○「
未成熟子の家裁調査官調査実施後有責配偶者離婚を認めた裁判例紹介1」の続きで、有責配偶者離婚請求を棄却した原審平成18年8月30日大阪家裁判決(判タ1251号316頁)全文を紹介します。
○この大阪家裁判決は、有責配偶者夫の妻に対する離婚請求について、同居期間が約10年のところ別居期間が12年以上で婚姻破綻状態を前提として有責配偶者離婚が認められるかどうかを判断して、17歳と16歳の未成熟子がおり、且つ、両者とも持病持ちで通院を要すること、被告妻はパート勤務であるが失業の危険があり、加えて健康状態に不安が生じていること、原告は過去に婚姻費用の支払を遅滞したことがあること、原告が分与すべき財産はないと主張していることなどの事情からすれば、本件離婚請求を認めることは、被告を精神的、社会的、経済的に極めて過酷な状況に陥れることになるから、今なお社会正義に反し許されないとして、請求を棄却しました。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告と被告とを離婚する。
2 原・被告間の長男一郎(昭和63年12月*日生)及び二男二郎(平成2年7月*日生)の親権者をいずれも被告と定める。
3 原告は,被告に対し,前項記載の子らの養育費として,本判決が確定した日から満20歳に達する月まで1人あたり毎月5万円を支払え。
4 原告には被告に対し,分与すべき財産は存在しないことを確認する。
第2 事案の概要
1 原告(昭和35年5月*日生)と被告(昭和36年2月*日生)とは,昭和61年2月8日に婚姻届出をした夫婦である。両者の間には,長男一郎が昭和63年12月*日に,二男二郎が平成2年7月*日にそれぞれ誕生した。
2 原告は,被告に対し,民法770条1項5号の事由があるとして離婚を求めるとともに,両者の間の未成年の子2人の親権者をいずれも被告と定めること,被告に対する子らの養育費の支払,及び被告に分与すべき財産が存しないことの確認をそれぞれ求めている。
3 争点
① 有責配偶者である原告からの離婚請求が認められるか。
仮に離婚が認められる場合,
② 親権者として原・被告のいずれが相当か。
③ 養育費の額はいくらが相当か。
④ 原告から被告に分与すべき財産があるか。
4 争点①(有責配偶者である原告からの離婚請求が認められるか)について
(原告の主張)
(1) 原告は,同じ会社に勤務していた丙山昭子(以下「丙山」という。)と交際するようになり,平成2年9月には男女の関係を持つようになった。そして,原告と被告は,平成3年半ばころには家庭内別居状態(夫婦関係もなくなった)になり,平成6年5月3日からは,原告は自宅を出て,被告や子らとは別居するようになった。その後,原告は,平成11年7月から,原告所有の広島市内のマンションで丙山と同棲するようになり,今日に至っている。
(2) そうした中で,原告は,被告を相手に,広島家庭裁判所に対して離婚調停を3回起こし,平成14年には離婚訴訟を起こしたが,その離婚訴訟において(広島地方裁判所平成14年(タ)第7号事件,その控訴審は広島高等裁判所平成14年(ネ)第441号事件。以下「前件離婚訴訟」という。),有責配偶者からの離婚請求であることを理由に,原告の請求を棄却する旨の判決が出て,同判決が確定した。
(3) しかし,原告が被告と同居していた期間が約10年であるのに対し,その別居期間は12年以上に及び,家庭内別居の期間も併せると15年間になる。また,原告は,被告に対し,毎月12万6000円の婚姻費用を遅滞なく支払っており,他方,被告自身も平成14年5月からパートで働いて収入を得るようになり,平成15年分の給与所得は210万7064円であった。確かに,原・被告間に未成熟子はいるものの,子らも,最近は,喘息等の疾病に罹患することなく,経済的にも困窮することなく,被告と平穏に暮らしている。したがって,こうした事情を総合的に勘案すると,有責配偶者である原告からの本件離婚請求は,許容される状況に至っているものといえる。
