)第×××号)及び夫婦関係調整調停事件(同支部同年(家イ)第×××号)をそれぞれ申し立てた。なお、被抗告人は、夫婦関係調整調停事件において、抗告人に対し、〈1〉離婚、〈2〉被抗告人を親権者とすること、〈3〉財産分与、〈4〉離婚慰謝料及び養育費の支払を求めた。

(4) しかし、抗告人は、平成12年11月29日、上記協議離婚届に事件本人らの親権者を抗告人と記載するなどして、協議離婚の届出をした。
 これに対し、被抗告人は、平成13年1月12日、横浜家庭裁判所横須賀支部に離婚無効の調停(同支部平成13年(家イ)第×××号)を申し立てたが、調停不成立に終わった。そこで、被抗告人は、同年2月22日、横浜地方裁判所横須賀支部に離婚無効確認等請求事件(同支部平成13年(タ)第×××号)を提起して、抗告人に対し、〈1〉協議離婚の無効確認、〈2〉抗告人の暴力及び不貞行為を離婚原因とする離婚、〈3〉事件本人らの親権者を被抗告人と定めること、〈4〉養育費の支払、〈5〉離婚慰謝料の支払、〈6〉財産分与を求め、現在係属中である。

(5) 抗告人は、別居後、当初は、事件本人らが被抗告人と被抗告人宅で泊まりがけで面接交渉することを認め、平成12年12月2~3日、同月22~23日、平成13年1月4~5日に面接交渉が実施された。
 抗告人代理人弁護士は、平成13年1月18日の上記各調停事件の第1回期日において、被抗告人代理人弁護士に対し、面接交渉について1か月に2、3回の割合で週末に被抗告人宅で泊まりがけで行う旨の暫定的ルールの取り決めを提案したが、被抗告人代理人弁護士は、あくまでも被抗告人が事件本人らを引き取り、抗告人が月2~3回の面接交渉を行うという形での解決を求めたため、暫定的ルールり決めには至らず、その後、抗告人は、面接交渉の実施を拒むようになったため、被抗告人は、平成13年5月16日、横浜家庭裁判所横須賀支部に事件本人らの引渡しを求める審判の申立てをした(同支部平成13年(家)第××1号、第××2号、第××3号。以下「本案事件」という。)。

 平成14年2月14日の本案事件の第5回審判期日において、抗告人と被抗告人は、双方とも出頭の上、被抗告人と事件本人らの面接交渉につき、平成14年2月24日以降の毎月第4日曜日午前9時30分から午後8時までとすることを合意したにもかかわらず、抗告人は、面接交渉の実施を拒否するわけではないものの、何かと理由をつけては合意に沿った面接交渉の実施に難色を示し、土曜日は仕事があるため被抗告人にとって都合が悪いことを知りながら、土曜日に面接交渉を実施することを申し入れるなど、非協力的な態度を示しているため、面接交渉の円滑な実施は非常に困難な状況にある。

 さらに、抗告人は、平成14年5月ころ、週末には兄弟3人で一緒にできるスポーツをするべきであるとの方針に基づき、事件本人Cに対し、同人が小学校2年生の頃から熱心に参加していた地域のソフトボールクラブをやめさせ、事件本人らを3人揃って毎週日曜日にヨット教室に通わせるようになったほか、毎週土曜日にはヨットの自主練習を行うため、勤務の都合で基本的に日曜日しか休みをとれない被抗告人との面接交渉の実施がますます困難な状態になっている。
 そこで、被抗告人は、平成14年5月7日、横浜家庭裁判所横須賀支部に本案事件の審判前の保全処分として本件申立てをした。

(6) 現在、事件本人Bはa中学校2年生、事件本人Cはb小学校5年生、事件本人Dは同小学校3年生であり、事件本人らは、2世帯住宅に抗告人、その実父及び継母と同居している。抗告人は、別居後、事件本人らの生活を優先して仕事の時間を調整し、また、同居している実父及び継母の協力も得て、事件本人らの養育に当たっている。事件本人らは、3人とも概して健康状態は良好であり、現在は日常生活、学校生活とも特に問題はなく、抗告人の下で一応安定した生活を送っている。
 抗告人は、平成12年の年収は438万円であり、経済的には安定している。

(7) 事件本人Dは、被抗告人が家を出た後、被抗告人がいなくなったことによる寂しさから、登校しても教室へ入れず、保健室で過ごしたり、カウンセリングを受けるなど、一時学校生活が不安定になったが、被抗告人が事件本人Dに会いに学校に行くようになったこともあって、徐々に回復し、平成13年1月から始まった3学期からは精神的安定が戻り、ほとんど教室で過ごすことができるようになった。
 他方、事件本人B及び同Cは、被抗告人が家を出た後に遅刻、欠席が増えるなどの学校生活の乱れはなく、目立った変化は見られなかった。

