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面会交流・監護等

人身保護法による子の引渡請求適用範囲限定最高裁判決全文紹介

○別居して離婚調停中・訴訟中の子の監護を巡っての争いは多数あります。子を監護していない側が、監護している側に対し、子の引渡請求をする方法としては、①家事審判、②人事訴訟、③人身保護請求、④民事訴訟、⑤刑事手続があるとされます。③人身保護請求は、平成5年10月19日最高裁判決(判タ832号83頁、判時1477号21頁)で適用範囲が限定的に解釈されたため余り利用されていないようです。

○この最高裁判決は、原審で監護をしていない妻への引渡を認めたものを、監護している父側の上告によって、共同親権に服する幼児の引渡しを請求する場合において、幼児に対する他方の配偶者の監護につき拘束の違法性が顕著であるというためには、この監護が、一方の配偶者の監護に比べて、子の幸福に反することが明白であることを要するとの限定的解釈により、原審の判断が覆されたものです。
この監護についての適任者判断に参考になる部分があり、全文を以下に紹介します。

参考条文
人身保護規則
第4条(請求の要件)
 法第2条の請求は、拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限り、これをすることができる。但し、他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によつて相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。

第2条(救済の内容)
 法による救済は、裁判所が、法第12条第2項の規定により、決定で、拘束者に対し、被拘束者の利益のためにする釈放その他適当であると認める処分を受忍し又は実行させるために、被拘束者を一定の日時及び場所に出頭させるとともに、審問期日までに答弁書を提出することを命じ(以下この決定を人身保護命令という。)、且つ、法第16条第3項の規定により、判決で、釈放その他適当であると認める処分をすることによつてこれを実現する。


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主  文
原判決を破棄する。
本件を神戸地方裁判所に差し戻す 

理  由
 上告代理人○○○○の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人A(拘束者、※夫)と被上告人B(請求者、妻)は昭和63年2月17日に婚姻し、同人らの間には同年7月17日被拘束者Cが、平成元年7月11日被拘束者Cが出生した。右上告人・被上告人夫婦は、平成2年に県営住宅(被上告人肩書住所地)に転居し同所で生活していたが、夫婦関係は次第に円満を欠くようになり、上告人Aは平成4年8月12日、被拘束者らを連れて岡山県の伯母の家に墓参に行き、帰途そのまま、被拘束者らと共に上告人Aの実家である上告人D(拘束者、上告人Aの父)宅で生活するようになった。

 被上告人は、平成4年9月1日、その母と共に上告人D宅に赴いて被拘束者らの引渡しを求めたが、これを拒否されたため被拘束者らを連れ出したところ、追いかけてきた上告人D及び同E(拘束者、上告人Aの母)と路上で被拘束者らの奪い合いとなり、結局、被拘束者らは右上告人らによって上告人D宅に連れ戻された。

 被上告人は、平成4年9月末ころ、神戸家庭裁判所に対して上告人Aとの離婚を求める調停を申し立てたが、親権者の決定等について協議が整わず、右調停は不調に終わった。

2 上告人らの被拘束者らに対する監護状況及び上告人側の事情
 被拘束者らの日常の世話は主に上告人Eがしている。上告人D宅(上告人ら肩書住所地)は平屋で、3畳、4畳、6畳の3部屋のほか、台所、風呂等の設備がある。その近くには神社の広い境内があり、被拘束者らは外で近所の子供らと遊ぶことも多く、健康状態は良好である。被拘束者らは、両親の微妙な関係を理解しているらしく、上告人らの面前で被上告人のことを口にすることはない。

 上告人Aは、なるべく午後6時には帰宅するようにして被拘束者らとの接触を努め、被拘束者らと一緒に夕食をとるようにするなどしている。上告人らは、愛情ある態度で被拘束者らに接しており、今後も被拘束者らを養育することを望んでいる。
 上告人A、同Eは、上告人Aの伯父(上告人Dの兄)が経営する甲野設備工業所に勤務して配管の仕事に従事し、上告人Aは約40万円、同Eは約30万円の月収を得ている。なお、上告人Aの伯父には子供がいないので、将来は上告人Aが伯父の右事業を継ぐ可能性がある。

