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結婚

婚姻費用支払請求の訴えを不適法として却下した地裁判例紹介

○婚姻費用の支払を求める訴えにつき,当事者間で分担額の合意が成立したとは認められないから,家事事件手続法の定めるところに従い家庭裁判所が当事者の資産,収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり,地方裁判所の判決手続で判定することができない事項を対象とする不適法な訴えであるとして,訴えを却下した平成29年7月10日東京地裁判決(判タ1452号206頁)の判断部分を紹介します。

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主   文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は,原告に対し,452万円及びうち264万円に対する平成28年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,平成29年5月から原告と被告が離婚又は別居解消に至るまでの間,毎月21日(ただし,21日が休日の場合は前営業日)限り20万円及び毎年6月25日(ただし,6月25日が休日の場合は前営業日)限り100万円を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,夫である被告と別居するに際し,婚姻費用の支払について合意した(以下「本件支払合意」という。)と主張して,被告に対し,本件支払合意に基づき,①平成28年5月分までの未払婚姻費用合計264万円及びこれに対する最終の支払期日後の日であり,訴状送達の日の翌日である同年6月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,②同年6月分から平成29年4月分までの未払婚姻費用合計188万円並びに③同年5月分から原告と被告が離婚又は別居解消に至るまでの間の婚姻費用の支払を求める事案である。

1 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠(特に明記しない限り,枝番の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 地方裁判所が判決手続で判定すべき事項について

 原告は,被告との間で本件支払合意が成立したとして,被告に対し,本件支払合意に基づく婚姻費用の支払を請求している。
 ところで,民法760条の規定による婚姻費用の分担額は,夫婦の協議により,もし協議が調わないときは,家事事件手続法の定めるところに従い,家庭裁判所が夫婦の資産,収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり,通常裁判所(地方裁判所)が判決手続で判定すべきものではない(最高裁昭和43年(オ)第458号同年9月20日第二小法廷判決・民集22巻9号1938頁参照)。また,家事審判事件が訴訟事件として裁判所(地方裁判所)に提起された場合には,特別の規定のない限り,民訴法16条1項により,これを他の管轄裁判所(家庭裁判所)に移送することは許されず(最高裁昭和35年(オ)第294号同38年11月15日第二小法廷判決・民集17巻11号1364頁参照),当該訴訟事件が婚姻費用の分担に関する審判事項を内容とする場合であっても異なるものではない(最高裁昭和42年(オ)第1195号同44年2月20日第一小法廷判決・民集23巻2号399頁参照)。

 したがって,婚姻費用の分担額について,夫婦の協議又は家庭裁判所の調停・審判により支払義務が具体的に確定していない場合,地方裁判所においては,婚姻費用の分担に関する審判事項を内容とする訴訟事件を民訴法16条1項の規定により家庭裁判所に移送することはできず,不適法な訴えとして却下すべきものと解するのが相当である。

 そして,本件において,婚姻費用の分担に係る家庭裁判所の調停及び審判が行われていないことは当事者間に争いはない。そのため,本件訴えの適法性(争点1)についての判断の前提として,まず,原告被告間の協議によって,本件支払合意が成立し,被告の婚姻費用の分担額が具体的に確定しているといえるか(争点2)について検討する。

2 認定事実
 前提事実のほか,証拠(甲2,5ないし7,乙1,2,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)別居に至る経緯
 原告は,平成25年4月15日,被告が使用しているパソコンのメールを見て,被告が見知らぬ女性とメールのやり取りをしていることを知った。そこで,原告は,同月18日,被告に対し,当該女性との関係について問いただした。これに対し,被告は,会社の先輩に誘われて合コンに参加し,そこで出会った当該女性とメールや電話をしたり,二人きりで出掛けたりしたことを認めた。

