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小松亀一法律事務所は、「男女問題」に熱心に取り組む法律事務所です。

養育費・認知

1500万円支払による認知請求権放棄も無効判決−父主張

○強制認知の話を続けます。
実務で良くあるのは、不貞関係の相手方の子について、認知をすると自分の戸籍に記載されて表沙汰になるので、これを避けるため、その母親に、今後、養育費の支払や認知請求はしないとの確認書を書かせて、多額の金員を支払う例です。昭52年10月31日名古屋高裁判決(判時881号118頁、判タ364号246頁)の事案では、従前の認知請求訴訟で、将来の認知請求権と遺留分の放棄を条件に訴えを取り下げるとの裁判外の和解をして、1500万円もの多額の金員を支払って認知請求を取り下げて貰ったたところ、なんと、この和解成立後僅か3年後に再度認知請求の訴えが提起された事案です。

○このような場合、従前の認知請求訴訟被告事件で1500万円を支払う和解を指導した弁護士は、その責任追及されなかったのか気になるところです。前訴での被告訴訟代理人は、認知請求の放棄は無効であるとの助言をしているようですが、その3年後の認知訴訟での第一審で敗訴した被告は、控訴審においては、法定代理人の母自身が従前の訴訟取下の条件としての子が成年に達するまでの養育費としては十分な金額である1500万円も受け取っていることを理由に、再度訴えを提起するのは権利濫用であることを盛んに強調して主張しています。

先ずは判決中控訴人に主張部分までを紹介します。控訴人だけの主張を聞くともっともな主張だとは思うのですが。

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主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。 
 
事実
 控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の援用認否は、次のとおり付加する他、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)
 仮りに、被控訴人と控訴人間の父子関係の存在が肯定されたとしても、本件認知請求は、次の理由から法定代理人による再訴禁止の特約に反し、認知請求権(もしくは法定代理権)の濫用であつて許されない。

 被控訴人の法定代理人であるA子は、控訴人との情交関係(それもA子の常軌を逸した脅迫的言動に押され、控訴人が不承不承従つていたものにすぎないが)継続する間は、被控訴人の認知を求めたことが全くなかつたのに、昭和44年11月のA子による控訴人方放火未遂事件を契機に、右関係が途絶えるや被控訴人の認知を求めて名古屋家庭裁判所に調停を申し立てた。しかもその動機は控訴人がA子に対し生活費をくれないからという以外にはなく、単にこうした申し立てをすることによつて控訴人を困惑させ、その結果控訴人から何がしかの金員の支払を受けようとしたものにすぎない。

 結局、右調停は不調に終り、昭和45年12月、被控訴人から控訴人に対し、認知請求訴訟が名古屋地方裁判所へ提起されるに至つた(同裁判所昭和45年(タ)第155号事件)が、控訴人は、A子との情交関係について控訴人の家族の知るところとなつたことや、これ以上A子と関りたくないという気持から訴訟代理人を通じて和解の勧告を求め、双方交渉の結果、昭和46年11月19日被控訴人側が将来における認知請求権ならびに遺留分の放棄をすることを条件に控訴人において、金1500万円を支払うことで裁判外の合意が成立し、これに基づき、同年12月7日右事件につき訴の取り下げがなされた。

 以上のような経緯があつたにもかかわらず、示談成立後3年も経過しない昭和49年11月7日再び右A子を法定代理人として本件訴訟が名古屋地方裁判所に提起されたのである。

 ところで認知請求権の放棄は判例がこれを許されないとしているがいかなる場合にもこの原則のみをもつて妥当な解決が得られるわけではない。現に判例上ゆるぎない原則があるにもかかわらず裁判外の和解においてはもちろんのこと、家事審判官の関与する家事調停においてさへ「今後一切扶養又は認知の請求等をしない」旨の一項が付加されるのが通例である。ここにおいては、金員の交付という対価の見返りとして相手方たる父の家族生活を破壊から守りたいあるいは社会的名声あるいは信用の失墜を免れたいとする期待があるからである。

 たしかに認知請求権の放棄を一般的に認めれば不合理な結果を招来するおそれはあるが、その反面、こうした父の期待をいかなる場合にも保護しないとすれば、子あるいは法定代理人の認知請求を楯にした度重なる金員の要求を容認する不合理な結果を招きかねない。また、認知請求権といつても、現在においてその主たる目的は扶養請求権あるいは相続請求権に直結する財産権的色彩の強いものである以上、その不行使を約して相当の金員を受領したような場合は、約束に反する認知請求には、その行使に制限を加えるべきが相当である。

 よつてこれを本件についてみるに、その認知請求権の放棄ならびに遺留分の放棄を条件に、しかもA子はその訴訟代理人の助言により右放棄が無効であるという認識をもちながら控訴人から1500万円(少なくとも被控訴人の成年に達するまでの養育費としては十分である)という多額の金員の支払いを受けているところ、右金員の受領も〈証拠〉が示すように当事者の処分権の対象外である父子関係についてまで被控訴人の法定代理人たるA子があえてこれを否定するとしたうえでのことであり、また、その受領した金員についても結局法定代理人としてA子が管理できる立場にあつたのであつて右示談の意思解釈として「少なくとも法定代理人としてA子が被控訴人が養育監護している間は、再び認知請求をしない」旨の合意ないしは「少なくともA子において法定代理人として再び訴の提起はなさない」旨の合意を認めることができる。とすればかかる合意に反し再びA子と法定代理人として起こされた本件認知請求は失当というほかはない。

 仮りに右再訴禁止の特約が積極的にはその有効性を認められないとしても、そのような合意が存在した以上、被控訴人において人事訴訟における訴訟能力を具備する年令に達し、かつ、自らの意思に基づいて認知請求をするとか控訴人が死亡し、そのまま放置すると被控訴人の認知請求権自体が消滅してしまうような場合は格別、このような特別の事情が存しないかぎり、前述の合意をなした同じ法定代理人が再びその法定代理人として提起した本件のような認知請求は前記詳述した経緯からして控訴人を再び困惑させ、再び金員の交付を受けんとする法定代理人の意図が明白であるのであるから、これを認知請求権の濫用、ないしは法定代理権の濫用として、また、公序良俗に照しても断じて許されるべきではない。