(4) 被告は,原告との婚姻関係を,真にやり直す意思は,全くないと言ってよい。よって,原告と被告との婚姻関係は完全に破綻しており,かつ,現時点においては,原告の本件離婚請求は認容されるべきである(民法770条1項5号)。
(被告の認否・反論)
前件離婚訴訟の判決が確定した後の期間経過により,前件とは事情(有責配偶者からの離婚請求に関する解釈等)が大きく異なってきていることは,否認ないし争う。原・被告間には2人の未成熟子がいる上,被告は,パート先の雇主からいつ解雇されるか身分の保障がないのに,子らの学費等の出費も多いことなどから,離婚が認められる場合,被告が精神的,社会的,経済的にきわめて苛酷な状態に置かれることは明らかである。したがって,有責配偶者である原告からの離婚請求は許されない。
5 争点②(親権者の指定)について
(原告の主張)
現在,2人の子が被告と平穏に生活していることに鑑みると,親権者は被告がふさわしいと考える。
(被告の認否)
認める。
6 争点③(養育費の額)について
(原告の主張)
2人の子の養育費としては,月額10万円(1人当たり5万円)が相当である。
(被告の認否)
争う。原・被告双方の平成17年分の給与所得を基準にして,養育費の額を決めるべきである。
7 争点④(財産分与)について
(原告の主張)
原告は,平成11年7月,広島市内のマンションを代金2000万円で購入したが,現時点でのローン残金は1700万円である。これに対し,本件マンションの時価は,広島市内の不動産業者の見積もりによると,約1400万円とのことであり,オーバーローンとなっている。
原・被告間には,上記マンション以外に婚姻以来取得した実質的共有財産は存在しておらず,原告には被告に分与すべき財産がない。
(被告の認否)
争う。
第3 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。
第4 判断
1 有責配偶者である原告からの離婚請求が許されるかどうか(争点①)について
(1) 原告が同じ会社に勤務していた丙山と平成2年ころから親密に交際するようになり,同人と性的関係を持ち,平成11年7月ころから丙山と同棲するようになって,被告との婚姻関係を破綻させた,いわゆる有責配偶者であることは,前件離婚訴訟の第1審及び控訴審の各判決が認定しているところであり,本件でも,そのこと自体は原告も認めているし,また,記録上,上記判決と別異に解するだけの証拠はない。
したがって,本件では,原・被告間の婚姻関係が破綻し,原告がそれにつき有責配偶者であることを前提に,前件離婚訴訟の判決確定後に,有責配偶者である原告からの離婚請求が許されるだけの事情が備わったのかどうかについて,以下に検討する。
(2) 証拠(甲4ないし14(技番を含む),乙1ないし8,10ないし13,原告本人,被告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,次のとおり認定し判断することができる。
ア 別居期間
a 原告は,同じ会社に勤務していた丙山と平成2年ころから親密に交際するようになり,性的関係を持ち,それとともに被告の存在を疎ましく思って,暴言を吐くなどしたことから,原・被告の夫婦仲は,次第に悪化していった。そして,両者は,平成4年ころからは,互いに激しい口論を避けるために,原告が夕食を外ですませるようになり,寝室も別々にし,原告は,深夜飲酒の上帰宅することが多くなるなど,家庭内別居状態になった。
原告は,平成5年12月ころ,広島家庭裁判所に対し,被告を相手に,第1回目の離婚調停を起こしたが,その調停係属中の平成6年5月3日,勤務先近くのワンルームマンションに転居し,これによって,原告と被告及び子らとの別居が始まった。その後,上記調停において,当事者間で「当分の間別居生活を続ける。別居期間中,原告は,被告に対し,2人の子の養育費を含む婚姻費用の分担として,平成6年7月から別居期間中,毎月20万円及び毎年6月と12月にはそれぞれ18万円を加算した金額を支払う。」との内容の調停が成立した。
