平成24年10月18日東京高裁決定−子の引渡保全処分必要性判断基準1
○審判前の保全処分として子の引渡を命じる場合の必要性判断基準について興味ある裁判例が出ました。平成24年10月18日東京高裁決定(判タ1383号327頁、判時2164号55頁)で、以下、字数の関係で2回に分けて全文紹介した上で、私の感想を述べます。
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主文
一 原審判を取り消す。
二 相手方の本件申立てを却下する。
理由
第一 抗告の趣旨
主文と同旨
第二 事案の概要
未成年者の母である相手方は、未成年者の父である抗告人を被申立人として、監護者の指定及び未成年者の引渡しを求める審判の申立てをすると同時に、本件審判前の保全処分の申立てをし、仮の監護者の指定と未成年者の引渡しを求めた。原審は、この申立てを認め、相手方を仮の監護者として指定し、抗告人に対し、未成年者を相手方に引き渡すよう命じたので、抗告人がこれを不服として抗告した。抗告の理由は、記録中の即時抗告申立書及び追加主張書面に記載のとおりであり、これを要約すると、次のとおりである。
審判前の保全処分は、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するための必要があるときに限ってなされるべきものであり(家事審判規則52条の二)、審判前の保全処分としての子の引渡しは、子の福祉が害されていて早急にその状態を解消する必要がある場合や、子に対する虐待、放任等がなされ、又は相手方の監護が原因で子に発達遅滞や情緒不安定が生じているために、本案の審判を待っていては審判の目的を達することができないような場合になされるべきものであり、本件においては、そのような事情はない。原審判は、抗告人と相手方の別居に際し、相手方が未成年者を監護する旨の合意があると認定しているが、そのような合意があった事実もない。
第三 当裁判所の判断
一 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 抗告人(昭和52年○月○日生)と相手方(昭和54年○月○日生)は、平成19年4月28日婚姻し、平成20年○月○日長男A(未成年者)をもうけ、抗告人住所地に住宅を購入して平成21年2月1日からそこで生活してきた。
(2) 抗告人は、太田市所在のa株式会社において三交代制の勤務をし、現在の年収は約440万円である。相手方は、○○店において午前8時30分から午後3時まで一か月16日ないし21日程度パート勤務し、現在の月収は約8万円である。
(3) 相手方は、抗告人と意見が合わず、揉めごとが絶えなかったこともあり、平成24年3月27日、離婚届に署名押印したものを置いて、未成年者を連れて抗告人宅の近くにある相手方の実家に帰り、以後別居している。相手方の実家には、相手方の父(60歳)、母(58歳)及び兄(35歳)が同居している。
(4) 未成年者は、平成22年5月1日からb保育園に通園しており、抗告人と相手方が別居する以前は、通常、相手方が保育園に送ってからパート勤務に出ており、夕方迎えに行っていた。別居後も、平成24年5月25日までの間は相手方が送迎をしていた。
(5) 抗告人は、別居後、平成24年4月21日及び5月23日に未成年者と面会し、5月26日には正午ころ、未成年者と遊ぶ約束をしているといって連れ出し、抗告人宅に連れ帰った。抗告人は、同日夕方、相手方に対し、電話で、「Aは今寝ているのでまだ帰れない」と連絡し、同日夜、「子供が『パパがいい、帰りたくない』といっている」と連絡した。これに対して相手方は、「それなら泊まってきてもいいよ」と答えた。
(6) 平成24年5月27日になって、相手方の父が抗告人に電話をしたところ、「Aが遊んでいるから帰れないです」との返答であった。同日昼ころになって、相手方の父が抗告人に「Aを連れてきてください」というと、少しして、抗告人は、未成年者を相手方の実家に連れてきた。その際、未成年者が玄関先で泣きながら「パパがいい」といい、抗告人も玄関先で涙を流して未成年者を手放さないでいた。相手方の父は、そんな姿を見て、「1日2日面倒を見てやりなさい」と抗告人に声をかけた。相手方は、もう未成年者を返してもらえないと思い、洋服類と未成年者に関するメモを抗告人に渡した。
(7) 抗告人は、平成24年5月28日から実家の両親の助力を得て未成年者を養育している。保育園への通園については、平成24年6月10日までは、6月7日に歯科検診に出席した以外は、欠席させることとなったが、6月11日以降は、6月26日に発熱で欠席した以外は、出席させている。
(8) 相手方は、平成24年5月29日夕方、両親とともに、鍵のかかっていなかった抗告人宅に入ったところ、抗告人から「連絡もしないで何しにきたんですか」といわれ、「Aに会いにきました」と答えたが、抗告人から相手方の両親に対し「あなたたちは出て行って下さい」といわれたため、相手方も抗告人に対し「両親を出すのであればあなたの親も出て行ってください」と述べた。すると、抗告人は、「Aが怯えているじゃないですか」といったので、相手方の両親が退出し、相手方のみが残った。相手方は、「私はあなたたちと話に来たのではなくて子供と話に来たんです」といったが、未成年者を4年間ほとんど一人で育ててきたのに、未成年者が「ママ」と言わず、笑顔の一つすら見せなかったことに衝撃を受けた。
(9) 相手方は、平成24年6月14日、本案の審判申立てと同時に、本件保全処分の申立てをした。原審は、7月9日、抗告人及び相手方を審問し、8月9日、保全処分の申立てを認容する本件審判をした。本件審判における子の引渡命令につき、相手方から間接強制の申立てがされ、現在、前橋家庭裁判所太田支部において審理中である。