 原告は,被告に対し,当該女性に電話をかけて既婚者であることを伝え,交際を断るよう求めた。被告が当該女性に電話をかけたところ,原告は,電話を代わり,当該女性に対して,直接,被告との交際をやめるように言った。
 その後,原告は,夫婦の今後について被告と話合いを行っていたが,自身の両親からの提案を受け,長女を連れて被告と別居したい旨,被告に伝えた。
 そして,原告は,被告に対し,新しい家に引っ越すための費用が必要であるとして,一時金100万円の支払を求めたところ,被告は,当該一時金を支払うこと自体については応じた。しかし,当該一時金の具体的な支払時期や支払方法についての話合いは行われなかった。
 原告は,平成25年5月14日,長女を連れて家を出て,被告との別居を開始した。

(2)本件手紙の送付等(甲2)
 原告は,平成25年5月20日頃,別紙手紙の内容が記載された本件手紙を作成して被告に送付した。被告は,同月24日に本件手紙を受け取ったものの,そもそも別居に同意しておらず,当時は原告との婚姻関係修復を望んでいたことから,あえて原告と争う必要はないと考え,原告に対し,本件手紙の内容について異議を述べることはしなかった。

(3)原告による被告口座預金の引出し
 被告は,別居を開始した後,原告に対し,婚姻費用を支払うことはなかった。
 そこで,原告は,被告に断ることなく,自身が所持していた被告の給与振込口座(以下「本件口座」という。)に係るキャッシュカードと通帳を用いて,本件口座から,平成25年5月末頃から平成26年6月まで毎月20万円を,平成25年6月にはさらに100万円を引き出した。
 被告は,原告による前記各引出し行為を認識し,月々20万円という額が婚姻費用として高すぎると考えてはいたものの,原告を刺激することなく,婚姻関係を修復し,同居を再開したいという思いから,原告に対してあえて異議を述べることはしなかった。

(4)被告による離婚申入れとその後のやり取り
 原告は,平成26年6月25日頃,被告に断ることなく,本件口座から,100万円を引き出した。
 被告は,その頃,原告に対し,離婚を申し入れ,また,本件口座に係るキャッシュカードの支払停止の手続をとった。

 原告は,平成26年6月30日,被告に対し,以下の内容のメールを送った。「あなたからの離婚の申し出,読みました。(中略)長女の事ですが,父親も母親も私立中高一貫校,私立四年制大学という教育を受けている訳ですし,それに見合った環境を整える事は,私たち親の絶対的責務だと思います。b社社員の基準として,子供が私立で育った場合,1人三千万円かかると言われています。長女は間もなく3歳となり,七五三などの行事,お稽古事,幼稚園入園料など,かかる費用は目白押しです。身体の方も,新しい靴が3ヶ月で履けなくなる程の成長スピードです。こうした事,そして離婚家庭の子供となれば,今後,様々な生活場面で彼女が耐えていかねばならない厳しい人生の原因をあなたが作ったという事をよく考えて,具体的にどういう事をして頂けるのか,ご連絡下さい。」

(5)前記(4)のメールに対する被告の返信
 平成26年7月頃,海外研修から帰国した被告は,同月12日,原告の前記(4)のメールに対して,以下のとおり返信した。「離婚すること了解したと受け取り,離婚協議に入りたいと思います。(中略)離婚後の養育費については,貴女が,親と同等レベルの教育を受けさせるに当たり,一般的に3000万円くらいかかると言っていましたが,長女は貴女と僕の子供であり,貴女にも長女を育てるに当たり,同等の責任があると思っています。なので,養育義務が発生している間は,月々8万円を長女の口座に長女が大学を卒業するであろう22歳まで(2034年3月迄)支払うことにしようと思います。尚,銀行口座を見たところ,100万円が引き落とされていました。僕は,貴方の2013年に別居開始時の生活を行うに当たり,必要なものを購入する為,100万円が必要ということで渡しました。しかし,毎月20万円ということ以外に,ボーナスで100万円払うということには合意していないことから,2014年6月に引き落とされた100万円については,2014年7月~2014年11月までの婚姻費用の前払いという整理にしたいと思います。(中略)また,婚姻費用の分担については,同じく2014年12月迄に離婚協議が決着しなければ,12月より20日付でこちらから支払うことにします。」