3 被上告人側の事情
 被上告人B(妻)が居住する前記県営住宅(約80平方メートル)は上告人A名義で賃借しているが、離婚した場合でも、被上告人に居住が許可される見通しである。被上告人の両親は、右県営住宅から徒歩5分くらいの所に被上告人の兄と共に居住しているが、両親の住宅は二DKの広さであるため、被上告人は実家に戻ることを考えていない。

 被上告人は、平成4年10月から近くの外食店でアルバイトをしている。時給750円で、月収は10万ないし12万円程度になるが、生活費に3、4万円不足するので、不足分は被上告人の両親が援助している。

 被上告人の父(58歳)は、鉄工所に勤務して月額約40万円の給与を受けているところ、定年(60歳)後も嘱託としてその勤務を継続することを考えている。被上告人の母は、3日に1回の割合でホテルの受付係として勤務し、約16万円の月収を得ている。
 被拘束者らを引き取った場合、被上告人は、被拘束者らが幼稚園に通うようになるまでは育児に専念し、被上告人の両親は、その間の生活費を援助及びその他の協力をすることを約束している。

二 原審は、被拘束者らのように3、4歳の幼児は、母親がその監護・養育をする適格性、育児能力等に著しく欠けるなど特段の事情がない限り、父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であり、子の福祉に適うものとする前提に立った上で、前記事実関係の下において、
(1) 被拘束者らに対する愛情、監護意欲、居住環境の点で被上告人と上告人らとの間に大差は認められないが、上告人Aは仕事のため夜間及び休日しか被拘束者らと接触する時間がないのに対し、被上告人は被拘束者らが幼稚園に通うようになるまで育児に専念する考えを持っていることからすれば、被拘束者らは、被上告人の下で監護・養育される方がその福祉に適する、
(2) 経済的な面で被上告人の自活能力は十分でないが、被上告人の両親が援助を約束していることからすれば、上告人側と比べて幾分劣るとはいえさしたる違いはないとし、
本件においては、被拘束者らを被上告人の下で養育することが被拘束者らの福祉に適うものと考えられるから、本件拘束(上告人らが被拘束者らを監護・養育していることをいう、以下同じ)には顕著な違法性があるといわざるを得ないと判断して、被上告人の本件人身保護請求を認容した。

 なお、原審は、被上告人はアルコール漬けの状態で被拘束者らを養育するのに適していない旨の上告人らの主張に対し、確かに、被上告人は本件拘束に至るまで幾分飲酒の機会、量とも多かったが、そのため被拘束者らの養育に支障を来す状態に至っているとは認められず、また、被拘束者らを引き取ることになれば、自戒してその監護・養育に当たるのを期待することができるので、被上告人が被拘束人らを監護・養育するのを不適当とする特段のの事情があるとはいえない旨判示している。

三 しかしながら、本件拘束に顕著な違法性があるものとした原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきである(最高裁昭和42年(オ)第1455号同43年7月4日第一小法廷判決・民集22巻7号1441頁)。

 そして、この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則4条参照)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。

 けだし、夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきであるから、右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには、右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである。


2 これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被拘束者らに対する愛情、監護意欲及び居住環境の点において被上告人と上告人らとの間には大差がなく、経済的な面では被上告人は自活能力が十分でなく上告人らに比べて幾分劣る、というのである。そうだとすると、前示したところに照らせば、本件においては、被拘束者らが上告人らの監護の下に置かれるよりも、被上告人に監護されることがその幸福に適することが明白であるということはできない。

 換言すれば、上告人らが被拘束者らを監護することがその幸福に反することが明白であるということはできないのである。結局、原審は、右に判示した点を十分に認識して検討することなく、単に被拘束者らのように3、4歳の幼児にとっては父親よりも母親の下で監護・養育されるのが適切であるということから、本件拘束に顕著な違法性があるとしたものであって、右判断には人身保護法2条、人身保護規則4条の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

四 以上によれば、論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れず、前記認定事実を前提とする限り、被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ、本件については、幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり、この点をも考慮すると、前記説示するところに従い、原審において改めて審理判断させるのを相当と認め、これを原審に差し戻すこととする。
 よって、人身保護規則46条、民訴法407条1項に従い、裁判官可部恒雄、同園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。