b 原・被告が同居していた期間(家庭内別居期間も含む)が約10年であるのに対し,その別居期間は,平成6年5月から現在(本件口頭弁論終結時)まで12年以上に及んでいる。そして,今後も原告と被告が同居する可能性はほとんど無い。
イ 未成熟子の存在
a 長男一郎は,現在17歳で高校3年生であり,将来,社会福祉の仕事がしたいことから,大学進学を希望している。しかし,長男は,最近,夜中に電話で呼び出されて出ていき,朝まで帰ってこないなど,素行に問題が生じてきている。
長男は,平成5年ころから重度のアレルギー性鼻炎及び蓄膿症等に罹患し,被告は,その看病に追われて苦労したが,現在もなお,アレルギー性鼻炎及び副鼻腔炎等の持病がある。
b 二男二郎は,現在16歳で高校1年生であり,普通の高校生活を送っている。二男も幼少のころから気管支喘息の持病がある。
c 子らは,いずれも前記持病のために通院治療を継続的に受けていて,頻繁な時は月4回くらい通院を要するが,調子の良い時でも月1回程度は通院が必要である。また,子らは,家庭に父親が不在であることから,学校の先生や同級生から不利益な扱いを受けることもある様子で,被告にとって心配の種となっている。
ウ 被告の経済状況
a 被告の稼働による収入
被告は,平成14年5月ころから㈱富惣という惣菜店にパートで勤務し,その給与所得は,平成17年分は233万8844円であった。
しかし,最近,被告が派遣されていたデパート松坂屋が大阪から撤退し,その際,被告も辞めるように言われるなど,被告の雇用を巡る情勢は厳しく,失業の危険も存在している。また,被告は,最近白内障に罹患して,その手術を受ける必要があるなど,健康状態にも不安が出ている。
他方,原告は,松栄株式会社に勤務し,平成17年分の給与所得は675万1200円であった。原告は,現在,この収入の中から,被告に対し,婚姻費用減額請求申立事件(当庁平成15年(家)第5627号事件)の審判で決められた月額12万6000円の婚姻費用を支払っているが,過去には長期間にわたって婚姻費用の支払を遅滞し,そのため,被告らの生活が困窮したこともある。
b 子らの医療費
子らは,前記イの疾病のために,定期的な通院治療を要し,場合によっては,高額の医療費負担が必要になる可能性もある。
c 原告は,財産分与について,原告名義の広島のマンションがオーバーローン状態なので,分与すべき財産がないと主張し,また,原告本人尋問において,現在被告に対して支払える慰謝料の額は150万円程度であると述べている。
(3) 前記の認定によると,確かに,原・被告の別居期間は,相当長期に及んでいるものの,他方で,原・被告間には未成熟子2人がおり,子らはいずれも病弱で,その養育費の他に高額の医療費負担が必要になる可能性もあること,また,被告は,現在パート収入があるものの,雇用をとりまく情勢が厳しく,失職のおそれもあること,原告は被告に対し,現時点では審判で決まった婚姻費用を毎月支払ってはいるものの,過去に長期間滞納したこともあり,仮に本件で離婚請求が認められるならば,今後,判決で決められた養育費の支払を確実に履行していくとは限らないこと,原告から被告に対して提示する慰謝料額は,150万円であるが,原告の不貞行為等による被告の精神的苦痛に対する慰謝料として,150万円は低額であること,さらに,離婚に伴う財産分与についても,原告は分与すべき財産がないと主張していること等から,現時点でも,有責配偶者である原告からの離婚請求を認めることは,被告を精神的,社会的,経済的に極めて苛酷な状況に陥れることになり,とうてい容認することができない。
したがって,本件では,原告と被告との婚姻関係は,原告の不貞行為によって,もはや修復不可能な程度に破綻してはいるものの,原告からの離婚請求を認めることは,今なお社会正義に反し,許されないと言わざるを得ない。
2 そうすると,争点②以下については判断するまでもない。
第5 結論
以上によると,原告の離婚請求は理由がなく,棄却を免れない。
よって,主文のとおり判決する。