(6)被告による支払
 被告は,原告をなるべく刺激することなく,円満に離婚したいとの思いから,平成26年12月から平成27年2月にかけて,原告に対し,毎月20万円ずつ,合計60万円を支払った。
 また,平成27年6月の別件調停の期日において,原告代理人は,調停委員を通じて,被告に対し,同年3月分から同年6月分までの婚姻費用合計80万円の支払を求めたところ,被告は,同年6月29日,原告に対し,80万円を振り込んだ。
 その後,被告は,原告に対し,平成27年7月から同年9月にかけて,各20万円ずつ合計60万円を支払った。しかし,同月14日に別件調停が不成立となった後は,被告は,別件調停期日における原告の言動等から見て原告には夫婦関係を調整して別居を解消しようとする意思が全くないものと感じられたことから,もはや婚姻関係は破綻しているものと考え,今後は子供の養育費相当額の支払のみをすることとし,原告に対し,月々の支払額を20万円から12万円に減額して,同年10月から平成29年4月にかけて合計228万円を支払った。

3 判断
 前記2で認定した事実に基づいて,以下,争点2について検討する。
(1)明示の本件支払合意の成立について

 確かに,前記2(2)のとおり,本件手紙には,「5月14日より開始した別居に伴い,本年5月分から,毎月給与入金日に20万円,6月のボーナス入金日には更に100万円を,婚姻費用の分担の趣旨に従い,」という本件支払合意の内容及び「約束通り,下記口座に銀行振込みして下さい。」との記載があり,被告は,本件手紙を受け取ったものの,原告に対し,その内容について異議を述べることはしなかった。

 しかしながら,本件において,平成25年5月からの別居の開始に当たり,原告と被告との間で,本件支払合意の内容,つまり,支払額や支払方法,支払期間等について,夫婦の資産,収入及び今後の長女の監護状況等を踏まえて,具体的な話合いがなされたことや,被告が本件手紙の記載内容を積極的に承諾したことを認めるに足りる証拠はない。

 この点に関し,原告は,本人尋問において,別居の開始に先立ち,平成25年5月13日,原告が被告に対して月々の20万円及び毎年6月の100万円の支払を求めたのに対し,被告は,「もう分かったよ,あなたの言った金額を払うから,払うから。」,「だから払えばいいんでしょう。」などと言った旨供述し,かかるやり取りをもって,本件支払合意が成立した旨主張する。

 しかしながら,仮に,原告と被告の間でそのようなやり取りがあったとしても,前記2(1)の別居に至る経緯及びその当時の原告と被告との婚姻関係の状況等に照らせば,平成25年5月13日当時,被告は,原告との婚姻関係修復を望んでいたことから,ひとまずその場を収めるために原告の言い分を受け入れるかのような言動をとったものと理解するのが合理的である。そのため,被告の前記言動をもって,原告による本件支払合意の申入れに対する被告からの明示的な承諾と認めることまではできない。

 また,原告は,本件手紙の記載内容について被告から異議等が一切述べられなかったことは正に本件支払合意があったことの証左であるなどとも主張する。しかしながら,前記同様,本件手紙の送付を受けた当時,被告は,原告との婚姻関係の修復を望んでいたため,原告を刺激する言動をとって原告との婚姻関係を悪化させることを避けたいとの思いから,あえて異議を述べなかったとの被告の供述にも相応の合理性があるものと認められる。そのため,被告が本件手紙の記載内容について異議等述べなかったことをもって,本件支払合意があったと認めることまではできない。
 以上からすれば,本件において,明示の本件支払合意が成立したと認めることはできない。

(2)間接事実による本件支払合意の成立の推認について
ア 毎年6月の100万円の婚姻費用について
 確かに,被告は,前記2(5)のとおり,平成25年6月に原告が本件口座から100万円を引き出したことを認識していながら,平成26年7月に原告に対してメールを送信するまでの間,原告に対して,明確な異議を述べていない。
 しかしながら,他方,前記2(1)のとおり,原告は,別居を開始するに当たり,被告に対し,新しい家に引っ越すための費用として,一時金100万円の支払を求め,被告はその求めに応じて平成25年6月の100万円の引出しを容認したものである。また,前記2(5)のとおり,被告は,平成26年6月25日に引き出された100万円については,同年7月,原告に対し,毎年6月の100万円の支払は約束していないと明確に異議を述べ,同月以降の婚姻費用の前払いに充当する旨を伝えている。