2 審判前の保全処分を認容するには、民事保全処分と同様に、本案の審判申立てが認容される蓋然性と保全の必要性が要件となるところ、家事審判規則52条の2は、子の監護に関する審判前の保全処分に係る保全の必要性について、「強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するための必要があるとき」と定めている。そして、子の引渡しを求める審判前の保全処分の場合は、子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たり、具体的には、子に対する虐待、放任等が現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合などが該当するものと解される。

 1の前提となる事実によれば、事件本人らは、現在、抗告人の下で一応安定した生活を送っていることが認められ、上記保全の必要性を肯定すべき切迫した事情を認めるに足りる疎明はないから、その余の点について判断するまでもなく、本件審判前の保全処分の申立ては理由がない。
 よって、上記と異なる原審判を取り消し、本件申立てをいずれも却下することとして、主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 大藤敏 裁判官 高野芳久 三木素子)


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平成14年8月5日横浜家裁横須賀支部決定(家月55巻6号127頁)

主  文
 相手方は申立人に対し、横浜家庭裁判所横須賀支部平成13年(家)第××1号ないし第××3号事件の審判確定に至るまで、事件本人B、同C、同Dを仮に引き渡せ。 

理  由
1 本件申立ての趣旨

 主文同旨

2 当裁判所の判断
 本件記録及び本案審判申立事件の記録によれば、次の事実が一応認められる。
(1) 申立人と相手方は、昭和63年1月20日婚姻し、長男B(昭和64年○月○日生、現在13才)、二男C(平成3年○月○日生、現在11才)、長女D(平成5年○月○日生、現在8才)をそれぞれもうけたが、相手方の暴力、不倫行為などもあって不和となった上、申立人は心身の衰弱もあって、耐え切れずに単身、家を出て、相手方と別居した。その際に、子供たちは自己が連れていく心身の余裕がなかったため、相手方のもとに残さざるをえなかった。

 その後、申立人は自己の父母方で生活し、ある程度収入を得られる職も得て、現在では安定した生活をしているところ、相手方に対し、事件本人らの引き渡しを求めているが相手方は全く応ずることなく今日に至った。

(2) 申立人は、前記別居前は母親としての責任と愛情をもって3人の事件本人らを監護養育していたものであり、事件本人Bは既に中学生であり、年齢相応に成熟してきているものの、これから思春期を迎える多感な難しい年頃ともなり、かかる時期に母親の存在は欠かせない。また、事件本人Cはいまだ小学5年生であり、同Dは小学3年生であるが、まだまだこれから養育に手がかかる年頃であり、母親の監護は必須である。まして末子の同Dは女子でもあり、これからも母親の存在は欠かせない。申立人としては、別居後も事件本人らの生活、動向に大きな関心を持ち、できるだけ子供たちと意思の疎通を図るとともに、相手方に定期的な面接交渉を求めてきた。

 しかし、相手方は全くその面接交渉を拒否するわけではないが、何かと理由をつけて申立人の円滑な面接交渉に協力的ではない現状である。
 申立人としては、別居後既に1年半あまり経過し、その間、意に反して事件本人らから引き離された生活になっているところ、1日も早く直接事件本人らを手元で養育できる状況に戻ることを希望している。
 また、事件本人らも、同様に相手方のもとから申立人のもとでの生活を希望している。事件本人Bは長男でもあり、自らやや明確にはその意思を表明していないが、内心では同様であり、同C、同Dははっきりと申立人方での生活を希望している。

(3) 一方、現在相手方のもとで生活している事件本人らは、母別居後の生活面に特には問題はなく、表面上は一応安定しているかに思える生活をしているが、父母である申立人と相手方が子供らの前で不和となり、父が母に暴力を振ったりし、父が他の女性とつきあい、その女性を家に連れてくるなどの行為をさまざま見聞きしてきたものであり、これらの相手方の言動が感受性豊かな年代の事件本人らに与える影響は無視しえないものがあり、これからの事件本人らの成長過程にあって、心理的な環境の改善は極めて重要といえる。

 事件本人らの養育についての客観的、経済的環境の整備については、申立人側、相手方側ともさしたる差異がない状況であるから、こうした精神的、心理的環境の側面において、相手方のもとでよりも申立人のもとで監護養育した方が一層事件本人らの福祉に資し、妥当であるといえる。さらに、申立人と相手方との身分関係の訴訟の進行状況、本件本案についての終局的行方等にはなお日時を要するとすると、その間日々の生活をしている事件本人らの状況を現状のまま放置しておくことはその福祉に著しく反するから一日も早く、事件本人らを相手方のもとから申立人のもとに引き渡すことが緊急の要請であるといえる。
 以上の事実によれば、事件本人らの福祉のために、相手方に対し、事件本人らの引き渡しを命ずる必要があるというべきである。よって、本件申立ては理由があるからこれを認容し、家事審判規則52条の2に基づき、主文のとおり審判する。