○「
妻の不貞行為を原因として夫が別居した場合の夫の婚姻費用分担義務1」で、「
別居の主な原因が申立人(妻)の不貞行為にある場合には,婚姻費用として,自身の生活費に当たる部分を相手方(夫)に対して請求することは権利の濫用として許されず,同居の未成年子の監護費用に当たる部分を請求しうるにとどまるものと解するのが相当」とする平成20年7月31日東京家庭裁判所審判(家裁月61巻2号257頁)を紹介していました。
○今回は、妻からの婚姻費用請求に対し、妻は不貞行為をした有責配偶者であり妻の分の婚姻費用支払義務はないと主張した夫に対し、「
不貞関係の存否及び婚姻関係の破綻原因の特定については,離婚訴訟等においてなされるべきことであり,明らかに不貞関係が認められ,かつ,それが申立人と相手方との婚姻関係の破綻原因であることが明らかな場合を除き,日々の生活費を賄うための金額を定める婚姻費用の分担の審判において,これを積極的に詳細に審理することは相当ではない。」として、妻の分も含めた婚姻費用全額の支払を命じた平成29年6月9日横浜家裁審判(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。
○この審判は、抗告審平成29年9月4日東京高裁決定で覆されており、別コンテンツで紹介します。
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主 文
1 相手方は,申立人に対し,84万円を支払え。
2 相手方は,申立人に対し,平成29年6月から当事者が婚姻解消又は同居に至るまで,月額12万円を毎月末日限り支払え。
3 手続費用は各自の負担とする。
理 由
第1 申立ての趣旨
相手方は,申立人に対し,婚姻期間中の生活費として,毎月相当額を支払え。
第2 事案の概要
1 前提事実
(1) 申立人(昭和63年○月○日生)と相手方(昭和49年○月○日生)は,平成26年6月4日,婚姻届出をし,同人らの間に,平成27年○月○日,長男A(以下「長男」という。)が生まれた。
(2) 申立人と相手方は,平成28年9月22日以降,別居している。
長男は申立人のもとで生活している。
(3) 申立人は,平成28年11月11日,横浜家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立てたが(平成28年(家イ)第4767号),同調停は,平成29年3月23日,不成立となって審判に移行した。
2 申立ての理由
婚姻費用の支払がない。
相手方は,申立人がB(以下「B」という。)と不貞関係にあるとし,長男の養育費相当分のみ支払う旨主張しているが,申立人がBと不貞関係にあった事実はない。
申立人と相手方との婚姻関係は,相手方による申立人への性的関係の強要などにより,遅くとも平成28年6月時点で,実質的に破綻していた。
3 相手方の主張
申立人は,平成28年7月下旬以降,外泊をするようになり,同年9月4日及び同月5日には,愛知県一宮市にあるビジネスホテルにBとともに夕刻から未明まで同室した。申立人の上記の行動から,申立人がBと不貞関係にあったことは明らかである。
加えて,申立人は,長男を連れて一方的に別居し,夫婦としての責任を放棄している。
したがって,申立人は有責配偶者であり,申立人による婚姻費用分担請求は権利の濫用又は信義則違反であり,相手方は,申立人分の婚姻費用を支払う法的義務を負わない。
第3 当裁判所の判断
1 権利の濫用又は信義則違反について
申立人は,Bとともにビジネスホテルで同室しており,相手方が申立人とBとの不貞関係を疑うことはもっともなことではある。
しかし,不貞関係の存否及び婚姻関係の破綻原因の特定については,離婚訴訟等においてなされるべきことであり,明らかに不貞関係が認められ,かつ,それが申立人と相手方との婚姻関係の破綻原因であることが明らかな場合を除き,日々の生活費を賄うための金額を定める婚姻費用の分担の審判において,これを積極的に詳細に審理することは相当ではない。
上記のとおり,相手方が申立人とBとの不貞関係を疑うことはもっともなことではあるものの,申立人は,Bとの不貞関係を否認しているところ,申立人は,現在,Bと同居しているわけではなく,母子生活支援施設で長男とともに生活していること,相手方は,申立人とBとの行動を調査した結果を得た後も,申立人との関係修復を探っていたことを考慮すると,現段階において,明らかに不貞関係が認められ,かつ,それが申立人と相手方との婚姻関係の破綻原因であることが明らかであるとまではいえない。別居の経緯その他についても,現段階において,申立人が一方的に有責であるとはいえない。
したがって,申立人の婚姻費用の分担申立てが,権利の濫用又は信義則違反により,許されないということはできない。
2 婚姻費用の月額について
(1) 申立人は,就労しておらず,収入はない。
(2) 相手方は,給与所得者であり,相手方の平成28年分の収入は673万5058円であった。
(3) 総収入から,税法等に基づく標準的な割合による公租公課並びに統計資料に基づき推計された標準的な割合による職業費及び特別経費を控除して婚姻費用算定の基礎となるべき収入を推計し,これを生活費の指数で按分して作成した算定表に申立人及び相手方の収入並びに長男の年齢を当てはめた結果(12~14万円の下方)その他の事情を考慮し,申立人の婚姻費用を月額12万円と定めるのが相当である。
3 未払の婚姻費用について
平成28年11月分から平成29年5月分までの婚姻費用の合計は84万円(12万円×7か月)となる。
4 まとめ
そうすると,相手方には,申立人に対し,婚姻費用として,平成28年11月分から平成29年5月分までの未払分84万円を直ちに,同年6月から月額12万円を毎月末日限り,支払う義務がある。
よって,主文のとおり審判する。
横浜家庭裁判所家事第1部(裁判官 槐智子)