 これらの事実からすれば,被告が,原告による平成25年6月の100万円の預金引出し行為について異議を述べていなかったことは明らかであるものの,それは,単に原告が別居を開始するに当たって新生活を始めるための支度金の趣旨で100万円の支払を合意した上で,かかる合意に基づいて原告が本件口座から引出しを行ったというにすぎないものと認めるのが相当である。

 そのため,被告が,平成25年6月に原告が100万円を引き出したことについて異議を述べていないという事実から,原告の主張する本件支払合意のうち,毎年6月に100万円を支払うという内容に係る部分の合意が成立したという事実を推認することはできない。
 そして,他に前記の合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

イ 月々20万円の婚姻費用について
 確かに,被告は,前記2(3),(5)のとおり,原告が,平成25年5月から平成26年6月まで,本件口座から毎月20万円を引き出していることを認識していながら,同年7月に原告にメールを送信するまでの間,原告に対して,明確に異議を述べてはいない。かえって,被告は,前記2(6)のとおり,その後も,原告に対して,同年12月から平成27年2月にかけて3か月分合計60万円を,また,同年6月29日に同年3月分から同年6月分として80万円を,さらに,同年7月から同年9月にかけて3か月分合計60万円を,それぞれ支払っている。

 しかしながら,他方で,前記2(2)ないし(6)のとおり,被告は,別居を開始した当初は,原告との婚姻関係の修復を望んでいたため,いたずらに原告を刺激することのないよう,原告による預金引出し行為に対してあえて異議を述べるようなことはしなかった。また,被告は,その後,平成26年6月頃に,原告に対して離婚を申し入れているものの,その頃には,被告において速やかに離婚をすることを念頭に置くようになり,原告が預金を引き出していた本件口座のキャッシュカードについて支払停止の手続をとった後も,速やかに円満な離婚を実現するために毎月20万円の支払を続けていた。しかし,別件調停期日における原告の言動等から見て原告には最早別居を解消する意思がないと感じたため,被告は,それ以降は子供の養育費相当額の支払のみをすることとして,平成27年10月からは,毎月12万円の婚姻費用の支払を続けていた。

 これらの事実からすれば,被告が,別居開始後,原告に対し,断続的に月額20万円又は12万円の支払を継続していることは明らかであるものの,要は,被告において,当初は原告との婚姻関係の修復のために,離婚を決意した後は円満な離婚成立のために,原告による預金引出し行為を黙認し,あるいは自らが支払うのもやむを得ないと考える婚姻費用相当額の支払を行っていたというにすぎないものと認められる。

 そのため,被告が,原告による預金引出し行為に関して,原告に対して異議を述べず,その後も毎月20万円又は12万円の支払を続けているという事実から,原告の主張する本件支払合意のうち,毎月20万円を支払うという内容にかかる部分の合意が成立したという事実を推認することはできない。
 そして,他に前記の合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

4 まとめ
 したがって,原告と被告との間において,婚姻費用分担額についての約定とされる本件支払合意が成立したと認めることはできず,被告の婚姻費用の分担額が具体的に確定しているとはいえない(争点2)。
 そのため,被告が分担すべき婚姻費用の額は,家事事件手続法の定めるところに従い,家庭裁判所が原告被告の資産,収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり(民法760条),本件訴えは,地方裁判所の判決手続で判定することができない事項を対象とするものであって,不適法であるといわざるを得ない(争点1)。


第4 結論
 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えは不適法であるから,これを却下することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第33部
 (裁判長裁判官 原克也 裁判官 廣瀬仁貴 裁判官 小久保珠美)

 〈以下省略〉